9月8日(金)シン・ゴジラ(16) 思いのほか、すかっとした東京破壊!!病んでる、私?

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 なぜ、いま「シン・ゴジラ」なのか。

 深い意図はありません。でも、すごくよかったです。

 「よっしゃ!」と、拳をにぎりしめたいです。

 以下、その理由です。

 

  (私はWWFに寄付するほど野生動物が好きなのです)

  • あのエヴァ」にまったく入り込めなかった私が庵野監督と和解できるほど、この作品が世界系から完全脱出していた。
  • 長谷川博己演じる政治家がきちんと災害対策にたいするリーダーシップをとり、それがうまくいって(映画だからね)政治家やリーダーに対する希望がちょこっと更新された。
  • ときどき、仕事の書類を燃やしたい衝動がある私にとって、背徳と腐敗の都、東京が総務省文科省(主にここから仕事がおりてくるため)ごと破壊されるのを観られて、思いのほかすかっとした。
  • 自衛隊の武器、弱すぎて切なかった。
  • 石原さとみ、かわいい。
  • 大杉連の総理、使えなさ具合がリアルすぎる。

 

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気持ちいい! もっと壊せえええ!!(笑)腐敗と背徳の魔都トーキョーの図

 

 みなさん、すでにご覧になったかと思いますが、洋画好きな私も実はちょろちょろと邦画も間違いなく観ているのですが、レビューを書くほど「ぐっと」くることが正直少ないため、なかなかレビューの番がきません。

 先日も「本能寺ホテル」を観まして、よかったんですけど、「とくに感想が……」という感じでした。わかりやすいし、それなりにおもしろいんですけど、何かをしゃべりたくなるかというと微妙で、なんの抵抗もなく心にすっと入ってきて、いつのまにか消えていく。そういうのを観てしまうと、「邦画、次なにみようかな」となりにくいわけです。

 でも、この作品は心の底にまかれた映像や発想やシーンの種がエンディング直後にふつふつと湧き上がってくるというか、「おもしろかったぜー!」と叫びたくなるというよりは、「いやあ、やればできる」と親が子どもを、上司が部下を、先輩が後輩を、映画ファンが名監督の頭をなでてやるような、そんな心境にさせてくれるものでした。

 

 

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(ぜんぜん、効かねえよ。。。 多摩川をわたりま~すwwの図)

 

 ゴジラ、何がよかったかというと、繰り返しますが虐待シーンがなかったことです。

 

 

 冒頭で、余貴美子演じる無表情の防衛大臣自衛隊の航空支援部隊でゴジラをロックオンするシーンがあります。

 

 こちら↓

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 もう、やめてーって感じでしたね。

 

 

 すでに都内も一部ぐっちゃぐちゃにして、あなたの歩いたその後はがれきの華がさくでしょう状態になっているにも関わらず、ゴジラをよってたかって虐待するのは卑怯だ! 自衛隊

 と、思ってしまうわけです。

 

 まあ、相手がトカゲでしかなく、無機質なロボットであればまだしも、明らかに爬虫類というか、トカゲなわけで、とてもとても、機関銃で射殺していい生き物ではないですよ

 結局邪魔が入って抗議する間に、掃射は中止になり、そこで私の出勤時間になって映画はストップしてしまい、つづきは帰宅してから続きを観ようと思っていました。

 しかし、昨日の仕事中、ゴジラが虐殺される心配で仕事も手につかず、隣の後輩にそっときいてみたわけです。

「ねえ、ゴジラみた?」

「みましたよ」

「今朝、冒頭だけ観てきたんだけど、あのあと虐殺シーンとかないよね」

「ネタばれありですか?」

「ネタバレなしで」

 

 

「うーん、虐殺はないですよ」(後輩にこやかな笑顔で)

「まじ?」(私、超絶不安そうな顔で)

ゴジラ強いですから」(後輩にこやかな笑顔で)

 これを聞いて、ほっとした私は仕事に戻ろうとしましたが、すぐにまた不安になりました。

 

 

ラストでも、虐殺されないよね?

 海にそのまま帰宅したり、ぱっと消えたりして、臓物とかスプラッタとかないよね?

 

 

「……ネタバレなしで?」

ネタバレなしで

 

 

「……えーと、たしか虐殺はないです」

じゃあ、どうやって終わるのよ、映画

 

 

「ネタバレなしで?」

ネタバレなしで!

 

 

「うーん……(こいつ、ラスト聞いてるくせにネタバレなしってどういうことだよという不審げな顔の後輩)」

 

 

 

 

 

 

ねえ、どうなの!?(むきになる)」

 

「……うーん、終わるんですけど、続編もあるかな~って感じで終わります」

 

 

「……あ、そう」

 

 

 こうしてほっとした私は、帰宅してラストまで見ることができましたよ。

 後輩の言ったとおり、紆余曲折はあるものの、ほとんど虐殺シーンはなくラスト。

 本当によかった。笑

 もう、これが一番大きい。

 

 それもそのはずで、この作品でゴジラは、完全に個性というかキャラクター性をはぎ取られており、ただの破壊兵器的側面が強く描かれていたことも、ゴジラがただの兵器として見える意図に寄与していました。

 ゴジラという生物の心理的側面が描かれていないという批判もあるようですが、この作品のテーマはあくまでも災害対策をする人間の群像劇がメインであり、ゴジラは完全な狂言まわしの位置でしかないと思います。

 つまり、突然現れた巨大生物であるものの、あまりに生物として描くと、虐待シーンになってしまい、私のようなガラスハートの人間が観たら、卒倒したあと、庵野監督に毒入りレターを送りかねない。また、そうでなくても、小さな爬虫類好きのお子様は泣きわめき、自衛隊ファンもたかがトカゲを虐待するのに、最新兵器を使うなんて卵を戦車で虐待するようなものだ!!とクレームを出しかねない。

 なので、ゴジラは生物でありながら、生物らしくないつまり、動くけれど、喜怒哀楽を排し、見せ場はレーザービームを背びれから東京上空四方八方に打ちまくる兵器という描き方にとどめ、それを唖然として見守る災害対策本本部の面々という構図が立ち現れます。

 

 そういうわけで、映画のメインは災害対策本部、この場合は巨大不明生物特設災害対策本部巨災対)側の群像劇です。

 

 

主人公は長谷川博己演じる、矢口蘭堂・肩書は内閣官房副長官(政務担当)で、巨大不明生物特設災害対策本部巨災対)の事務局長です。

 

 彼が、日本の省庁のトップやら学者やらを集めて、ゴジラタスクフォースを取りまとめるのですが、その際、国連を操作するアメリカも躍り出てきます。

 もう、このあたりのアメリカのやり方は本当にえげつなく、例によって核をゴジラに落としちゃという発想にまたもってきます。

 その前段階としても色々言ってくるのですが、総理もそれにたいしてぼそっと「あの国はまた……」とぼやきます。

 このあたりは、現在の日本をぼやきながらもダイレクトに表現するもので、日米地位協定を未読の私はまだ完全な日本の位置を理解していませんが、アメリカはいざとなったら、日本の国土や日本国民のことなどどうとも思っていないことを改めてつきつけられましたね。

 もちろん、映画なので、アメリカ側にも日本との連携をもっと穏やかで確固たるものにしようと思う人々はいるはずですが、現在もそれは現実の世界では覆らない状況です。

 映画においては、より巨災対を追い詰めるための演出としてアメリカは日本に核を落とす方向で圧力をかけてきますが、それをできるだけ時間稼ぎして、矢口は、東京と焦土化しないためのゴジラ制圧プロジェクトを最後まで続けていきます。

 この人々の結束力を2倍にも3倍にもしていくのがリーダーの役目なのですが、まあ見ていて気持ちがいいです。

 仕事人の立場から見ても、大きな仕事はいかに多くの人の力をレンタルできるかという一点につきるということが教訓として描かれていますし、うまく行かなかった現実の3・11と比較する(あてつけてみる)と尚、歴然とします。

 普段から、巨大災害に対して、タスクフォースを結成することを想定するのは難しいですが、仕事をしながら、どこにどんな人間がいて、自分に味方してくれる割合はどれくらいなのか、何を差しだせばその割合が上がるのか、自分の知らない潜在味方をつなげてくれるのはどの人間なのか、そういうことを頭にいれながら仕事をしていうことが、結局は「しごと」を形にしていく上では大事なのかと思います。

 だから、核攻撃を容認してしまえば、そういった力を発揮する人々の生命それすら危うくなるわけで、完全に阻止しなければならない。

 その意味で雑な解決方法によらず、日本の省庁、各界のブレーンが矢口のタスクフォースの元に集結し、自国の危機を自国で解決できるこの話はまさに理想的です。

 ゴジラによる破壊と殺戮の限りを尽くされた東京、つまり日本をみることに奇妙なほど爽快感をおぼえるのも、そこにある腐敗した永田町や霞が関を一度、瓦解させてしまいたい、と誰もが思うからでしょう。

 スクラップアンドビルト。

 映画で矢口が言っているように、常に日本は外部からそれを受けてきたのであり、自ら改善することはできませんでした。

 ペリー外交による明治維新にはじまる260年間続いた徳川幕府の瓦解、そして太平洋戦争の結果としての核の投下。日米安保。そして、2011年、東北大震災。

 そして、ゴジラの襲来。

 ゴジラはもちろんフィクションですが、日本はいつまで自らの変革を外部からの圧力に頼るのでしょうか。

 東京が炎に包まれ、総務省文科省も瓦解するのを観るのは爽快でした。

 しかし、そのあとに待っていることを思うと、単純に明日からどう食べていくかの算段をするはめになります。

 人智を超える災害によって、腐敗も背徳も一掃されるというのは幻想でしかありません。

進撃の巨人」で描かれたように、人間はより大きな災害や危機がやってきたとしても、必ず団結できるわけではないのです。むしろ、新たな利権や派閥が生まれるだけかもしれません。

 そんな災害が起きる前にこそ、団結をしなければならない。

 希望の破壊としてのゴジラ、私はそんなふうに説教臭く観てしまったのでした。 

というわけで、今回のゴジラ、ぜひまだご覧になっていないという奇特な方は、ぜひご賞味あれw