7月8日(土)感謝の心、子知らず(おべんとうに入っていた手紙)1/5

 

 

 人は、というか、私は、他人の物語には「わかるわ~」となるくせに、

 自分の状況には無頓着であることが多い。

 だから、時にとても大事な人を傷つけてしまい、

 それでも、それを治せないことがある。

 

 親と子の話である。

 

「もう少し、お前が娘としてかわいければ」

 と、よく父に言われる。

「もう少し、あんたが父親らしかったらな」

 と、言うセリフを飲みこむ。

 

 今にはじまったことではなくて、この係争は親と子が大人になってまで近い距離にいると必然的に勃発する回避不可能な出来事だ。

 私は恵まれた家庭に育って、だからこそそのことをつい忘れてしまう。

 それは、二つ下の妹にも言えることで、すでに二児の母である妹も子育てのストレスが閾値を超えると、実家の母を召喚し、奴隷のように酷使し、

 当然のように甘えては、邪魔になると実家に強制送還すべくけんかをふっかける。

 それもこれも、どこに原因があるのか言えば、子が親に依存し、親が子を支配しよとするからだ。

 それでも、私は完全に親から自立などしなくてもいいと思っている。

 自立とはある意味、関わらないことであり、私は「うざい、死ね」と思いながらも、納豆が糸をひくようにねばねば不快なこともありつつ、

 近くで糸を引いていたい。

 だから、ときどき天地がひっくりかえるほどのけんかになる。

 一度など、父に殴られてあばらを骨折したことがあるし、

 若いときならまだしも、三十歳をこえて父が「私のおしりをきやすく触ったから」という理由で殴り合いになったなんて、落語にもならない。

 そうは言っても私と両親はねばつき親子なので、一年に一回は両親ともちろん私自身のために、三日間の旅行を計画する。

 日常でも、母も私のために、かいがいしくお弁当を毎日作ってくれるし、

 それが恥ずかしいとはわかっているけれど、

 お弁当をつくっていると人生が仕事と食で終わるので、

 それだけは避けたくて私は見て見ぬふりをしている。

 

 自分がなぜこんな人間になってしまったのか、ときどき首をかしげるか、

 考えても私は今の道を進んでいくしかないし、それ以外の道を考えると、

 心がしょげる。

 

 そういうわけで、ある日、職場で母手製のお弁当を開けると、

 そこには白いラップに包まれた紙切れが入っており、開けると「あなたは感謝の心が足りない」と冒頭にかかれた、A4レポート用紙が入っていた。

 そして、それはすきまなく文字に埋め尽くされていた。

 

 一瞬にして食べる気が失せた。

 同時に、弁当をつくる短い時間の中でよくもまあ、

 これだけの文章を書けたものだと思うと、

 日ごろより母が娘に対して抱いている情けなさが想像されて、さらに食欲が失せた。

 

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