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3月8日(水)物語における事件ってなんだろう

 

 

 殺人事件、戦争、命の危機、抗争。とにかくヤバい事件がない物語は物語じゃない。それで小説が読みたくなるとミステリコーナーに行くのだが、最近は読みたい小説がさっぱり見つからない。

 海外ミステリのコーナーは最近、北欧ミステリが大流行だが、私はしらけた気分でそのコーナーを見つめている。というか私はミステリ全体が嫌いになったのか、とさえ思う。それとも単に北欧ミステリが苦手なのか。このジャンルは今までに20作品ぐらい手にとってみたけれど、どれひとつとして読了したことがない。

 最近は厚い上下巻が主流だが、とにかくあんなに長いの読めない。おもしろければ読めるけれど、無意味にだらだらしているとしか思えないし、本当に読んでいる人がいるのだろうか(いや、普通にいるから)たまに1冊に収まっている作品があっても、事件が地味すぎてページをめくる手が凍りつく。北欧ミステリ。もう完全にアウェーなのだ。

 で、最近は事件がおこらない人情本を読んでいる。ただし、人情本はだるいものがほとんどなので、私が今愛読しているのは、エロ本だ。エロ本というと、語弊があるが、花村萬月氏の「よろづ情ノ字 薬種控」というセックスに関係する媚薬、秘薬、道具を売る町人の話を読んでいる。小説宝石に連載されていたもので、これがもう地味すぎる展開なのだが、するめのようにかめばかむほど味わい深い。いわゆる市井の人情話はかったるくって、無理な私でも、毎度SEXしまくり、別にそれは仕事ですから、という情の欠片もない主人公が、かっこよすぎる。実は数年前に自分もエロ小説を書いて、小説宝石に出したことがあるのだが、あえなく選外となったあと、この花村氏の小説を読んで、すごすぎる! となった。もう自分がやりたいベクトルであったし、自分が落ちたわけがわかったというか。ここまでやらないとだめだというか。

 そういうわけで、最近は自分にとっての小説のおもしろさは事件のえげつなさではなく、人間の行動や思考そのものなのではないかと思うようになった。もともと命に関わる危機的事件がおこれば、おのずとその人間の行動・思考はあらわになるはずなのだが、最近の私が手にとるミステリ小説はどうも事件がおこっているようで、おこってないものばかりなのだ。とどのつまり、おもしろい小説自体が、なかなか存在しないということなのかもしれない。