3月25日(土)スピリチュアルの先には新興宗教・新興宗教の先にはビジネス(4)スピリチュアルもまた食いたらない、どうせなら教祖がいい

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 そういうわけで、勉強をするなら、本は原典ということで、いよいよ仏教書などを読むに至っている。

 どうせ頭の中ではかなりポップに意訳されてしまうのだが、それはそれ、自分の中にあらゆる開祖の救いのノウハウ、救いの体系をインストールできれば、誰かにだまされないで、心安らかになれるのではないかと思うのだ。

 実際、そんな知識を入れたところで、どうになるものでもないのだが、こればかりはやってみなければわからない。

 宗教をインストールするなんて、考えただけでもわくわくするのだ。

 

 しかし、あんがいお金儲けにつながるのではという気持ちもなくはない。

私は今でも、「占い師」になれば、と冗談とも本気ともつかないことをよく知り合いからも本業の占い師からはことごとく言われて、なかば本気になって転職しようかと思ったことがある。

 しかし、私は根が小心なので、ただの金儲けで人を操ったらかならず、天罰がくだるというどこから持ってきたのかわからない道徳律を固持している。

 もしやるなら、完全な人助けを目指して占い師をしなければと思っているのだ。そのためには、救いの体系をきっちりと勉強することもフローにはいっており、その一つが仏教だったりする。

 まじでここのところは、修行をして、その仏なり神なり、如来なりを味方につけられれば、後光がさすように、「私には菩薩がついてるから、なんでもいってね」とか平気でいえるような気がするのだ。

 しかし、である。

 占い師って、楽しくなさそうなのだ。

 だって、悩める人間の相談をひとり、いくらでやるわけで、どう考えてもうきうきしないのだ。

 そもそも人助けなのだから、うきうきしないのが当然だが、そこに果たしてやりがいがあるかどうか、どうも心が踊らない。

 よし、ここはすでにその道で成功している人を調べてみようと、思い立って読み始めたのが、スピリチュアル界の普賢菩薩こと、見た目はトトロ、心もトトロの江原啓之氏の著作だ。

 

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 そもそもスピリチュアルってなんだろう、ということなのだが要するに「自分が幸せになる方法・考え方」に宗教カラーをほどこしたものらしい。

 一般の宗教と違うところは、宗教が利他・人々の幸せを願うものであるのに対して、スピリチュアルはあくまで「個人の現世利益」にとどまるものであるらしい。

 江原氏がテレビや雑誌で取り上げられていたピークは2006年ぐらいだったと思うが、このころ江原氏は個人的な面談によるカウンセリング、つまり、個人の幸せ相談から、靖国問題日中関係という社会問題にまで発言の幅を飛躍させたらしい。(出展香山リカ スピリチュアルにハマる人、ハマらないひと)

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 私は個人的にはまったく覚えていないのだが、香山氏が指摘しているとおり、江原氏がそもそも目指しているところは、宗教体言者が目指すように人類平和・利他精神であり、発言が社会的になるのは当然とのことだ。

 だが、当時の日本は内向き思考であり、また江原氏のスピリチュアルワールドは社会問題への発言として取り上げられることなく、無視され続けたらしい。

 ここのいきさつは検証していないので、なんともいえないのだが、今から十年以上の前のころであるから、現在の江原氏の著作等を調べてみれば、そちらの方面の活動がうまくいったかいかないかは一目瞭然だ。

 調べてみると、結果、十年前と江原氏のスタンスは変わらず、社会問題に言及した著作は皆無だったのだ。

 これはやはり、香山氏が指摘したとおりにことが進んでいったように思える。

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