6月13日(火)延命と緩やかな死 ~膝治療は延命技術~2/2

承前1/2

 

 とはいえ、祖母は80歳代の坂を越え、最近よく眠るようになった。

 本当に休みの日など見ていると、朝早く起きるのはいいものの、

 4時から8時まで畑仕事や洗濯、朝ご飯など一通りの仕事をこなしたあとは、

 昼まで、ずっとこたつや、布団で寝ているのだ。

 

 まるで活動した分の休息をかせぐように。

 

 実は、この起きては、起きて活動した時間だけ眠るというサイクルは

 私が体調不良で療養しているときに使っているスタイルだ。

 体調不良のときに、起きて活動していると、すぐに具合が悪くなり、

 活動した分、寝なくてはならない。

 

 祖母は、毎日のように35歳の私が局地的に体調不良に

 陥ったときの療養スタイルをとっている。

 

 つまり、体力の衰えというのは80代にとってそれほどのものなのだ。

 

 祖母はだから、「この年になって生きるのが大変だ」

 と、顔を合わせるたびにいう。

 毎日、毎時間、祖母と顔を合わせていると、これだから聞かせられるほうはたまったものではない。

 しかし、実際そうなのだろう。

 起きていると、すぐに疲れてしまう。

 活動すると、すぐに疲れてしまう。

 私もそれは経験からよくわかる。

 わかるけれど、それが半永久的に続く80代の躰というのは、

 想像を絶したものだろう。

 

 だから、祖母が80年以上も使役した身体を今も使い続けているということは、

 ほんとうに大変なことなのだと思う。

 そうなると、長く生きることは、果たしてどうなのだろう。

 もちろん、私にとってはありがたい。

 両親共働きで、私にとって祖母は母代わり。母が私にとって人生の教師だとすれば、祖母はまさに人生のめんどうをみてくれた母にふさわしい。

 

 そんな祖母がたとえよぼよぼになってもそばにいてくれるのは私の人生にとっては幸福なことだ。

 

 祖母は、実際老いた。

 80歳になったとき、まるで突然降ってってわいたかのように膝治療が必要になり、手術をした。

 手術をし、驚異的な根性でリハビリをするようになったおかげで元気に歩けるようになった。

 しかし、膝に人工金具をいれて義体化したところで、祖母の身体のほとんどは80年使用の耐用年数を切っているものであり、衰えは加速度的だった。

 

 祖母は毎日、よく眠る。

 長生きした猫が最後、そうだったようにまるで一日の半分を死んだように過ごす。

 それは、ある日突然訪れる死ではなく、ゆるやかな死であり、私は色々なことを考えざるを得ない。

 祖母がいなくなったあとのことを。

 そして、自分が老いることを。