7月30日(日)人狼JIN-ROH(2000)押井守監督と神山健治監督をつなぐ、美しく悲しい物語1/2

 

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 押井守監督と神山健治監督をつなぐ、でもやっぱり押井さんカラーの美しく悲しい物語。

 

【ストーリー】

 第二次大戦より、十数年。占領国ドイツの統治下より独立し、国際社会の復帰を目指すために強行された経済政策は失業者を増大させ、暴動の凶悪化、さらに都市ゲリラであるセクトを生みだした。

 自治体警察のキャパシティを超えたゲリラ戦が多発する混迷の中、政府は国家警察への昇格をもくろむ自治警をけん制し、ゲリラの制圧のために、首都圏治安警察機構、通称首都警を発案した。

 なかでも首都警の中核部隊「特機隊」は特殊装甲服で武装し、犯罪者たちからは「ケルベロス」として恐れられていた。

 一方、戦後の犯罪者たちに変わって台頭しはじめた犯政府勢力セクト」と呼ばれる都市ゲリラとの戦闘は苛烈を極め、経済政策が上向き始めると繁栄と安定に舵をとりはじめた時代のなかで、セクトも特機隊もその孤立を深めていった。

 戦後、首都圏における治安の要とされた特機隊も、その役割を終え、時代は彼らに最終的な役割を与えようとしていた。

 特機隊員・伏一貴(ふせ かずき)は目の前で投擲爆弾を爆破させようとしている少女を撃つことができなかった。少女は自爆。伏は査問委員会にかけられ、再訓練を命じられる。

 自分は撃つつもりだった。だが、実際は撃てなかった。それが、なぜなのか、伏自身にもわからなかった。

 自問自答が続く、そんな中、伏は元特機隊の同期で、現在は公安部に配属された辺見と密会し、自爆した少女の身元を調査してもらう。少女は「赤ずきん」と呼ばれるゲリラの物資輸送グループ「ヤコブソン機関」の一員だった。伏は辺見の情報を元に、少女の墓参りにいくが、そこで少女の姉である阿川圭に出会う。

「お互いがああいう立場だったのだから仕方がない」

 そういって、伏を責めない圭は、彼に「赤ずきん」の絵本を渡した。妹の墓に入れるはずだったというその絵本を渡す圭の目はどこまでも哀しげな笑みをたたえていた。

 伏はいつのまにか圭と会うようになり、互いの孤独を埋め合う。しかし、圭は公安部辺見が放った罠であり、伏もまた特機隊内部で諜報活動を行う「人狼」のスパイだった。自治警と手を組んだ公安部は時代にそぐわない特機隊を壊滅させようとするが、特機隊はそれを上回る諜報活動によってすでに冷徹な先手を打っていた。

 敵対する二人はそれでも惹かれあうが、圭が伏に渡した「赤ずきん」のように、狼は最後、人を食らわずには生きていけないのだった。

 

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(冒頭の伏と少女の最後のシーン)

 

【レビュー】

 ああ、もう……。

 という、終わり方の映画です。

 制作が17年前。

 私が大学生の時にリアルタイムでみた映画です。この作品は映画監督押井守ケルベロスサーガ通称「犬もの」の三部作の一つで、唯一のアニメーション作品です。

 押井さんの映画作品については、私にとってはこの映画がスタートラインで、「攻殻機動隊」もこの時期がはじめてで、その後遡って「パトレイバー」「うる星やつら ビューティフルどりーま」などを鑑賞しました。

 その後も、押井作品はなんだかんだ見ているのですが、攻殻の「イノセンス」で「衝撃派」にやられてからは、私のなかで押井作品は「攻殻(95)」をラストとして、「うる星やつら ビューティフルドリーマー(84)」から「パトレイバー(89)」までだったのだなあ、と最近になって諦観しました。

 でもですね、押井さんのこの4作品は定期的に「どうしようもなく見たく」なってしまうのだから、不思議なものです。

 どうしようもなくヘビロテしてしまう作品というのは、いくつかあるものですが、私のなかではアニメーションでいうと、押井さんのこの4作品と神山監督の「攻殻機動隊SAC1 笑い男」がそれにあたります。

 今あげた作品は歴史が名作中の名作として証明済みなので、いまさら説明するまでもないのですが、その中にあって「人狼」は、リアルタイムで見たわりには、二度見しなかった作品です。

 まあ、なんていうかすごく悲しい話なんです。

 もうね、つらいし、痛いというね。

 

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(作中で動物がいっぱいでてきますが、それぞれがほんとうにかわゆいw)

 

 私が傭兵・特殊部隊ものが好きな理由は大義のために命を捨てる覚悟の男たちの物語を「かっこいい」と思っているからですが、一方でそのかっこよさは非情さと表裏一体であり、兵士に人間性を放棄させる要因にもなります。

 だからこそ、己を捨てて大義に一命を賭す兵士はすごい、となるわけですが、行き過ぎるとトラウマになっちゃうんですね。

 

 で、そのトラウマがこちら。人狼

 映像はどこをどう見ても美しいです。

 画面全体を彩るデフォルトのグレートーンの陰鬱な色調。

 等身大に近いリアルな人物画。

 ちょいレトロな昭和三十年代の都市の風景・風俗。

 路面電車それほど高くないビル。

 アドバルーン

 デパートの屋上遊園地

 その金網の向こうに見える、どこかのどかで寂しい空と街。

 螺旋階段。

 小さな公園。

 取り壊された家。

 その一つ一つがよく知っているはずの、それでも現実にはどこにもない世界。

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(すべての絵が構図も色彩も美しい)

 

 押井監督の映画が見たくなるのは、こうしたよく知っているはずのどこにもない世界、つまりインナーユニバースと私が言っている世界で、これがあまりにも美しくて見ていて気持ちがよくて、ひたりきっていたくなる。

 このインナーユニバース補充力のある映画はなかなかなくて、もっと簡単にいうとこのインナーなんちゃらは「世界観」ということになるのかもしれません。

 それでも、世界観がしっかりしているから好きになるのではなく、私が押井さんのところに舞い戻ってくる理由は彼の構築する世界の種類が好きだからなのかもしれません。

 押井守のつくる世界はたいがいがちょっと現実からずれた日本です。うる星しかり、パトレイバーしかり。攻殻にいたっては、まさにその真骨頂。

 今、ここに限りなく近い、日本に見える世界。

 私が居心地がいいと思うのは、中世のヨーロッパでも26世紀の銀河の果ての宇宙都市でもなく、やっぱり地続き感のある日本の風景。

 それが、やっぱり私の居心地の良さの根底にあって、下手をすると国内旅行に行くよりも、押井さんの映画を見ていたほうがいいかもと思うくらいの中毒の時期が定期的にやってくる。

 そういうわけで、押井さんの映画にはストーリーはさほど期待しなくなって久しいのですが、この人狼はひさしぶりに見ていたら、ストーリーががんがん迫ってきて重苦しい病に罹患しました

 

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