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3月22日(火)仕事場のできないちゃんをめぐる処遇(1)

 

 

 職場ではときどき「やる気がないんだよ、あいつは」「もっと真剣にやればできるはずなのに」というフレーズが聞かれる。

 これはケースにもよるが、仕事において結果が求められることは日常茶飯事なので、その結果の前で「できるのにやらなかった」は「できなかった」と同じだ。

 そういう仕事の現場において、とことん仕事ができないちゃんがいる。

 つまり、結果どころか、失敗が多く、むしろその失敗の後片付けもまたしくじるというような手合いである。

 

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(↑話題が暗いので、高知の海 話題と関係ありません

 まだ職場が優しかったり、大企業のように余力があるところでは、こうしたできないちゃんも、細々と生存することができる。

 しかし、御存じのようにできないちゃんのいる余地は年々厳しくなっている。

 コストカットによる現場の少数精鋭戦略により、一人一人の能力の高さが求められるようになってきている上に、

 AIテクノロジーにより、サポート的な仕事はますますマシンに代替されるようになってきたからだ。

 サポート的な仕事もできないようでは、もはや現場にいられなくなるのも当然なのだ。

 さて、できないちゃん、もしくはできない君はどの現場にもいるが、私のいるような役所で「できない」場合、その症状は破壊的であり、

言葉は悪いが、障害に近い場合がほとんどだ。

 事実、障害なのだと思われる。

 なぜなら、本人的には一生懸命やっているのだが、全く成果があがらず、あがらないだけではなく、トラブルの地雷をあちこちにばらまくため、周囲の仲間が被害にあい、そういう場面に幾度となく遭遇しても、本人は改善できないからだ。

 簡単に首を切りたいところだが、それは無理な上に、すみっこに追いやることもできず、もはや現場では組織全体でできないちゃんのために防衛戦略を張り巡らせるしかなくなり、多大なコストになる。

 実際、このできないちゃんが正社員や職員である場合は、この人に辞めてもらってバイトを三人雇いたいのが本音だ。

 いったい、どういう神経をしているのかと、考えたとき、周囲の被害者が考えることは、大人の障害というやつだ。

 

 → つづき 仕事場のできないちゃんをめぐる処遇