7月17日(月)映画レビュー:カル(2000)韓国 サイコサスペンス

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 ヒントも被害者同様ばらばらに切り刻まれて、憶測が最後まで確定にならないラブサスペンス殺人事件。

 こんなのありか? 犯人は少なくとも二人、もしかすると三人。

 そもそも首謀者はいったい誰だったのか。

 やっぱり、彼女か、それとも……

 

 

 手術台の上に寝かされた男はまだ生きていた。

 鎖骨が浅い呼吸とともにわずかに上下している。

 その眠った男の左腕のつけ根に鋭いメスがゆっくりと走る。

 真紅の線がメスのあとを追いかけるようににじみ、あふれ出す。

 切断された左腕は無造作にビニールシートの上に置かれる。

 手術台の上は血にまみれ、その大量の血液はバケツへと落ちていく。

 その凄惨な行為の行われた手術台のそばには、西洋画が一枚、かかっている。

 「カンビュセスの裁判」という名の15世紀のフランドルの絵画で、その絵にもまた、男が腹を切開された姿が描かれている。

 解体作業が終わると、その人物はばらばら死体の入ったごみ袋を車のトランクにつめる。

 白いセダンがゆっくりと発進し、夜の闇に消えていく。

 

 チョ刑事はこれまで警察のエリートコースを順調に歩んでいた。

 しかし彼は今、尋問される立場だった。

 彼はとある事件の有力な容疑者である医者から多額の金を受け取り、それを母親の生命維持装置のために使っていたのだ。

 しかし、チョ刑事はこの嫌疑にたいしてあくまでもしらを切りつづけた。

 警察はこの件に関し、明確な証拠をつかめないまま、チョ刑事の嫌疑をとき、現場にもどしたのだ。

 

 嫌疑がうやむやになり、チョ刑事は拘束を解かれると同時に、事件捜査に戻った。

 事件と言っても、事故か自殺かわからないものだった。

 一人の少年が古びた建物から転落して死亡したのだ。

 頭を強く打ったのか、彼が現場についたときは、少年の躰にはシートがかけられ、打ち付けられた体は血の海に沈んでいた。

 チョ刑事は少年の袖口についた金ボタンに目をとめた。

 なぜかぞれが気になった。

 いまにもとれそうになっている袖口のボタンに手をのばし、少し力をこめると、ボタンは少年の服から簡単に取れてしまった。

 少年はみたところ、十歳前後だ。

 こんな子供が自殺などするだろうか。

 そう思ったとき、少し離れた場所で少年と同じくらいの男の子の声が聞こえた。

 見ると、彼は警官に尋問されているようだ。混乱しているのか、「僕の兄貴はそんなことはしない」と、何度も繰り返している。

 そこに顔を合わせたくない同僚の刑事が来た。

 以前から自分を敵視している奴なので、何を言われても無視をするつもりだった。

 どうせ奴が言いたいのは汚職批判だろう。

 ああ、わかっている。

 医者から不法な金を受け取ることが善だとは言わないさ。

 だが、母親を救うためにはなんでもするのが息子だろう。

 言いたい奴には言わせておけ。

 同僚は、やれ現場に戻るのが早すぎるだの、目撃者をつくってやるかなどとくだらない言っている。

 そんなことを言うためにわざわざ俺に近づいたのか。

 チョ刑事はわざとらしく同僚から目をそらした。

 それでも怒りが少しずつこみあげてくるのを感じだ。

 だめだ、熱くなるな。

 同僚はこちらを舐めまわすように見ている。

 やめろ、俺をそんな目でみるな。

 そのとき、同僚が言った。

「パク社長があんたの金づるだったとはね」

 金づる? こいつはいま、金づると言ったのか。

 激昂した感情に支配されるのと拳が出るのは同時だった。

 右腕に焼けつくような痛み。それと同時に同僚が向こう側にふっとんだ。

 もう一発だ。クソやろうが。

 だが、その腕が強い力で制止される。

 周囲の同僚が彼の全身を拘束した。

 あのバカがまだなにかわめいている。

 わかっているさ。

 俺が悪い。

 そんなことはわかっている。

 わかっているが、あいつになにがわかる。

 

 そんなことがあってからしばらくた雨の日の夜。

 河川敷でばらばら死体が発見された。

 死後三日は経過しているその遺体には別の足がついていた。

 検死の結果、遺体は正確に医療器具によって六等分されていた。

 

 そして日をおかずに二体目、三体目の遺体が発見される。

 どれもビニール袋に入れられ、切り刻まれている。

 それでも三体目の遺体の歯の治療跡から一人の人間が浮かび上がる。

 その女性はチョ・スヨン

 これまで見つかった被害者三人すべてと接点があることが判明する。

 捜査をするうちにスヨンの親友であるスンミンが医師であり、有力な容疑者として浮上する。

 さらに現在もスヨンにつきまとっている男ギヨンが遺体切断の際に使用された麻酔と同じものを購入していることがわかる。

 捜査をするうちに、過去を語らず、過去を忘れようとしている女スヨンに心が惹かれていくチョ刑事。

 そんな中、ギヨンの死体が見つかり、その首が次の犠牲者を指すかのようにチョ刑事の元に届けられる。

 スヨンにつきまとう男にはかならず死がもたらされるのか。

 犯人はいったいだれなのか。

 そして、自らの過去を語ることを頑なに拒むスヨンの過去にいったい何があったというのか。

 

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(チョ刑事役 ハン・ソッキュ すごく親近感がわくお顔)

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 (スヨン役 シム・ウナ:薄幸美人)

 

 この映画、連続猟奇殺人事件+ラブロマンスでハッピーエンドになるかと思いきや、謎が謎のままで終わるというエンドになっています。

 しかも、何度見直してもヒントがあいまいすぎて、完全な確信犯的演出で、もやもやが残るラストになっています。

 この映画は何度見ても犯人が二人説か、三人説かになり、そのどちらも可能性として有効になるという仕掛けがほどこされています。

 映画としてこういう終わり方はいかがなものか、と思うのですが、逆にヒントを曖昧な形でのこしておくことで、犯人側の悪人度のパーセンテージが揺れ動きます。

 

 そもそも、この事件が解決しない大きな理由はチョ刑事の理性がスヨンへのラブロマンスで濁り切っていたからです。

 スヨンは過去に父親から虐待を受けた薄幸の美女であり、知りあうにつれて、チョ刑事の懐にぐいぐい入っていきます。

 たとえば、「私が信じられるのはチョ刑事しかいません」

 とか、過去のことを思い出して号泣したあとに、悪夢を見て、「となりで寝て」と言ったかどうかはわかりませんが、なんかチョ刑事の腕をつかんだまま寝ちゃうシーンもあります。

 彼女の積極的介入でみるみるうちに距離が縮まっていくのですが、こうしてなにげに相手の間合いに入っていくのって「女としての自信」がないとできないよな、と思うわけです。

 

 強気な美人。。

 

 まじでうらやましい。

 

 とはいっても、そんなラブロマンスフラグをたてた彼女もラストに至って、けして真っ白ではないということがわかっちゃうのです。

 ただし、映画じゅうにちりばめらえたヒントを確認しても、彼女がどこまで犯行に対して積極的であり、実行犯であったかは、不明のままです。

 

 たしかにラストでは、彼女の別荘で最後に不明だった遺体を継ぎ合わせたホルマリン漬けが見つかってしまうので、彼女がそれなりに犯人的位置にいることは明白です。

 しかし、そのことから彼女がはじめはチョ刑事に対する好意を少しずつ強くアピールしていった本心がどうであったのかもわからなくなるため、この映画は殺人事件の謎解きとしても、刑事と被害者(犯人)とのラブロマンスとしても、答えが放置されたままになってしまうのです。

 これ以上仲良くなっていたら、彼女は彼を殺していたかもしれないし、親友の医者スンヨンが死んだ以上、解体殺人はされないかもしれないのですが、ここはわかりません。

 まあ、そういうわけで、二人のラブロマを求めるがゆえに、なにか自分の見落としがあったのではないかと思い、リピーターになってしまうというからくりはあります。

 しかし、本来ヘビロテの動機は何度見ても満足があるからであり、

 この映画のように満足を求めて不満足を繰り返させる映画というのもなかなかないのではないかと思います。

 何度も見てしまう理由はもちろん、このストレスだけではなく、

 スヨン役のシム・ウナの透明感のある美しさもあるのですが、若きし頃の和久井映見とも遊佐未森ともいえる清楚美人のシム・ウナはこの映画の直後、結婚と同時に芸能界を引退してしまいます。

 彼女の輝くばかりの美しさをもっと見ていたかったと思うのは私だけではないはず。20年近く前の映画になりますが、あの頃のもやもやをもう一度感じたい方も、感じてみたい方にも、おすすめのラブロマンスサイコサスペンスです。

 

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(映画ラストのパリへ向かうスヨン役 シム・ウナ かわゆい美人

 人を殺した終えたからか、映画中もっともあかるい笑顔 笑)

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和久井映見氏 似ていませんか)

 

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遊佐未森氏 似ていませんか笑)