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3月5日(日)歌舞伎町+英語+複雑さ

 

 

 仕事で久しぶりに英語を使い、英語でしゃべるテンションと思い出した。

 地元のマイルドヤンキーにおすすめされた「闇金ウシジマくん」のドラマを見て、歌舞伎町時代のテンションを思い出した。

 英語と、歌舞伎町。

 学生時代にバイトをしていた町だ。

 今でこそ聞かなくなったテーマパークレストランという外食産業のジャンルが十年以上前に流行した。東京に店舗を何個も持つというその店で、私は夜勤のバイトをすることになった。店舗の幹部は常に黒いスーツに黒シャツ姿。オールバックの長髪を撫でつけている痩せ形の中年は常務だと名乗り、私を面接してくれた。渋谷の道玄坂と歌舞伎町をどちらか選んでいいと言われて、当時の私はなぜ歌舞伎町を選んだのか思い出せない。渋谷の道玄坂を選らんでいれば、今頃ももう少しあか抜けた人生をおくっていたかもしれないのに。

 毎夜、学校が終わったあとに歌舞伎町一番街をぬけて、当時コマ劇が目の前にあったビルの4階に通い詰めた。バレーボールができるようなでかい箱で、従業員の半分がアジア系の男逹だった。上海、スリランカ、厨房だけで5、6人はいただろうか。みな気のいい連中で、年が近かったこともある。会話は英語と日本語まじり。店があける朝5時になると、荷物をまとめ、朝帰りのラーメンをよく食べに行った。歌舞伎町はすぐに店が入れ変わる。行きつけになるまえにラーメン屋が次々につぶれていった。一度だけ、1200円もするコーヒー屋に入ったことがある。そこは数ヶ月前にやくざの抗争がったとかないとかで、びくびくしながら一杯を飲み終えた。

 使い慣れない言語がそうさせるのか。英語の軽やかで、リズム感のある語感がそうさせるのか、英語を使って彼らとしゃべっているときは、解放された気分だった。

 たとえそれが、深夜の安時給で、暗く汚い店の中であっても。

店を辞めたあと、彼らのうち一番の中のよかった男友達から電話があった。私は深読みをしてしまったけれど、ビザがなくて困っていてなんとかしてほしいということだった。上海人の友人に相談すると、要するに偽装結婚してほしいということだろ、と言われた。私は電話をとらなくなった。

 I can't help.だよ、とかなんとか言ったのだろう。それきり、彼とは連絡をしていない。もしかすると、ただお別れを言いたかっただけなのかもしれないが、私には繊細な話題を英語化する力はなかった。言語は使わないとさびる。日本語でもだれかに好きと言わなくなると、だんだん言いにくくなっていく気がする。英語を使わざるをえない状況になるたび、英語は楽しいと単純に思ってしまう。それは、私がいつも上っ面の会話をしているからで、どんな言語もディープな話題をコミュニケートする言葉は存在する。ただ、私はそこに未だに足を踏み入れておらず、日本語でもまだまだ門前なのである。