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巻き添え(5/8-2 犯人捜し2)

★ブログ数8記事で終わらせる予定のホラーです

 バーのマスターが主人公で店で怪奇現象が起きるので、それを解決するみたいな話です。

 0:オープニング

 1:出現

 2:翌日 美砂 

 3:出現 助けを求めて

   4:アカトラの来訪

 5-1:犯人捜し (5-1、5-2)

 

5ー3

 

その夜、九条と入れ違いに美砂が店にきた。

このなんちゃってカップルは隣同士でマンションに住んでいるくせに、なぜかうちの店にはばらばらに来る。

どうせ同じ夜に来るのなら待ち合わせればいいのにおかしな奴らだ、とは紫崎は口に出さずに美砂を迎えた。

「今日はなににする?」

紫崎の問いに美砂は頬杖をついて、考え込むような仕草をした。どこか浮かない顔だ。

「甘くて、あったかくて、ほっとするものかな」

美砂は手袋とマフラーをとりながら言った。

「そういうときはホットミルクでしょ」

紫崎が冗談まじりにカウンターにカルーアリキュールのボトルを置くと美砂は無言のままうなずいた。

「ホットにしてね、マスター」

そういう声の調子にとげがある。

また、九条と何かあったのか。

紫崎がどこから切り込もうとか迷っていると、美砂のほうから話はじめた。

「マスター、私の機嫌が悪いのは九条のことじゃないからね」

「え、そうなの?」

意外な告白に紫崎がきょとんとしていると、美砂はため息をついた。

「いつもあのオバカのことなんて考えてられないから」

「じゃあどうしたの? 仕事で何かイヤなことあった?」

 紫崎の問いに、美砂は人差し指をたてた。

「ビンゴ! これ見てよ」

美砂はバッグから一枚の紙切れを取り出した。みると雑誌の切れ端のようで、両面に色鮮やかなフォントと写真が散らばっている。女性ファション誌のようだ。

「今日ね、職場の後輩がこれを持ってきてね、私のこと完璧な上位ランクイン者だっていうの」

 美砂に差し出された記事に目を落とすと、そこにはおひとり様ランキングとある。

 紫崎は、ああこれか、と思った。

 さっと目を通すと、カフェ、カラオケ、ボーリング、遊園地、高級フレンチと以前に九条に見せられた動画の内容とほぼ同じだ。

「で、これにランクインしたって? 美砂ちゃんが?」

 美砂はうなずいた。

「私今年、三十四歳だし、いまさらおひとり様とか言われたってどうってことないと思ってたけど、なんかすごい腹が立ってね」

 紫崎は心の中でやっぱり、九条と何かあったな、と思った。

 美砂の性格からして、彼女は好きでもない相手を無理に好きになって結婚しようというタイプではない。独立自尊。自分らしく生きて行くことに迷いはしつつも、結局そうして生きていくタイプだ。

 それが、いまさら他人や世間が言うカテゴリーにネタ的に組み込まれたからと言って、なんだというのだ。笑い飛ばすか無視すればいいだけなのに、それほどいらついているということは、つまり心の余裕がなくなっているのだろう。

「美砂ちゃん、おひとり様なんて言えば、俺こそ正真正銘だよ。仕事だってこの店を回しているのは俺なんだし、結婚もしてないし、そう、まさにパーフェクトなおひとり様だよ。だけど、十分幸せだけどな。ま、ちょっといま問題を抱えているけど」

 美砂の背後の壁を見る。そう、あの壁から這いだす貞子をのぞいては。

「マスター、ごめん全然嬉しくない」

 まあ、そうだろう。

紫崎はそれには無言のまま、カルーアミルク・ホットを美砂の前に置く。

「とりあえず飲みなよ。ごちそうするから」

 小声で耳打ちする。

 美砂の顔がぱっと輝く。

「マスター、ありがとう。嬉しい」

 美砂は一口、二口カルーアミルクを飲むと、少し落ち着いたのかゆっくりとしゃべりはじめた。

「私ね、今幸せじゃないわけじゃないの。自由になるお金と時間はあるし、将来は独立するっていう夢もある。情熱と若さと時間とお金、これが今の自分には少しずつあって、あとはがんばるだけだって、そう思って毎日生きてる」

 美砂はそういうと、冷えた指先を暖めるように耐熱グラスを両手で包んだ。

「でも、最近思うの。自分の生き方は間違ってるんじゃないかって」

「どういうこと?」

「うまく言えない。だけど、信念っていうのかな。それが間違いだった気がしてきてね、なんかつらいの」

 美砂は頬杖をついた。

「私、自分らしくまっすぐ生きていけば、必要なものは全部運命がそろえてくれるって思ってた。今のエステとかカウンセラーの仕事もそうだし、無理してイヤなことをやるよりは、好きなことをずっと選択してきたの。恋愛もそう。恋愛なんて我慢して退屈な人とつきあうなんてまっぴらだし、だったら一人のほうが楽しいって思ってね」

「うん」

「でも、寂しくないわけじゃないの。退屈なら孤独のほうがまだましっていうだけ」

「それは、わかるよ」

 美砂が弱々しく微笑んだ。

「よかった、マスターならわかってくれると思った」

だが、すぐにその笑顔が曇る。

「でも、気がついたら未だに一人だし、このままずっと一人なのかと思うと夜も眠れないっていうのは嘘だけど、ちょっとは不安になる」

「眠れるんだ」

 紫崎の問いに美砂はこちらをにらむ。

「眠れるよ。だって、寂しいっていって不安になっても、なにも解決しないし、だったら寝て明日からがんばったほうがまだ見込みがあると思わない?」

「うん、まあ。そりゃそうだけど、人ってどうしようもないことで悩んじゃうでしょ」

「マスター、私これでも悩める若き乙女のカウンセラーが仕事なの。たいていのことは自分で解決できないと困るの」

「なるほどね、ノウハウがあると」

「そういうこと。たとえば深呼吸するとか、問題点を洗い出しするとか、まあ色々」

「なんとなくわかる」

「でも、根本的にどう生きるかって考えたとき、それを修正するのってすごく大変なことなのよ。たとえば、私のまっすぐ生きるっていう方法。妥協せずに生きていくのって、間違ってるんじゃないかってそう思うことがあって、でもじゃあ妥協してどうやって生きていくのって、思う」

紫崎は九条と美砂のからみを想像しつつ、慎重に答えた。

「別にそのままでいいんじゃないの?」

「こんなに不安なのに?」

 紫崎はグラスを拭く手を止め、たばこに火をつけた。

「なにがほしいわけ? 美砂ちゃんはなにがいま、ほしいの? それで、なにが手に入ってないの?」

「それは」

 美砂が口ごもる。

 紫崎はたばこを二口吸うと、グラス磨きに戻った。

「ほしいものって理屈じゃないよ。だからほしいときは迷わず走っていって、玉砕するのが俺のパターンだな。まあ、相手のことなんてどうでもいいっていうか、ほしくなると行っちゃうっていうか」

「マスター、それそうとう若い時のことでしょ」

「ばれたか」

「私だって二十代の時はそうだったよ。でも、失敗するとさ、たぶん傷つきたくないって思っちゃうんだろね。どうせなら、去るものは追わずっていうスタンスを先にとっちゃうっていうか」

「いや、でもそこじゃない?」

 紫崎が言うと、美砂が顔をあげた。

「ほんとうにほしくなったら、やっぱり頭よりも先に体が動いちゃうんじゃない。ほんとうはそのほうがいいんだよ。だけど、年くうと、頭で体を縛っちゃうんじゃないかな。その頭のほどき方っていうのはないの?」

 紫崎の問いに美砂はしばらく考え込むように顎を手に当てていたが、ぱっと顔をあげた。

「ある。一個だけ」

「なによ、それ? それ試せばいいじゃん」

 美砂は天井を見上げてから、ため息をついた。

「けっこう荒療治」

「だからなによそれ」

「私の信念を砕くようなことを起こして、精神をめちゃくちゃにカオスにして、そこから救ってもらう」

 紫崎はぽかんとした。

「なんか、ちょっと破壊的じゃない。想像つかないけど」

 美砂はため息をつくと、カウンターにひろげたままの雑誌の切り抜きをぐちゃぐちゃに丸めた。

「マスター、私生きるの辞めたいわ。こんな生き方もう辞めたいのに、辞める方法が見つからない」

「辞めることないって。ただタイミングが悪いだけだよ。美砂ちゃんのこと最高って言う男はいっぱいいるって」

「そんな答えほしくない」

美砂は頭を抱えて、大きなため息をついている。

「くそ、九条のやつ、ほんとめんどうなことをしてくれたよな」

 ぼそっと紫崎がつぶやいたのを美砂が聞いていて、するどい声で制止した。

「マスター、あいつの話はしないで!」

 紫崎はびくっと肩をふるわせながら、美砂の丸めたおひとり様の記事をゴミ箱にそっと捨てた。

 紫崎はどうしたものかと、眉間にしわをよせた。

九条、美砂ちゃんはたぶん、どうやってもお前に告白とかできないっぽいぞ。

 

5ー4

 

「お前さ、離婚調停中の子供みたいな話してるな」

 カウンターの向こう側で、ロウが小馬鹿にするような口調で言った。

「どういう意味だよ。九条と美砂ちゃんは結婚どころかつきあってさえいないんだぜ」

 紫崎が二杯目のロックを差し出すと、ロウはたばこを深く吸い込み、うまそうに天井に吐いた。

「たとえだ、たとえ。うまく行かないパパとママの間をまるで伝言役のように往復して、かつ互いの怒りを招きそうな情報は伏せて報告をする子供だ」

「お前、見てきたようなこと言うな。そういうお前んちは大丈夫なのかよ」

 紫崎は疑わしそうにロウを見返した。

 仕事帰りではなく、今日はチェックのネルシャツにジーパン姿。カジュアルなんだが、完璧にぎらついて見えるのはこいつの人間性のなせる技だろう。

「うちは安泰だよ。だいたいな、俺が飲み歩いているのは完全に健全な息抜きだ。これがあるから、仕事もできるし、家庭も顧みられる」

「あーわかった、わかった。おまえの自慢話はいい。それより、そんなことを言いにきたのか」

 紫崎は手を降りながら、ロウの話を遮った。

 ロウは半分以上残ったたばこを灰皿に押しつけ、身を乗り出し声をひそめた。

だが声をひそめずとも、客はロウしかいない。

 時計の針は二十三時を回ったところで、こんな時間に客が引けるは珍しかった。現認はロウを見た客たちがどん引きして、早々と退散していったからだ。やくざが紫崎の店にみかじめ料を徴収しに来たとでも思ったのかもしれない。

「例のアカトラ、どうたった?」

 ロウは相変わらずこちらを小馬鹿にしたような顔をして尋ねてきた。

「どうもこうもねーよ。最初、あいつだって気がつかなくて、客だと思って酒までだしちまったよ」

「酒は飲まないはずだが」

 紫崎は肩をすくめた。

「飲んだのはほうじ茶だよ」

 ロウは爆笑した。

「あいつ、昔っから見た目と行動がまじで一致しないんだよな」

「一致しないせいで、色々大変だったぜ。見た目はすごいイケメンだし、どこかの俳優かホストがきたのかと思ったら、すぐにオネエ言葉まるだしだし」

「で、あいつなんて言ってた?」

 紫崎はあの日のアカトラの見立てから紫崎が女の生き霊がねらっている男を客の中から探していることを説明した。

「あー、そっか。結構面倒なことになったな」

 ロウは首の後ろをかいた。本当に面倒そうな顔をしている。

「まあ確かに。だけど、やることがわかって俺は少しほっとしてる」

「ん、そうか、だといいんだけど。生き霊ビンゴだったか」

「おいおい生き霊ってそんなに大変なのか。なにが大変なんだ?」

 紫崎の問いに、ロウは首を回しながら肩をコキコキならした。

 こいつは昔から肩こりだった。なんでも、霊感と肩こりは連動するらしい。

「生き霊はな、俺は経験ないんだけど、十年くらい前だったかな、一時期アカトラと連絡がとれなくなることがあってな。店がここから近くだから、顔を見にいったら、店も休業中でさ。二ヶ月ぐらいしたら、突然あいつから電話があって、生き霊にとりつかれて外すのに大変だったって言いやがって」

「もしかして、既婚者の男と不倫してたってやつか」

「よく知ってるねえ。初対面で、トラのやつそこまで話したのか」

「いや、さらっと言ってただけだ」

 ロウは顎に手を当てて考え込むようにして言った。

「トラはさ、昔から霊感が強くて、それはあいつの婆ちゃんの家系の血筋らしいんだな。雁谷って言ったかな。婆ちゃんの弟が本家をついでいるらしいんだが、そういう拝み屋っていうか、そっちの世界の案件を解決する家業をしているんだとさ」

「よくわからないんだが、つまり陰陽師みたいな感じか?」

陰陽師ねえ、またマニアックな単語がでてきたよ」

 ロウは頭をかくと、少し考え込むようにして言った。

「詳しくはわからんが、なんだろうな、たぶんそんなもんだろ。本家のほうは血筋的に霊感を持った人間が生まれると、霊に対する防衛方法と攻撃方法も習うらしい。トラも子供の頃はスカウトされたらしい。でも、本人がいやがってな。婆ちゃんに一通り仕込まれて、それで無事に今日まで生きのびられたらしいぜ」

「全然想像がつかないんだが」

「まあ、そうだろうな」

 ロウは水割りを一口含み、ゆっくりと味わってから飲み干した。

「霊感って一口にいうけど、色々あるんだよ。未来のことや過去の出来事がわかる透視能力、その場の怨念や残留思念が見えてしまう超感覚的な視覚とか、思念を憑依させて自動筆記とか口頭試問ができる憑依体質とか、俺の場合はただ単にやばいものが見えるっていうだけで、もちろんやつらと会話はできない。だからそういう場所には近づかないようにしてるわけだが、霊感がある奴は、やつらにとってもわかるんだな。だから、常にねらわれているようなもんなんだよ」

「具体的に、どういうことになるんだ」

「平たくいうと、怖くて危ない目にあう。それも頻繁に。ないものが見えちゃうっていうレベルから、階段や赤信号で誰もいないのに背を押されるとかな」

「それ、死活問題だろう」

 ロウはうなずいた。

「だからそういう力と持って生まれてきた奴は、その力とうまく生きていく方法を学ばなくちゃならない。まあ、誰でもそういう自分はどうにもならない性分を抱えているわけだが、霊感のある奴にとっては、それが人より面倒なだけだ」

「いやがらせみたいな能力だな」

「まあ、そう思うだろうな」

 ロウは言った。

「だけど、ちょっと宗教がかった言い方になるけど、やっぱりな、そういう能力を持って生まれたってことにはちゃんと理由があるんだな」

「どんな理由だよ」

「人様の役に立つっていうことだよ」

 ロウはつぶやくようにして言った。

「まさかおまえの口からそんな言葉がでるとは」

 紫崎は、わざとぼけようと口をはさんだ。どうも、話しが重くなってきたので、ここらへんでぼけないととてもやっていけない気がしたのだ。

「俺たちはねらわれやすいんだ。だから身をまもる術を学ばなくちゃならなかったし、逃げ方、避け方は必須だ。でも、あまりに強い能力を持っていると、あいつらを引き寄せる力も数倍になる。そうすると、いつかはやりあわなくちゃならない時がくる。つまり、身を守る力はあいつらを祓う能力でもあるんだな」

「で、店を閉めていた2ヶ月の間、アカトラはなにをしてたんだ」

「ばあちゃんのところに行ってたんだ。そこで、奴についた不倫相手の奥さんのしつこい生き霊を除霊していた。ばあちゃんは弟子を十人呼んで、ほぼ三日がかりで外したらしい。トラはそれで仕事に復帰できるまで元気になれたけど、それからしばらくしてそれが原因かわからないが、ばあちゃんが亡くなってな。それからだよ、あいつが変わったのは」

「どう変わったんだよ」

「おまえが見たような奴になったんだよ。そっちの世界のことで困っている奴がいたら、それに対する助力を惜しまない。それが、たとえ赤の他人だろうと、初対面でも」

 紫崎はロウの話を聞いて、アカトラのことがなんとなくわかったような気がした。もちろん、なんとなくの範囲なのだが、それでも電話一本で意味不明な二流の怪談話を本気になって聞いてくれ、現場である店にまで足を運んでくれたのは、完全なボランティアでしかない。こんなことを大の大人がやってくれたことを思うと、感謝の気持ちはあるが、奇特な人間だと思わざるを得ない。

「ロウ、おまえとアカトラの出会いはどんな感じだったんだ?」

 紫崎が聞くと、ロウは目頭を揉んであくびをした。

「おまえと同じだよ。生き霊。出会い頭に、言われたんだ。奥さんに気づかれているわよって」

 紫崎はため息をついた。

「それ、別にだれでもわかることだろ」

「だよな」

 ロウは残りの水割りを一気に流し込んだ。

「でも、あいつの生き方がヘビーなことに変わりはない。あいつの稼業は、客の一人一人と真摯すぎるぐらい深く関係しなくちゃならないからな。おまえみたいに酒だけ出してりゃいいってわけにはいかない」

「俺が不器用なカップルの伝令役もやってるって言ったのはおまえだぞ、ロウ」

「そうでした、そうでした」

 言いながら、眠そうにあくびをする。

「で、なにかつかめたのか?」

「ぜんぜん」

 紫崎は壁を見つめながら、ぽつりと答えた。

「また、あいつに助けを呼ばないとだめかねえ」 

 ロウがぼやくように言ったので、紫崎はそれを遮った。

「いや、本当に必要になるまでもう少しねばってみる」

 

 巻き添え(6/8:対決 )