10月11日(水)マグニフィセント セブン(16)~映画の形をとった、傭兵カタログプロモーション~

 

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 映画って、やっぱりいいなあ。ほんとに、いいなあ。

 って毎度言っているのですが、心底いい思いをさせてもらいました。

 黒澤版「七人の侍」に。

 やっぱ、黒澤っていいですねえ。

 お年寄りや、めんどくさい映画ファンのこの手のレトロ発言が耳について、ずっと黒澤作品(黒沢清じゃなくて黒澤明巨匠のほうね)を見ないようにしていたのですが、このたび、ひっさしぶりに観ました。

 やっぱいい、黒澤作品。

 そして、やっぱいい。志村喬三船敏郎

 

 

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(今回は『七人の侍』が話題にでますが、無理して見る必要はないですよ。長いですから)

 

 

 しかしなぜ、今更黒澤かというとですね、もちろんこの「マグニ~」を観たからです。

 マグニフィセント・セブン

 あのですね、「面白いはず」なんですけど、全然面白くなかったというのが、正直な感想です。自分でも不思議で、アクション満載の爽快感とほぼ勧善懲悪、ハイペースの展開、広大な荒野という舞台。

 悪徳業者に虐殺されて生きる場を奪われつつある民衆に正義の手を差し伸べる、七人の男たち。それぞれに闘いのスペシャリスト。

 どう観たって面白いはずなのに、エンドロールが流れた瞬間

「なんの感想もでてこない」

 という状態になってしまい、はや二日。

 おかしい。

 微妙に面白い印象はあるのに、『面白かったぜ』とレビューをしようにも具体的に何もでてこない。あれ?

 10年以上前に観た、原作の「七人の侍」はあれほど面白かった印象があるのに、なぜ?

 途中、寝たのか私?

 寝落ちしたから面白シーンを見逃したのか?

 うん、そうに違いない。

 じゃなければ、こんな誰にも感情移入できないまま、戦闘が終わって平和になっていいはずがない。

 というわけで、2回目を見てやはり感想がでてこず、仕方なく今原作にあたる、「七人の侍」を見たところなのです。

 結果。

 侍。すげえ、面白かった。

 黒澤、最高。

 ただし、長いよ。3時間。

 2倍速でみたよ。2回。計3時間

 結論。

 マグニフィセントセブン。やばい。

 う~ん、これは、映画の形をとった、傭兵カタログプロモーションでは?

 

 ストーリー

 西部劇でよくみかける、荒野の中にたたずむ小さな町ローズ・クリーク。民衆の汗と涙で開拓されたこの町は、今まさに強欲・冷酷・残虐非道の三拍子のそろった悪徳商人バーソロミュー・ボーグに乗っ取られつつあった。町の近くで金鉱が発見され、金鉱ほしさにボーグは金と力にまかせて、抵抗する住民を虐殺し、残る人々に強制退去を命じた。虐殺により若き未亡人となったカレンは、町を守り、ボーグに復讐するため用心棒を雇うことを決意する。賞金稼ぎであり、同じくボーグに個人的恨みを持つサム・チザムをリーダーに七人の戦士をかきあつめ、村へ舞い戻った彼女。七人の腕利き用心棒、そしてローズ・クリークの人々。今持てる限りの力を結集し、まさに闘いの幕が切って落とされる。

 

 ストーリーはとてもわかりやすく、

 悪者ボーグによる住民虐殺→

 未亡人となったカレンの一念発起→

 用心棒サムとの出会い→

 仲間集め→

 町へ帰還→

 町の占領→

 闘いの準備→

 本番

 

 という流れです。

 なので、寝ちゃうわけもなく、見逃したシーンもなく、基本とび道具の銃や弓矢やナイフの戦闘はキレッキレでそれなりにかっこよかったです。

 

 スタッフ&キャスト

 監督:アントン・フークア。

 この監督、他作品では、私は悪徳刑事の映画「クロッシング」しか観てないのですが、この映画を見た時も首を傾げたんですよ、たしか。具体的な内容は忘れしまったので、また最近見ようと思いますが、とにかく「首をかしげた」ことだけは鮮烈に覚えているという。おそらく嫌な予感しかしないのですが「マグニ~」を見た今回と同じような手触りだったのではないかと内心思っています。

 

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(内容忘れアントン監督作品『クロッシング』』

 

 今作、マグニの主演はデンゼル・ワシントン

  今回の闘いのリーダーにあたり、賞金稼ぎで全身黒ずくめでダークホースに乗る彼は、吹替は大塚明夫氏。もうかっこいいとしか言いようがないキャラクターなのですが、ラストで明かされるありがちで下手をすると捧腹絶倒しなければやりきれないバックストーリーも肌になじんだ哀しいヒーローを演じています。主演の映画をあまり見ていないのですが、「ボーンコレクター」安楽椅子探偵リンカーン・ライムを演じたのが最後に観た彼の姿な気がします(おい)

 ほんと、彼の映画観てないな、と思ったら今作をとったアントン監督の作品に出演することが多かったようです。うーん、イコライザー」「トレーニングデイ」相性の悪さを感じる。

 

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(かっこよすぎて、逆にどうかと思うデンゼル・ワシントン

 

 

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(これまたかっこいいお兄さん クリス)

 

 そして、他6名のキャスト(笑)は、二挺拳銃を操るギャンブラー、クリス・プラット。この方、先週観た「ジュラシック・ワールド」でも主演を張っていたのですが、白人、渋面、大柄で、よくいるかっこいいお兄さんです。そこらへんにいたら、おおーってなるんですけど、なんかすごくよくあるカッコ良さです。なので、今回の映画でもよどみなくクールに戦うのですが、遊びがないっていうかね……。でも、そばにいたら惚れるでしょう(なんだその雑なフォローは)

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(ジュラワーでの彼。同じ人にみえる。。いや、同じなんだけど、たたずまいがね。。何しても同じっていう)

 

 そして、サードマン。イーサン・ホーク

 スナイパー役で出演ですが、なんか今回はやさぐれていましたね。私、彼が若い時は本当に大好きで、なんていうんですかね、白人の困ったようなうっすい顔が当時は好きだったんですね。ジャミロクワイのJKとかね。ブラッド・ピットとかね。で、イーサン・ホークですが、この方もアントン監督の「クロッシング」に出演しています。なんだろう、アントン監督、この映画はあなたの好み傭兵(俳優)を結集したマグニフィセント7なんじゃ……

 

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(イーサン。上のクロッシングと別人だよね~w見習いなさい、クリスよ笑)

 

 そして、イーサンのバディで、ナイフ使いのイ・ビョンホン。先日見た韓国映画密偵」では、カリスマテロリスト役で異彩を放ち、今回は傭兵の一人ということで、可もなく不可もなく、唯一の東洋人というミステリアスな雰囲気をかろうじて醸し出すものの、ほんとうにオールスターの一人以上でも以下でもない扱いでした。

 

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(やっぱりアジア人はナイフ使いよね~wかっこよかったです)

 

 そして、私の大好きなヴィンセント・ドノフリオ

 冴えない役(「ジャッジ~裁かれる判事」での、主人公の兄役)や生理的嫌悪さえ催す小悪人(「ジュラシック・ワールド」での、恐竜を兵器に使おうとするPMC社員)、そして今回の斧を振り回す熊でしかない野人。まじでなんでも演れます的なカメレオン的幅広さ。それでいて、存在感のある(単に身体がでかいだけどいううわさも)輝き。もう、大好きです。そばにいたら、私はクリス・プラットではなく、あなたを選びます。というか、私を選んで下さい!(ばか)今回は、ほんとうになんとういうか野人役です。ここまでださくなれるのかというぐらい扱いをされている気がしなくもないです。

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(左:ドノフリオ。『ジャッジ 裁かれる判事』ではダウニー・ジュニアの兄役です。みよ、この平凡さ!)

 

 

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(ジュラワーでの小悪人役。目つきが悪い。。そんなあなたもラブ!

きゃー!!ドノフリオ~!!)

 

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(はい、今回。。熊やん。)

 

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(忘れてたけど、フルメタル・ジャケットの発狂兵士を演じています)

(みんな、思い出した?!ドノフリオってこんな役やってたんだよ。。すげえ)

 

 その他、侍はあと3人いるのですが、こうやってひとりひとり重みもなく平坦に紹介していくと、まさにアントン監督の今回のマグニの手法そのものに似てくるので、このあたりでストップします。

 

 

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(余談ですが、今回インディアンのレッド・ハーベストも七人目の侍なのですが、

 彼の弓矢は超絶かっこいい。指輪のエルフぐらいかっこいい)

 

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(余談ですが、こういう仮面をかぶった野生的戦士ってまじかっこいいです)

(しゃべらないからよけい、ミステリアス(ただ単に野生なだけ)で萌える)

(分かる人がいればありがたいですが無限の住人のオズハンです笑無理だろ)

 

 レビュー

【黒澤万歳なんて言ってる場合じゃない】

 本当は私ぐらいの年齢ならば、「黒澤かっけえ」なんて言っている場合ではなく

 「いまさら黒澤もねえべよ、時代はアントン監督だべ」

 と言わなければならないのです。

 いや、私だって、言いたい。アントン万歳!と。 

 しかし、言えない。

 だって、面白くないんだもん。

 面白くない。

 つまり、エンドロールで「なんの感情」も浮かんでこなかったというのが、私の「面白くない」の定義です。

 でも、当初この映画を見たあとに、正直自分を疑ったんですよ。冒頭でも書きましたが、「いつのまにか寝落ちしていて、いいシーンを見逃した」んだと思って。

 それくらい、どこかで「こんなになんの感情もわかないはずがない」と思っていたんですね。

 というか、もっと言ってしまうと、私が映画に何を求めているかってことなんですね。それは、「感情を動かされる」ということです。

 だから、突きつめるともしかするとそれは映画というメディアではなくてもいいかもしれないんですよね。感情とは、喜怒哀楽のことであり、例えば恐怖や驚きというのは、感情というより生理的反応に近い。

 あと、もっというとかっこいい、という萌えも生理的反応かもしれません。

 

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(熊やん。。熊 あんた撃たれるよ、もう名前は熊田ドノフリオだね)

 

 で、私が求める感情を動かされるという体験は、実は緻密な公式の上に成立するもので、ただ圧倒的な映像と音では作りさせないものなのかもしれないということです。

 この圧倒的な映像と音から喚起されるのは、狭義の意味での「感動」で、平たく言うと、反応です。例でいうと、驚き、恐怖。

 映画で最も表現しなければならないもの、そして観客が求めているものが、恐怖を含む驚愕であるならば、私が今回「マグニ」を批判する根拠は映画全体にとって不当なものかもしれません。

 

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(三船飛ぶのまき。。。何度も言いますが、七人の侍は観る必要ないですよ。長いですから笑)

 

 でも、私はそれでも、ドラマのある映画が観たいのです。

 で、今回の「マグニ」はドラマという意味では皆無に等しいです。

 だからこの映画のコピーは「傭兵プロモカタログ」となるし、2時間の尺で味方だけでも七人いる以上、ひとりひとりがちらっとだけしか映らないのも仕方がない。

 2時間の尺で、被害者の状況(ローズ・クリークの民衆の惨状と悪役ボーグの紹介)、被害者と用心棒の出会い(カレンとサムの契約)、仲間集め(以下六名との出会い)、町に戻り戦略と準備、本番(町を要塞にしてボーグを迎え撃つ)を二時間で。黒澤版ではあろうことか三時間半もあり、(途中で休憩が五分入る)、この作品が二時間ジャストでまとまっていることはすばらしいことだと言えます。

 でもですね、やっぱりうっすいんですよ。

 その薄さの原因はキャラクターの描写の薄さそのものなのですが、もうちょっと工夫はできたなのかな、と思います。

 黒澤版はそちらのほうがきっちりできていて、「七人の侍」が映画史上伝説となり、「荒野の七人」の元ネタになりえたのもこのあたりに要因があると思います。

 で、ここからは話が『七人の侍』がいかにすばらしかったか的な退屈な話になってしまうのです。

 【『七人の侍』がいかにすばらしかったか的な退屈な話】

 古今東西、弱者が金で戦士を雇うという物語は無数に存在しました。国家という概念ができて、人類史上、プロの国防軍なるものができたのはたかだか二百年にも満たないのです。それ以前にはそもそも国家という概念自体が曖昧であり、その曖昧な国家なるものが持っていた軍隊はその大半が主に期間限定で徴兵されるものであり、戦闘を仕事とする傭兵はいつの世も国家に所属するというより、お金で雇い主を選ぶ存在でした。

 

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(傭兵です。誰がなんと言おうと傭兵です)

(しかし、ザっくんの持ってる斬馬刀?変な形だよね~)

 

 これは歴史の必然で主君に忠誠心を持ったところで、その主君が安定した勢力であれば、兵士そのものがいらない平和な世の中でしょうし、逆に戦時であれば、凡庸な主君についていれば、命がいくつあっても足りない。(秀吉遺族陣営と家康の最後の闘いである、大阪夏、冬の陣では、大阪側(秀吉側)の兵力はそのほとんどが浪人であったというし、彼らこそ傭兵という金で雇われる兵士だったのです)

 

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(傭兵です。趣味はダンボールの中)

 

 そういうわけで、闘いの時に金で兵士をやとうことは世界史において日常茶飯事であり、だからこそ傭兵にとって主君につかえる忠誠心のかわりのお金こそが、仕事への意欲そのものだったでしょう。傭兵という命と危険にさらす仕事であるからこそ、安くないというのは、依頼主・雇われる側両者にとって暗黙の了解であったはずです。このことから、映画のように百歩譲って傭兵がはした金でお勤めをする場合には、『それ相応の動機』がほしいところです。

 それを、『七人の侍(以下侍)』ではきちんと描写をし、『マグニ~』では最後まで完全にはあかさず、なし崩し的に物語が進行していきます。ラスボス戦に至ってそのマグニのリーダー各であり、主人公と言っても過言ではない位置のサム・チザムが悪役ボーグとの浅からぬ縁を語るのですが、これをラスト近くで見せられると、苦笑するか報復絶倒でもしないとやりきれない気持ちになるのです。

『いや、わかってたけど、それ今言う? もっと早く言ってもよかったんじゃない』

 と、サムの肩を軽くたたきたくなるし、言われてみると隠すほどの理由もないわけです。だって、サムがそれぐらいの理由がないとはした金でボーグ殲滅にくわわるはずがないのだから。

 しかしです、物語中、サムが私怨でカレンの復讐に手を貸すのではなないかと仲間に疑われる場面もちゃんとあるのです。

 彼は否定しますが、やはり最後の告白を見て私怨まじりであったことが判明しますし、逆にそうでないとサムの人物が見えてこない。しかし、見えた瞬間に、サムという傭兵の価値が暴落する瞬間でもあります。だって、私怨を持って町じゅうの人々と仲間6人を巻き込んで戦争をしてしまうのですから。

 もともと原作『七人の侍』は、はした金で農民の闘いの命をかける義侠心がテーマともとれる作りになっています。

 『侍』では、野武士相手に七人の侍が闘いを繰り広げますが、誰一人として野武士個人に対して恨みを持つものはいません。さらにいえば、報酬は白い飯だけ。

 士官の口もなければ、蓄財にもならないその日の飯だけが見返り。

 ではなぜ、彼らは戦ったのか。

 理由はそれぞれですが、侍たちは、農民の惨状に心から同情したからです。侍の前に人として、人を助けなければならないという義侠心を自分の命をかけるにふさしいと思ったからです。

『侍』では、親を戦でなくし、天涯孤独に山犬のように育ち、農民を憎みつつも、農民に同情し、侍に憧れ、侍を同時に憎む、複雑なキャラクターとして菊千代という人物を配置しました。このキャラクターこそ、三船敏郎の演じる農民と侍をつなぐ重要な機能を持つ人物です。

 

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(三船、まじかっこよかった)

(でも、この俳優の素晴らしい演技を引き出したのは神・黒澤でしょう)

 

 この三船の菊千代がなければ、『七人の侍』で、観客は農民に同情するけれども、侍達が戦う理由がつかめずに、それこそマグニのように傭兵のそれぞれの攻撃力のカタログプロモーションを眺めるように『それなりの楽しみかた』をしただけだったと思います。

 しかし、この菊千代が侍達の前で、農民として生まれたことがいかに醜く、身勝手で、悲惨なことか怒りに任せて訴える場面があります。

 農民はいじわるで、けちんぼで、ずるくて、泣き虫でけちんぼだ!

 人殺しもするし、納屋の隅や床下にないはずの塩やコメやみそを隠している。

 こんなずるくて、みじめな百姓に生まれたことがくやしい。

 だが、そんな百姓の田畑を戦で荒らして、女を犯し、ぼろくそにこき使っているのは、侍だ!

 菊千代が自らの出自をひょんなことから語り、農民として生まれた悲惨さ、同時にずるがしこい農民としての自己嫌悪、しかしそういうふうにしか生きていけないのは侍が戦をするからだ、と世間の構造そのものに憎悪と悲しみをぶつけるシーンは侍への説教を超えて、見ている観客が身につまされるような重いシーンです。

 『侍』で菊千代が果たすキャラクターとしての機能は様々ですが、物語中もっとも重要なのはこのシーンで、農民出身である彼が自らの出自を嫌悪しつつも農民たちを守りたい、そしてそんな弱者を守るヒーローである侍になりたいという彼の気持ちが彼以外の本物の侍たちの心を動かします。菊千代という農民でも侍でもない人物が心に描くヒーローとしての侍像、戦を自分たちの国鳥合戦のためではなく、弱きもののために戦う侍としての理想像がこのとき彼らの中に『戦わねばならない。菊千代という農民を守らなくてならない』という変化を起こすのです。

 いわば、菊千代は雇い主であり被害者ある農民という身分を遺伝子にもち、雇われぬしであり、強気者としての侍を理想に彼らを鼓舞する役割を持ったもつハイブリッドなキャラクターです。彼の存在が黒澤監督がいうように『農民と侍をつなぐもの』なのです。

 この機能を持つ人物が登場する『侍』では、侍がよりかっこよく鮮烈で義侠心に富んだ人々に映り、マグニではそれがかなり薄められた状態で確認できます。

 

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(アントン監督・これを黒澤監督がみてなんていうか、というお茶目発言)

(あんがい、黒澤監督も喜ぶかもしれないよね。。今は、これが流行ってるのか、なんて言って笑)

(そうなったら私は、『監督何いってんですか、しばらく死んで呆けたんですか!」てどやさないとなあ)

 

 物語の冒頭で、傭兵がはした金で仕事につく理由は、色々考えられますが、マグニではこの重要な部分、なぜ戦うのかをよく吟味しない結果、よせあつめの技のキレる男たちがさしたる理由もなく命をかけて戦うという『感情移入できない』状態がスタートし、ラストまでそれが続きます。

 そういう意味で、そんな感情移入など黒澤にまかせて、ひたすらかっこいいアクションシーンが見たいんだという方にはおすすめな映画なのですが、同じ傭兵アクションものならば、スタローンが監督した『エクスペンタブルズ』シリーズのほうが三倍は面白いはずです。なぜなら、あの映画では不器用で弱者に弱いスタローンと彼に振り回されっぱなしの女房役ステイサムの夫婦喧嘩も見られるし、傭兵同志の絆というか、命をかけて弱者を守るヒーローが毎度毎度味わえるからです。

 

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(これが、スタローンのエクスペンタブルズだぜ! 暑苦しいぜ!)

 

 

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(同じレイアウトだろうが! 暑苦しいぜ! 人員減らせよ、エグザ〇ルか?)

 

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(もうやめなさい。。いくら好きだからって、、あんたら乃木坂か。。)

 

 そういうわけで、『マグニフィセントセブン』黒澤作品の突き抜けたすばらしさを見直す引き立て役として、ごちそうさまでした。

 こんなに批判しちゃったけど、荒野の景色は解放感があってすばらしいショットだたし、彼らの衣装は統一感のある誇りまみれのデザインでクールでしたよ。美術的には完成度が高く、目の保養になりましたよ(なんだその雑なフォローは)