7月8日(土)感謝の心、子知らず(おべんとうに入っていた手紙)2/5

承前5/1

 

 一瞬にしてお腹がいっぱいになり、その日は弁当をしまって、ランニングすることにした。

 ランニングの間、母の言うことは最もだと思った。

 緑の芝生のしげる野球場を何週もしながら、それでも、なぜ私は感謝の心が持てないのだろうと、考えた。

 頭ではわかっている。

 わかっていても、心が感謝していない。

 感謝ってなんだ。

 ばからしい。

 だったら、弁当なんていらない。

 別に食事なんてなんとでもなる。

 お弁当なんて作れるけど、作っているけど人生が終わるから作ってないだけだ。

 ああ、違う。

 私が悪いんだ。

 やっぱり、家を出ようか。

 でも、出ても何も変わらない(以前、出たことがある)

 なんなんだろう。

 親への感謝は親が死なないとわからないのだろうか。

 いつまでもあると思うな親と金。

 だめだ。

 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。

 そんな、フレーズが頭に浮かんだ。

 親が死なないと、親に感謝できないなんて、バカじゃねえの。

 いやいや、おまえのことだろ。

 一体、三十年間何を学んできたのか?

 本なんていくら読んでもだめじゃないか。

 ああ、もうなんで生きてるんだろう。 

 こんなあほなら生きていても意味がない。

 疲れた。

 いやいや、考えすぎるな

 まあ、これは保留だな。

 馬鹿はバカなりに一歩一歩進むしかない。

 しかし、感謝とは。

 もしかすると、母親の言いがかりか?

 いや、私がわかってないのだ。

 しかし、どうやればわかるのか。

 結局、走る気も失せる。

 

 昼休みが終わり、午後の仕事がはじまった。

 食欲は容易に精神的ストレスに打倒されるだめ、午後はテンションが低く、

 糖分が不足したため、仕事ははかどらなかった。おまけに、眠くなった。

 三時半ごろ、私はいらいらしながら給湯所に行った。

 コップを洗い、サイダーでも飲もうかと思ったのだ。

 コップをやたら丁寧に洗っていると、シルバー人材員で事務所を清掃してくれる七十代のおばあちゃんたちが二人、給湯所に来た。

 

 二人とも小柄でエプロンにスニーカー姿。

 時給700円ぐらいで、一日中施設の掃除をしてくれている人たちだ。

「あ、すぐ終わりますから」

 私は顔なじみのおばちゃんたちに言った。

「いいのよ、いそがなくて。もう、私たち終わりだから」

 Iさんという片方のおばちゃんが言った。

Iさんは、枯れ木のような細い女性でいつも穏やかで、私がトイレに飾ってある花を褒めると、家からも花を摘んで、事務所にあちこち飾ってくれるようになり、私にも花束をくれたことがある。

「ああ、でももう終わりますから」

「いいのよ、私あなたと話すの好きなんだから。だって、この仕事をしないと一日中人と話すことなんてないから」

 Iさんが、微笑みながら言った。

 一人暮らしをしているのだろうか。そう思ったとき、隣にIさんの隣にたたずむMさんというこれまたおだやかでピンクのスニーカーを履いているおばちゃんが言った。

「そうねえ、もう十年くらいIさんは一人だからねえ」

「ご主人は?」

 私はいまさら、聞かれて困るような年でもないだろう、とタカをくくって思い切って尋ねた。

「十年前に主人が亡くなってから、一人暮らしなのよ。だから、こういうバイトでもしないと、ぼけちゃうと思って」

「え、じゃあ随分早くに亡くなったんですか」

 私は昨今、伸びに伸びた高齢者の年齢を思い驚いた。

「六十五歳だったかな。最後は痴呆がひどくてね、看病につきっきりだったの」

 

 痴呆。

 私は頭の中で、Iさんのご主人は、役所か教師か、固い仕事についていたのではないかと思った。失礼な話だが、退職後に痴呆症にかかるトップに役員と教師というのがある。その理由は現役からのルーティーン業務がまねく脳の退化だというが、あちこちからこの手の話をきくのであながち嘘ではないのだろう。

 気の毒なことだと思った。

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