8月10日(木)アシュラ(16)韓国 韓国映画のすさまじさ、ここに極まれり!!

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 信念なんてもちようのない凶悪な世界で、蹴られるだけのボールはやがて二人の主人の間で自転しはじめる。

 生き延びるためではなく、すべてを道連れにするために。

 

 きました、韓国映画「アシュラ」。

 すごい映画でした。

 韓国映画のすさまじさ、ここに極まれり。

 アクションよし、演出よし、俳優よし、脚本ぶっとんでるの四拍子

 さすが国策として国の予算を映画に傾けているだけあります。

 すさまじいバイオレンス映画であるにもかかわらず、映像が美しすぎてずっと観ていたくなる不思議、それが「アシュラ」です。

 

 ストーリー

 増殖する地方都市、アンナム。

 街並みは住宅が津波のように狭い山並みに押し寄せ、まるで建物でてきた海だ。

 人々が群れつどうその町は、人の数だけ利権も欲も渦巻き、熾烈な争いが巻き起こる。

 そのひとつ、ニュータウン建設。

 議会の反対を強引なやり方で押し切り、施策を推進する市長、それがパク・ソンべだった。

 その市長の猟犬となり、不都合な事実をもみ消す汚れ仕事をしている刑事がいた。

 ハン・ドギュン。

 彼は不治の病を抱えた妻の膨大な入院費を工面するために、犯罪を重ねてきた。

 暴力、詐欺、脅迫。

 市長を「守る」ためならなんでもした。

 ドギュンにとって市長はパトロンであり、金づるでもあった。

 あくまでも金のためでパク・ソンべの政治に興味はない。

 奴が人殺しや脅迫をしてまで障害を排除し、推進するニュータウン計画。

 あれがアンナム市民のためになるのか、そんなことなど知ったことか。

 そもそもいったい何が市民のためになるのか。

 ただし、あのニュータウン計画が進めば多くの金がアンナム市に流れ込む。

 一方でその流れに乗れなかった奴らは瀕死の重傷を負うだろう。

 だから、必死で計画を阻止しようとする連中がいる。

 どちらに転んでも、誰かが潤い、誰かが乾く。

 政治なんてそんなもんだ。

 

 だったら、俺は強いほうにつくだけだ。

 どちらが正しいではなく。

 

 ドギュンは今日も仕事にせいをだす。

 つい最近、市長が検察に起訴された。

 ドギュンの仕事は、市長に不利な証拠をもつ「有力」な証人を排除すること。

 今もこうして路地裏の建物に控えて、「棒切れ」からの連絡を待っている。

 「棒切れ」は今頃、汚いやり方で脅していることだろう。

 証人は泣きながら、検察に「都合がわるくて証言できない」と電話をするはめになっているはずだ。

 かわいそうに。

 いつもの朝飯前の片づけ仕事だ。

 思ったとおりこの「仕事」は上首尾おわり、市長は起訴を免れた。

 おかげで、検察側は切り札を取り上げられた間抜けな負け犬も同然で、さすがに余裕がなくなったのか、今日は部長検事がカメラの前で市長に殴りかかりそうになった。

 残念だ。あと一歩で面白いことになったかもしれないのに。

 検察がそれをしなかったのは、もちろん国家的な体裁が理由じゃない。

 いわば検察だって同じくらい汚れ仕事をしている。

 つまり、金のためだ。

 今日、市長になぐりかかりそうになった部長検事は市長の反対勢力から賄賂をしこたま受け取っている。

 つまり、正義なんてこのアンナムには存在しない。

 市長も検事もどちらも利権に群がるハゲタカだ。

 どっちが正義かなんて議論するだけ無駄というものだ。

 

 だから、俺は強いほうにつくだけ。

 

 

 そうそう、いい話がある。ついに俺は警察を来月辞めることになった。

 市長が俺の働きを認め、ついに警察から引き抜いてくれたのだ。

 くだらない刑事稼業とはこれでおさらばだ。

 すべては順調だ。

 このままいけば、一生安泰だ。やっと俺の人生がひらける。

 だから、まさかあんなタイミングで順調な俺の進路が急カーブを切るとは思わなかった。

 結局、棒切れを使ったのが間違いだった。

 あいつはしょせん、名もない棒切れ。

 移民のシャブ中だ。忍耐力が皆無ですぐにいい気になる。

 どうせならあいつが死ねばよかったのに、あの間抜けのせいで、係長が死んだ。

 あれは係長が悪い。

 あいつが俺と市長の関係を無駄に詮索して、金を横流ししろ俺を脅迫した。

 そんな証拠なんてどこにもないのに。どこまでがめついんだ。

 棒切れの賄賂まで盗みやがって、どこまで汚いんだ。俺を脅迫までしって。

 係長と言い争いになり、係長の背後のおんぼろビルの上の金網がはずれた。

 やつはそのまま金網の向こうに落ちていった。

 

 まさか、その下のとがった鉄柵上に落ちるとは。

 まさか、その場面を弟分のソンモに見られてしまうとは。

 まさかその場面を検察が動画に録音しているとは。

 まさか、検察がそれをネタに俺を脅して市長を立件しようとは。

 

 まさかのオンパレードの後、俺はキム検事に出会う。

 奴もまたハゲタカだった。

 その日から、俺の人生は地獄になった。いや、もともと地獄だった人生にもう一つ地獄が加わった。検察側の犬という地獄が。

 市長を裏切れるわけがない。だが、検察に証拠を提出しなければ俺自身の身の破滅だ。くそ、なぜこんなことになった。

 

 こうしてドギュンにとっての二つの地獄を行き来する日々がはじまる。

その先に待つのは、やはり地獄なのか、天国なのか。

 

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(相関図 悪いメインの人が4人です 主人公ハン・ドギュン)

 

 レビュー

 そういうわけで、日本版「アウトレイジ」と言われる「アシュラ」、すばらしい映画です。

 ぶっちゃけ、ストーリーはぐだぐだと言ってもいいんじゃないかと思います。

 ネタバレしない感じで最後はどんな感じになるかというと、シェークスピアの悲劇のラストです。

 ハムレットしかり、タイタス・アンドロニカスしかり。

 詳しくは本編をご覧ください笑

 ストーリーがぐだぐだというのは、主に主人公がぐだぐだなわけですが、行動がぐだぐだなのであって、見た目のアクションはきれっきれです。

 まず、主人公ドギュン刑事役のチョン・ウソン。イケメン俳優です。

 日本の俳優の西島秀俊にそっくりと言われていますが、本当に似ています。

 そういうわけでこのイケメン俳優さんが悪の手先となり、るんるん任務を遂行していたところ、もう一方のダークサイドに目をつけられます

 。こいつ、使えそうだということで、市長だけでなく悪検事にもあごで使われ、二つのサイドを行き来しつつ、どちらにもつく気がなく、泥沼にはまっていきながら、カーチェイスしたり、どちらからも脅されたり、ついにブチ切れてしまうというお話です。

 しかし、このぶち切れるまでの映像が絶妙です。

 韓国映画というひと昔前のフィルターを通しているせいで、おおきな誤解があるのですが、すでにノワール映画というジャンルにおいて韓国はハリウッド並の演出とカメラワークを持っていると思います。

 冒頭の場末の路地のシーンから引き込まれます。こ汚い路地裏であるにもかかわらず、構図や色彩調整が完璧で、完全に「作られた汚さ」であって、逆に画面の中で調和しかかんじられず美しさしか感じません。

 私みたいな中世ファンタジーよりは近未来アジアンSFのようなブレードランナー的街並みに惹かれる人間にとっては、まさに本場場末のアジア路地裏ということで、萌えます。本当に生活感と同時にデザイン的な美しさが両立していて、よだれがでそうです。

 こんな冒頭で、「あれ、おかしいな。すごい映像きれい。話はチンピラの汚れ仕事のシーンなのに」と頭をかかえる事態になるのも当然で、これは映画評論家の町山智浩氏の情報なのですが、韓国は十年ほど前から映画に国策として予算をつけて一大事業化しているそうです。

 ハリウッドに国費でスタッフを留学させ、そのスタッフが今、韓国で世界市場で売れるクオリティの映画をばんばん作っているという。これには理由があり、韓国は人口が少なく、何事も市場を国内を超えてグローバル化しないと生き残っていけない。

 そこで、つくるのならハイクオリティ、グローバルスタンダード。ということで、こんなレベルのものができあがってしまったという。

 いや、本当にすごい。

 見ていてすんなりと受け入れられるし、それ以上に美しさを感じる。リドリー・スコット監督の完成された構図やダニー・ボイル監督の映画のスタイリッシュさも感じられているというか。

 映像表現それだけで、魅了してくれるそんな映像美も体感できる映画が韓国で作られていることに驚きというか、隔世の感があります。

 そういうわけで、ストーリーもジャンルもゲスいのですが、映像表現は美しく暴力的でヒットの連続です。

 そしてこのゲスい側のインパクトを最も体現しているのが、今回もう完全に主人公のイケメンを食っているパク・ソンべ市長役ファン・ジョンミン。この人……

 例の「コクソン」でもやんちゃな祈祷師をして、とんでもないダンスを披露してくれたのですが、今回の市長はもうひどいというかあきれるというか、すごいです!

 なにがすごいって、自作自演でキレたときにスーツに水をこぼして、そのあとパンツもはかずにシャツ一枚でぎりぎり股間が見えない仕様で、残しもののバイキングを食べるシーン。

 もう、パンツさえ履いていない状態で、切れたり、最後は部下にパンツをはかせてもらいながら、キレて怒鳴っているシーンとか、もうアジア映画にしかないでしょう、という演出。

 というかアジアにしかいないタイプの市長笑。

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(これが問題のシーンだ!!シャツの下ノーパンでっすww)

 

 圧倒されて、ぞっとするというか怖すぎて笑っちゃいます。

 たって、パンツ履いてないのに、えらそうなこと言ってどなってるからね。

 これだ、これが私が恐怖と思うシーンだ!!!

 と思わずうなってしまいましたよ。まったく。

 

 それから、同じく「コクソン」で振り回される主人公の警官役で、今回は主人公を脅すキム検事役にクァク・ドウォン。

 個人的にもう、この俳優さん大好きです。平たい顔に親近感。

 今回は自分でも言ってます「前半ヒューマニズム、後半人道主義撤回の暴力指示」で主人公を追い詰めていきますが、もういい味出しているとしか言いようのないキャラクターです。一瞬すごくやさしそうな顔しているのに、ゲスい。

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(キム検事 ちょっとタイプ笑 癒される~wwぽてっと輪郭)

 

 この検事が正義でなく、賄賂を受け取り、市長に対する反対勢力である議会側の人間に包囲されているあたりも物語の徹底したゲスさを底上げしています。検事もまた権力と利権に抱きこまれているがゆえに、主人公の地獄さが増していく。

 この映画のゲスさはこの徹底した市長と検事の二つの地獄が世界観の根っこにあり、主人公はそうした信念なんて持ちようのない凶悪な世界で、ひたすら二つの悪の手先となって蹴られ続けます。

 私ははじめ、この主人公を悪人パク・ソンべ市長に忠実なチンピラ犬の話かと思っていたのですが、もう一人の主人キム検事が登場したところから、主人公は犬でさえないのだと思いました。

 主人公はもともと犬にさえなっておらず、彼が誰かに対して心底忠実であったことはないのです。

 それは、冒頭の「俺は強いほうにつくだけ」というモノローグに端的に表れていて、まさに信念も倫理も持ち合わせおらず、その場しのぎという作法によって低いほうに低いほうに、そして泥沼にはまっていく犬に蹴られたボールそのものの姿に思えます。

 というのも、ボール自体は自立して動くことができず、犬に蹴られ、転がされることによって動きを得るところに主人公の一貫性のなさが見て取れるからです。

 しかし、自ら動かないボールもやがて犬にかまれ、傷つき、皮がはがれ、その皮膚の下から血が流れだします

 しかし、この主人公はただのボールではなかったのです。

 皮膚が食い敗れたところから牙がむき出しになって生えてきたのです。

 そして、ただのボールはやがて牙でできた球体になり、血を流しながら、自ら回転するようになります。

 そして最後、その牙を二つの犬の間で四方に放つ爆弾となる。

 

 この映画の主人公は犬でさえないのです。

 犬に弄ばれ、食いちぎられ、同時に相手の犬に向かって投げられる爆弾のようになっていくボールの話です。

 そして最後、爆弾となったボールは自らの意志で爆発しようとする。

 それはもう、ただの道具である爆弾でもボールでもなく、意志をもった人間そのものなのではないでしょうか。

 その人間像は美しくもなく、愚かでゲスい最低な人間像ですが、それでも愛おしい。遅すぎるかもしれないけれど、どうせやるなら皆殺し。

 この地獄を一掃してやるという暴力衝動は突き抜けた爽快感とともに美しさを感じさせ、物語は終焉を迎えます。

 

 というわけで、「アシュラ」

 まさに修羅の混在する筋の通ったバイオレンス映画なのです。