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4月1日(土)精神力より生命力・ていうか健康

 

 私の好きな作家である坂口安吾が言っていたのだが、自殺する人間はやはり体が虚弱らしい。

 安吾が虚弱指名をしているのはあの暗さマックスで有名な文豪、太宰治芥川龍之介だ。

 太宰も芥川も私はあの頃の作家では唯一大好きで、なぜなら彼らがうじうじ自分のことを私小説風にかくことをせず、あくまでもエンタメ的な起承転結のある物語をたくさん書いていたからだ。

 とはいえ、私は太宰と芥川が作家としては好きだが、人間としては近寄りたくもなく、逆に二人の友人であった安吾のほうが人間として好きだった。

 この安吾は作家というより、エッセイスト・批評家として頭が切れすぎて馬鹿になれないところがあり、作家としては、やはりトチ狂っている太宰や芥川には及ばないのだが、その切れ味が私は人間として好きだった。

 いつか自分の子どもだできたら、安吾とつけてもいいくらい好きだ。

 

 さて、話をもとにもどすが、その安吾が「不良少年とキリスト」というエッセイの中で、「身体虚弱が自殺を引き起こす」というようなことを言っており、私は長い間、それが心の中にひっかかっていた。

 私は高校生の時に交通事故でむち打ちにあい、3年前にもまた事故り、後遺症に苦しんでいる。

 外傷がないだけに元気に見えるが、脊椎に軽い損傷を起こしているため、低気圧のたびに頭痛や吐き気やめまいがおこるが、これが直りようがなく、歳月と引き換えに身体の地道な回復を待つしかない。

 この脊椎損傷は最悪、身体付随も起こすのだが、その一歩手前で髄液が気圧の変化により寝込むほど具合が悪化し、頭痛、耳鳴り、身体の痛みを引き起こすこともある。この症状に悩まされていた私の職場の先輩が、つい先日50歳を前にして退職を決意した。

 いつも仕事場にきても、具合が悪く、机に突っ伏していることもあり、私もその三分の一くらいは同じ思いをしているので、本当にかわいそうだった。

 しかし、この先輩がよく「よほど倒れて、自殺してしまいたいと思うけれど、身体が最終的にはそこまで悪くないから、へんにがんばれちゃうんだよね」と言っていた。

 

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(↑ 庭のヒヤシンス ピンクの花弁がかわゆい。

  春に咲き出す庭の花はまさに生命力の象徴です)

 

 これは、その通りで私もとことん具合が悪いことがあり、そうすると死にたくなってウツウツとする。

 しかし、元はといえば、がんばりすぎて身体を壊していることもあり、どこかで生命力がありあまり、その回復を待っている状態のようで、最終的な自決というところには行かない。

 ただ、気持ちが最高に滅入っているのだが、身体が最後の部分で元気なのだ。

 

 何がいいたいかと言うと、私は自分の意志力を全く信じていないということだ。

 身体が元気なうちは、気力があり、気力は精神力ではなく、身体の健康そのものだ。 

 難病をして、意志力だけで生きている人もいるのかもしれないが、私は経験したことがないのでわからない。

 私が思うのは、健康第一ということであり、ウツウツとしても最終的に回復を目指そうとする元気な身体が生命力の源泉であり、意志力なんてものは身体の後付けなのではないかということだ。

 いずれにせよ、頑健な躰に生んでくれた親に感謝しなければならない。