9月16日(土)ドリーム(16)彼女は言う。スカートのおかげで今の仕事についたんじゃない。でも、やっぱりそのスカート、まねしたい!

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 久々の感動作でしたよ。

 いやいや、けっこう常に感動してると思うよ。

 このブログを読んでいる読者の皆様は、そう思われるかもしれません。

 いや、しかしこの映画はよかったです。

 私はやっぱり、脚本(ストーリー)がいいものに惹かれるな、と。

 しかし、この映画は映像(とくに60年代の働く女性たちのファッションがキュート)も同じくらい魅力なのです。

 

 

 

 ■ストーリー

 主人公たちは、3人の黒人女性。

 キャサリン、ドロシー、メアリーの3人はそれぞれに数学の才能に恵まれ、NASAの黒人電算グループで勤務していた。

 時は1960年代、ヴァージニア州ハンプトン。

 南部の旧態依然としたこの土地は人種差別が続き、有色人種と白人の間には隔たった階級と人権の差は歴然としていた。水道やトイレ、バスの席など公共のサービスは有力人種と白人の間に明確な線引きがされ、図書館も自由に使うことはできない。

 しかし、アメリカは当時冷戦の真っ最中であり、ソ連と有人宇宙飛行をめぐり激しい競争を展開していた。

 その名をマーキュリー計画

 1958年から1963年まで続いた、地球軌道周回におけるロケット開発は、常にソ連がリード。国家の威信と期待をかけたNASAのラングレー研究所は大きなプレッシャーの中でプロジェクトに貢献できる人材を必要としていた。

 このマーキュリー計画の末席にはじめに加わったのが、キャサリンだった。

 

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(みよ、このNASAの画一的なエージェントスタイル。キャサリンのツーピースがキラリ☆)

 

 キャサリンは子どもの頃から数学の天才で、黒人の女性としてはじめて、宇宙特別研究本部で本部長付の計算係に任命される。

 しかし、職場はオール白人男性。

 女性差別、人種差別、才能に対する嫌がらせなど、職場環境は最低。

 さらに、当時は黒人と白人のトイレの共同使用が許されていないため、キャサリンはオフィスから800メートルも離れた黒人用トイレまで書類のファイルを持って往復しなければならなかった。

 苦境にさらされていたのは、黒人電算室の同僚であり、メアリーも同様だった。

 

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(右がメアリー。ノスタルジックなワンピでしょうww)

 

 メアリーは技術部へ転属され、初日から開発中のロケットの課題を見抜く。

 その才能を知ったメアリーの上司は、黒人ではじめてのエンジニアになるべきだとメアリーを励ますが、彼女はエンジニアに必要な資格が黒人には与えられない現状を嫌というほど知っていた。

 そんな二人のずば抜けた能力を知り、人事の采配をしたドロシーもまた、悩みを抱えていた。電算室で多くの黒人女性をとりまとめ、その職務と職責は管理職と同等であるはずだが、地位は認められず、昇進もできなかった。

 

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(ドロシー:オクタビア・スペンサー 今回、一番かわゆい!!人物ですw)

 

 ドロシーは、白人女性の上司に何度も相談するが、「黒人は管理職にはなれない」と一蹴される。彼女は職責だけをつし付けられ、身分の保証も見返りも白人とは同等に与えられなかった。

 

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(左:キルスティン・ダンストが彼らの上役です。見よ、このエラソーな手つきをw)

 

 そんなとき、NASAにIBMという中央電算をつかさどるコンピューターが入ることがわかる。このマシンの導入が進めば、黒人電算室は解散だという。

 ドロシーはマシンが入ったあとも、自分たちの必要性を認めてもらうために、マシンをサポートするための研究をひそかに開始する。

 実際、IBMのマシンは技術者たちがこぞっていじり倒しても、うまく起動しないのだった。ここに自分たちのねらい目があるはずだ。ドロシーは生き残るためには、自分たちの価値を上げるしかないと研究に取り組む。

 

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NASAでマキュリー7という宇宙飛行士7人組を見守る三人)

 

 その頃、キャサリンはロケットの着陸軌道を計算する仕事をしていた。

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(リケジョ、すごいww)

 しかし、主任研究員であり、自分の先輩格にあたるスタンフォードは彼女に対して、機密を開示しない。データは日々更新されるため、彼女の仕事はどんなにスピードをあげても、終わったときにはデータがずれており、無用になってしまうのだった。

 そんなとき、彼女が夜遅くまで熱心に仕事をしていることを気にかけていた本部長が、彼女を機密会議に出席させた。この会議で彼女が多くの白人男性の前で鮮やかに軌道計算をするというパフォーマンスをすることで、宇宙飛行士のジョン・グレンが彼女を賞賛し、その日から、彼女に必要な情報が下りてくるようになった。

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(リケジョすごいwしつこい(笑))

 

 こうして、キャサリンがあきらめず、忍耐と知性で自分の地位を築き上げたころ、ソ連ガガーリンが地球一周を成し遂げたというニュースでNASAを驚愕させる。

 

 宇宙任務グループは、ソ連に一矢報いるために能力を結集することを誓い、情報共有の可能になったキャサリンの仕事は順調かに見えたが、本部長が彼女を必要とするときに彼女の姿が自席にないことが重なった。

 毎日毎日、40分も彼女はいったいどこで油を売っているのか。

 ある日、本部長は皆の前で、キャサリンを問いただした。

 そのとき、キャサリンはトイレに行くために、大雨の中ずぶ濡れで800メートルの距離を往復したばかりだった。ワンピースも髪も下着も靴もびっしょりだった。

 あまりに疲れきっていたキャサリンは本部長にむかって抗議した。

 ここには、黒人用のトイレがないからです。

 だから、自分は800メートルの距離を毎日、生きるために走っているのです。

 私がそういうことを、しなければならないことを知っていましたか?

 私はコーヒーをポットからではなく、鍋から組んで飲んでます。

 誰も、黒人と同じポットから飲みたくないからです!

 キャサリンが出ていくと、本部長はコーヒーポットに近づいて、黒人用と書かれたシールをはがした。本部長はそれまで、黒人の女性の彼女がどんな思いで仕事をしているのか、半分も知ってはいなかった。

 本部長はすぐさま、NASAすべての白人、黒人と名称のついたトイレの看板を取り払った。

 こうして、NASAの黒人女性の地位がまた一つ向上した。

 

 残されたのは、メアリーとドロシーだった。

 メアリーはエンジニアになるために、白人学校で資格を付与されなければならず、そのためには、ヴァージニア州法を覆すために裁判長を説得させなければならなかった。

 メアリーは自分を励ましてくれた上司の言葉を思い出した。

「裁判長、『はじめて』は歴史にはつきものです。その『はじめて』があるまで、前例はありません。でも、今後100年のことを考えてください。私はエンジニアになれる能力があるのです。でも、肌の色は変えることはできません。裁判長、どうか今後100年、重要な審議と思われるものをお考えになって、裁判長にとっての「はじめて」を実行してください」

 裁判長はメアリーの説得力のある論理と、熱い思いに心を動かされ、彼女が夜間のみ白人学校に通うことを許可した。

 最後の闘いはドロシーだった。

 

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(いざ、NASAへww)

 彼女はIBMという自分たち黒人計算室の女性を脅かすマシンのことをこっそりと調べ上げ、このマシンを機能させるには、自分たちの計算能力が必要だと見抜いていた。事実、マシンが機能しないことでIBMの担当者は頭を悩ませていたのだ。そこにドロシーが来て、自分ならば動かせると証明をしてみせたことから、彼女はマシンの統括としてNASAに任命される。しかし、彼女は自分ひとりだけではマシンを動かせないと主張し、黒人電算室の女性すべてをNASAに配置が替えしたのだった。

 NASAに黒人女性の存在が異彩を放って確立された瞬間だった。

 

 

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 ■レビュー

 この映画は冒頭で言ったように『働く女性に観てほしい』作品です。まさに、この物語では60年代の南部ヴァージニア州において、幾重にもハンデを背負った黒人女性が、その能力と、忍耐と、知性で自分たちの地位をNASAという白人男性帝国に築き上げる様子が描かれています。

 キャサリンは、恋人となる黒人大佐と出会ったときにこう言います。

「私は、スカートを履いてNASAでこの地位を得たんじゃありません。眼鏡によって、ここにいるのです」

 もちろん、スカートは色気、女性という身分の比喩。眼鏡は知性の比喩です。

 だから、これは能力をばりばりに発揮するリケジョの話かと思うのですが、ところが、そこは映画。

 

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(原題はドリームではないのですが、日本語訳できないです。

 FIGUREの意訳がむずかしい。誰かお願いします)

 

 働く女性の当時の最先端の60年代ファッションがここぞとばかりに展開されて、まさに私なぞはキャサリンのスカートのおかげでこの映画の大半をエンジョイしました。

 もう、ストーリーは働くキャリアウーマン・リケジョのお話ですが、彼女たちの見事な戦闘服たるや、キュート、キュート! キュート!の連呼です。

 とかなんとか言ってると、本質的な話ではなくなるのですが、私の場合、この映画で一番感銘を受けたのは60年代のファッションなのです。

 60年代と言えば、私の祖母の青春期の服装です。Aラインにウエストがしぼまった膝丈スカート。ツーピース。ボレロにワンピ。

 女性が女性らしいシルエットを保っていた、時代のファッションです。

 現代といえば、

 カラーはクロ、紺、白、ベージュ、ブラウン、オリーブ。

 これは、男性リーマンカラーの定番です。

 シルエットは、ビッグシャツ、Iライン、キュロット。

 これらは働くリーマンシルエットです。

 つまるところ、現代の女性のファッションが、働きやすさ重視の男性リーマンと同じになって久しいということなのです。

ちょっとオードリー風のふわっとしたスカートを買おうととすると、仕事で着用するには、浮きすぎるという始末。

そこらへんでリーズナブルに入手できる服のかわいくないことと言ったら。

 なので、この映画で続々と登場する彼女たちのこれでもかというぐらいの女性らしいカラーリングとシルエットのファッションショーにノスタルジックなものさえ感じてしまいました。

 そういうわけで、知性もいいけど、女性はやっぱり、どんなに頭がよくでも愛嬌とかわいい服でしょうと、思うのです。

 つまり、眼鏡も大事だけど、スカートはそれ以上に大事だ。

 人生の華だ!!

 そして、言い忘れましたが、今回主人公の黒人女性と鮮やかなコントラストを撮るべく黒、白、ベージュと葬式の垂れ幕ファッションを展開してくれた白人代表の女性キャリアは、私と同じ年齢のキルスティン・ダンスト

 彼女の疲れたような表情がモノクロファッションにぴったりでした。ああいうつまらないキャリアアイコンになってはいけないです。働く女性は笑顔と華やかさがなくては。

 そういうわけで、働く女性にこそ観ていただきたい映画今年ナンバーワンです。

 日本劇場公開は、9月29日。

 働く女性のファッション革命をここからスタートさせていただきたいものです。

 キャリアウーマンのキュートな洋服をどうか大量生産していただきたい。

 というわけで、9月の映画レビューはこれにてひと段落。

 次回から何をするか、少しお時間を下さい。

 

 おまけ。

 私がこの映画に影響を受けたミニファッションショーはこちらです。

 

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華やかさがない(笑)