9月10日(日)お嬢さん(16)韓国 エロティックメルヘン~悪人に天罰を! 虐げられた主人公たちに幸福を~

 

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【お嬢さん】(16)韓国:

 サラ・ウォーターズのベストセラー【茨の城】原作にしつつ舞台をヴィクトリア朝ロンドンから日本統治の朝鮮に移したゴシック・エロ・メルへン。そう、私は、あえて【メルヘン】と言おう。

 

 

 この映画、レビューするのがすごく難しいです。ジャンルでいうと、エロティックコメディになるのでは、ないかと思っています。もしくは、エロティックメルヘン。宣伝で言われているようなエロティックサスペンスではない気がします。

 むしろエロコメです。

 しかも、レズもとい、百合です。

 百合。

 ①ゆり科ゆり属の多年生植物の総称。花弁三枚、同色のがく三枚の、つりがね型の花が夏咲き、笹(ささ)に似た形の葉をもつ。山野に自生し、観賞用に栽培もする。鱗茎(りんけい)(=俗に「根」と言う)は食用(ゆり根と言い、高級食品である。しかし触感は芋っぽいというか、芋である。どこが高級やら……)

 

女性の同性愛のこと。また、それを題材とした各種作品。作品の場合、女性同士の恋愛だけでなく恋愛に近い友愛や広く友情を含んだ作品 別名ガールズラブ

 

 説明は不要かもしれませんが、この場合、もちろん②です。

 

 さて、百合って、偏見かもしれませんが、基本的には男性を対象としたジャンルではないでしょうか。翻って、やおいもといボーイズラブを読みあさっている男性が少ないのと同じで、フィクション上のレズ・BLの大半の消費者は異性である印象があります。(なんせ、BLの中にはマッチョひげずら中年男性のきこりと華奢な青年が絡み合い、はげしくアレするカップリングもあるほどで、これをいわゆる「健全」な男性が読むとも思えなかった筆者の思い出があるわけです……)

 

 ざっくり言うと、百合の中でもレズビアンセックスのマーケットは、男性である。

 この私の独断と偏見に満ちた前提がずれていると、ちょっとこの先困ってしまうのですが、どうでしょうか。

 とにかく乱暴かもしれませんが、この私のエロフィクション定義で話をすすめると、この映画って誰得なんだろう?、とふと思ってしまったのが映画の初回です。

 

 

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(原作はゴシックロマン、古いお屋敷に貴族ですが、この映画ではお屋敷は和洋折衷。

 言語も韓国語と日本語が絡み合い、どちらの言語も似ていてこの際、韓国語も少し勉強しようかと思ったくらいですむにだ)

 

 この「お嬢さん」過激とまでは言えませんが、親と見るにも同性の友人と見るにもはばかられる程度には赤面する描写があります

 たとえば、お嬢とメイドのオーラルセックス中に股の間からあえぐお嬢の顔が見えるカメラアングルとか、ピストン運動ばりの69を横から写すとか。

 この百合セックスのシーンは、同性の私としては、食欲が少し減退するような気がしました。もう、完璧にAVだと覚悟をすれば観られるのですが、この作品、ストーリーがきちんとしているため、映画であるという前提が映像(AV)に追いつかずにざわついてしまいます。

 

 そういうわけで、とりあえずストーリーのおさらい。

 以下、ネタバレなしです。

 

 

 

 

 ■ストーリー

 時は1939年の韓国。

 詐欺師集団に養育され今日まで生き延びた少女スッキ。

 彼女はみじめな境遇から這い上がろうと伯爵に扮した詐欺師の男と組み、ある計画に手を染める。その計画とは、豪邸に叔父に幽閉同然に閉じこめられた令嬢、秀子に取り入り、「伯爵」と結婚をさせ、その財産をかすめとろうというものだった。

 子供の頃からスリや窃盗で育ったスッキは人をだますことにかけては百戦錬磨。スッキはメイドの珠子になりすまし、純朴な田舎育ちのふりをして、あっという間に深窓の令嬢秀子の心をつかむ。しかし、秀子は孤独な生い立ちで、友達もおらず、同い年の珠子とはすぐに友達同士のように親しくなる。珠子は寛大で時に寂しがりや、そして美しい秀子の怪しい魅力にいつしか惹かれていく。しかし、それは伯爵に秀子を渡したくないという嫉妬に変わっていく。だが秀子が叔父から強制された篭の鳥の状態から抜け出すためには、やはり伯爵と結婚させるしかないのだった。

 

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 お嬢様(秀子)も、伯爵よりも珠子であるスッキに信頼を寄せているように見えたのだが、ついに伯爵と秘密の駆け落ちの日が近づく。その日、珠子は秀子に結婚初夜の夫婦の営みについて尋ねられ、やけになった彼女は、秀子にキスの仕方からセックスまで教えてしまう。それは、意外というほかない体験で、秀子との行為はあまりにも刺激的で底知れぬ快楽の連続だった。絶頂に上り詰める珠子と同じ意識の中で、ますます秀子を放したくなくなる珠子。

 だが、ついに「かけおち」の日がくる。叔父が長期不在の間に、珠子は秀子と伯爵と三人で屋敷を脱走するのだ。

 秀子は、屋敷の外の世界にでた当初は、珠子にべったりだったが、初夜には引き離され、隣室で激しい夫婦の営みをする秀子と「伯爵」。嫉妬と怒りのため耳を塞ぐ珠子。そうこうするうちに、なれない環境からか秀子の精神が少しずつふさぎ込んでいく。当初の計画どおり、珠子と「伯爵」は秀子を無理やり精神病院に幽閉し、その財産を山分けする段取りをはじめる。

 心を鬼にして、秀子への終着を捨て去る珠子。だが、精神病院に着くと、病院の看護人と医師たちにがっちりと身体を拘束されたのは、珠子のほうだった。

 なんと、秀子ははじめから伯爵に扮した男とグルだったのだ。

 なんということだ。

秀子を観ると複雑な表情が浮かんでいる。

「お嬢さま!」

 悲痛な叫びをあげる珠子。

 一方、男は薄ら笑いを浮かべている。

「このやろおおおお!!!」

 詐欺師の男に罵詈雑言をあびせる珠子。だが、まさに情緒不安定の様を演じているようにしか見えないことだろう。

暴れだす珠子は両脇から看護師に取り押さえられ、あっという間に病院の厚い白壁の奥に連れ去られた。

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(とりおさえられる珠子。まさか、自分が幽閉されるとは!!)

 そう、秀子は男を知らない純朴な令嬢ではなかったのだ。彼女は、幼少の頃からSMプレイを朗読する叔父によって調教され人間の腐敗しきった日常にもまれ成長した欺瞞と変態の世界の住人だったのだ

 私は、幼いころからおかしかった……。

 こうして、秀子の独白がはじまる。

 

■レビュー

 この作品は3章仕立てで、1章がメイドに扮する天涯孤独の孤児、スッキ(珠子)の視点。2章が深窓の令嬢と思われていた秀子視点で、彼女の本当の生い立ちと彼女の計画があきらかにされます。そして3章がクライマックスで、すべての前提、つまり当初の計画にどんでん返しが入ります。

 秀子と珠子の関係はどうなってしまうのか。精神病院に隔離された珠子は脱出することはできるのか。

 物語は、二人の関係性と秀子の財産がどこに転がり込むのか、クライマックスに向かって急展開していきます。

 

 というわけで、構成はタランティーノの「パルプフィクション」風の章立てとどんでん返し、人物視点が変わることで、同じシーンに違う意味を持たせるプレイバック手法を使っています。

 章が変わるごとに、全段の設定が覆り、映画としても十分楽しめる展開で、多くの人が納得できる仕上がりになっています。

 問題は、タランティーノの手法を使ってはいても、だまし合いの動機に深くエロスが関わっていることです。

 エロス。

 そして、この作品の場合は百合(を超えてレズ)です。

 この映画を観たはじめの感想が正直「気持ちわるい」だったのも、女性の私としては仕方なかったのかな、と思います。

 この嫌悪感は単純に百合という同性愛について、自分のセクシュアリティが合致しなかったからおこるのですが、冷静にもう一度この映画を観てみると、百合も受け入れられることに気がつきました。というか、慣れとも言えるのかもしれません。

 それは、実に百合という生物学的にはタブーである同性愛が無理なく描かれていることに気がつくからです。

 作品中、珠子と秀子が恋愛関係になる心理的な動機がしつこいくらいに丁寧に描かれています。

 だいたいにおいて、男性向けのエロがすぐにアクションを開始してしまうことに対し、女性向けのエロはその過程、つまりなぜ彼を好きになったのか、好きになってから、アクションに至るまでの課程が長々と描かれます。それは、男性がセックスというアクションを愛でるのに対して、女性はセックスに至る心理を愛でる傾向があるからであり、この前提がエロフィクションにおける差となっています。

 このベタな前提からすると、この映画はちゃんとした恋愛映画であり、同時にエロなのです。つまり、過程は女性向けであり、セックスシーンかつジャンルは男性向けなのです。なので、観ていて、誰得なんだ? と私が不信に思ったのも無理がないのではないかと思います。

 乱暴にまとめてしまうと、視聴者が男女どちらであってもこの作品は楽しめます。

 一抹の不安があるとすれば、それはやはり女性として百合ものを心地よく観ることができるのかな? ということです。

 それは、あなたしだいです。

 心と自らのセクシュアリティを切り離してしまえば、楽しめます。

 この映画では、秀子も珠子の周囲にいる男性が鬼畜ばかりで、女性を経済的な食い物、性的奴隷としか評価しません。秀子にとっての育ての親である叔父、そしてスッキに金儲けをもちかけてくる詐欺師伯爵。こんな男性たちに奴隷にされてきた女性であれば、女性を好きになるのも無理はない、とも思わせる構造になっています。

 ただ、この構造が心から感情移入できるかというと正直難しいです。

 それは、演出や少女たちのセックスがあまりに、冒険的であり、快楽におぼれすぎ、一種のアクティビティに見えるからです。つまり、恋愛関係における互いが互いを必要とする危機感というかシリアスさが意図的にはがされており、物語の上では、二人は出会うべくして出会った形式をとっていますが、それがおとぎ話のようにどこか現実感を欠いた演出になっているのです。だから、この作品で二人が惹かれあう構造は丁寧な描写であるけれど、感情移入するのは難しい

 

 それでも、ふと私も考えてみるわけです。

 これまで、いい男性との出会いがあったとしても、現在シングルの私はむしろ女性を好きになるかもしれない、と!

 そうすれば、出会う確率は単純に2倍になるのだから、人生は楽しさに満ちるのかもしれない!!

 いや、ちょと待て。わずらわしさや事故が増えるだけかもしれない!!!

 自分が両刀ならば、悩みや問題も2倍か!!!!

 ああ、それはまずい……

 というわけで、あなたも、このエロメルヘンを観て、ひとしきり身悶えしてみませんか。

 悪人に天罰を。

 虐げられた主人公たちに幸福を。

 そんな寓話をぜひ、ご賞味あれ。

 

 蛇足ですが、この映画で伯爵を演じるハ・ジョンウ、気に食わない顔つきだ(演技でね)思ったら、チェイサーで犯人役をしていたのでした。どおりで。。。

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 いっつも、変な役やるよね!笑