巻き添え(4/8 アカトラの来訪)

 

★ブログ数8記事で終わらせる予定のホラーです

 バーのマスターが主人公で店で怪奇現象が起きるので、それを解決するみたいな話です。

 0:オープニング

 1:出現

 2:翌日 美砂 

 3:出現 助けを求めて

 

 

 

 磨かれた鏡に中年の男が映し出される。

 寝不足のせいか眼球がいくらか充血している。まだ隈はできていないが、こんな状態がつづけば早晩見苦しい顔になるだろう。

 紫崎は首もとに手をやり、ため息をついた。

 腕時計は二十一時半を回ったところ。

 ロウに紹介された霊感男「アカトラ」との約束まで三十分だった。

今夜は店も二十二時閉店だ。閉店後は玄関は閉めてしまうので、裏口から入ってもらうことになっている。

 

 霊感男で、アカトラなんていう猫のカテゴリみたいなあだ名の男がいったいどういう奴なのか、まったく想像がつかなかったが、紫崎にとっては、最後の頼みの綱だった。

 ロウと別れたあと、まだ夕方にならないうちに紫崎は、全く気乗りがしない状態で教えられた番号に電話をかけた。

 ワンコールの後、相手はすぐにでた。

「ルナ・マリアです」

 電話口の声が言った。事務的で中性的な声。

 紫崎は、「あ、あの」

  と、言ったきり声に詰まった。

 ルナ・マリア? どこの新興宗教だ。

 くそ、ロウのやつ、いい加減な番号を教えやがって。それとも、俺が押し間違った番号か?

 とりあえず、謝ろうとしたとき、電話口の声が言った。

「もしかして、ロウがさっき言っていた人?」

 いぶかしげな声だが、住んだきれい声だった。よく聞くと間違いなく男の声だった。

 紫崎はロウの名がでたことでほっとした。名前と状況を簡単に説明すると、意外なほど簡単に話は進み、今夜九時にアカトラが店に来ることになった。

 意外なことは他にもあり、それは、アカトラの口調だった。

 なんとなく、女っぽいな、と思っていたのは大間違いで、まさに相手はオネエだった。 

 それまで妙な言葉尻に引っかかったが、初対面でまさか「オネエですか」とも聞けないので、紫崎はしかたなく「さっき、電話にでたときのマリアっていうのは?」

 と遠回しに尋ねることにした。

 紫崎としては、源氏名が何かだと思ったのだ。

 すると電話の向こうでアカトラが小さく笑った。

「別に私の別名じゃないのよ。あれは、私がやってるお店の名前。リラクゼーションとエステ業なのよ、うち。ルナ・マリアはイタリア語で月の海っていう意味。まさか、この顔でマリアなんて名乗れないわよ」

 アカトラが言うこの顔というのが、どんな顔なのか紫崎には判別しかねたが、ある程度の良識がある男なんだということはわかった。わからないのは、アカトラがどの程度男かということだった。まさか、性転換済みとかだったら、それこそなんてきけばいい? 玉処理済みですか? と、この電話で聞けるわけがなお。

 紫崎がうんとも、すんともうなづけないでいると、アカトラはそれを察したのか申し訳なさそうに言った。

「紫崎さん、ごめんなさいね。もらった電話でぺらぺらと、私男なのに、つい女性みたいにいらないことしゃべっちゃうのよ。でも、安心して。下のほうはついてるのよ」

「ああ、そうなんだ」

 言ってしまってから後悔する。電話の向こうでアカトラがまたもやおかしそうに笑った。侮辱されるのは慣れているらしい。

「これが聞きたかったんでしょ」

「いや、その、まあ」

 紫崎は口ごもった。どうも、顔も性別もあやふやな人間は相手にしずらい。頼みごとをするのはこっちなのだが、この場合客として相手に注文をつけていいのかどうかもわからない。だいたい、困りごとを解決しに行く場合の客の立場は弱いと相場が決まっている。病院しかり、占い相談しかりだ。紫崎はどっちもきらいで、足を運ばない。

「安心して。私の場合はお客さんに女性が多いから、つい言葉遣いがうつちゃっただけなのよ」

 紫崎は、うそだろ、という言葉を飲み込んだ。

 美容業界で働く男性がよく使ういいわけだが、みんながみんなオネエ言葉になるとは限らないのだから、この場合、もとからそっちのけがあると考えるほうが妥当だ。

 紫崎が返事に困っていると、アカトラが突然思い出したように言った。

「ごめんなさいね、いまお客様を施術中なの。ここを閉めるのが9時だから、10時には伺うわ。それじゃ、その時間に」

 電話はそう言って切れた。

 客を施術中。どんな施術だ。

 紫崎はおかしな妄想が走り出す前に、深呼吸をした。

 アカトラに関して、電話口からは全く外見は想像ができなかった。

 オネエ言葉、美容業界、ルナ・マリア、霊感、アカトラ。

 だめだ、まったくわからん。

 だが、それらは紫崎にとってはどうでもよかった。

 壁から這いだす髪の長い女。

 あれを除霊できる奴だったら、どんなキワモノでも我慢するしかない。

 紫崎は両手で顔をたたくと、気合いを入れた。

 洗面所をでると、入り口のドアのベルの音が聞こえた。客が来たらしい。

 しまった、閉店の看板を出してこなければ。あと三十分でアカトラが来るのだ。

「いらっしゃいませ」

 カウンターに出て行くと、入ってきた客と目があった。

 信じられないくらい美形の男だった。

 年の頃は、三十代から四十代。

 ほどよく日焼けした肌に栗色の髪。少しながめの前髪をサイドに流し、切れ長の目と鼻筋の通った顔立ちはモデルのようだ。コートの下は白のタートルネック。あきらかに体を鍛えているとわかる筋肉質な上半身。

 気質の人間には見えないが、水商売にも見えない。 

 因果なもので、水商売の人間にはどことなく人間に陰ができる。夜に生き、太陽をあまり浴びないせいかもしれないが、どこか明るさがなくなるのだ。それが、この美形すぎる男にはなかった。

 いったい、どんな商売をしていることやら。

 ふいに男娼という言葉が頭に浮かび、紫崎は映画の見過ぎだと自分をたしなめた。

 男は人に妄想されることになれているのか、紫崎がしばし自分を見つめていることなど意に介さず、カウンターに座った。

「すみません、今夜はあと三十分でお店を閉めてしまうんです」

 紫崎が申し訳なさそうに言うと、男は唇の端をほんの少しあげてうなずいた。

「かまいません。その頃には帰りますから」

 紫崎はほっとした。

「お飲物は何にします?」

 訪ねながら、入り口にでて看板を出す。

 紫崎が戻ってくると、男は微笑したまま言った。

「今夜は飲み疲れているんです。なにか軽めの飲み物をお願いしようかな」

 紫崎は男が嘘をついていると直感した。

 みたところ、男は今夜は一滴も酒を飲んでいない。これから用事があり、それまで酒は飲まないつもりなのだろう。おおかた時間つぶしに入ってきたのだろう。それは、いいか。軽めの飲み物とは。

 紫崎が考えはじめようとしたそのとき、男が言った。

ウイスキーで飲みやすいものがあったら水割りで」

 紫崎は苦笑した。

 言われたとおり、後ろの棚からボトルをとるが、背を向けたまま男に言った。

ウイスキーってのはふつうの人には全然軽くないですけど、中には軽いっていう人もいるんで、これでいいですかね」

 手早くグラスに琥珀色の液体を注ぎ、マドラーでひとかき。

 芳醇な香りがカウンターにたちこめた。

 男の前に差し出す。

 男はグラスには手をふれず、紫崎を見て言った。

「マスター、後ろのお客様がチェックだって言ってるわ」

 見ると、テーブル席の二時間はだべっている三十代のカップルが紫崎にむかって手を振っている。一ヶ月に一度くらいの頻度でくる客だが、男のほうはいつも違う女性をつれてくる。今夜も女にしこたま飲ませたようだが、どうやら女のほうが強かったようだ。二人ともかなり酔っており、だらしなく、互いにもたれ掛かっている。まったくなっちゃいない。バーボン三倍くらいでへろへろになりやがって。とは、口に出さずに

「お会計ね、今持って行くから」

 と、お冷やを二人分つくりながら返事をする。

 そこにカップルの男から声がかかる。

「マスター、タクシー来ちゃったから、お会計急いで」

「わかった。わかった」

 お冷やをそのままにして、レジに行く。

「先にタクシーに行ってるねえ」

 千鳥足の女が立とうとしたところで、カウンターに座っていた男がお冷やの入ったグラスを二つ持って振り返った。

「あら、ありがとう。お兄さん」

 女は差し出されたグラスをあぶなっかしく手にとると、二口ほど飲んで、笑顔になった。

「おいしい」

 水がおいしいなら、酒なんて飲むなよ。

 と、これも飲み込んで紫崎はいそいそと伝票を打ち出し、カウンターを出る。そのときには女はもう入り口の戸を出て行くところだ。

「ありがとうございました」

 紫崎は声をかけつつ、残された男の席に急ぐ。

 酔っぱらいと化した男は、伝票を確認もせず、カードを紫崎に差し出す。

「マスター、これで」

 酔っ払いは言いながら、テーブルの置かれたお冷やをごくごくと飲む。

 カードを受け取りながら、紫崎はカウンターの男を振り返る。

「どうも、すみません。お冷やだしてもらって」

 とっさの男の意外な機転に、紫崎は頭を下げた。

 モデル業と思いきや、客あしらいもなかなかだ。

 カウンターの美形の男は微笑をしてうなずいた。

 その瞬間、妙な違和感を感じた。

 さきほどこの男に呼び止められたとき、なにか聞いたことがある声のような気がしたのはなぜだろう。

 そう思いつつ、客のカードで支払いをすませる。暗証番号も客から聞いて覚えてしまっているため、四桁の数字を打ち込む。

 支払いを終えて、入り口までふらふらと歩いてきた客にカードを返す。

「今夜は、相手が悪かったみたいだね」

 紫崎が肩をたたくと、客は一瞬がっくりと肩を落として言った。

「あと少しで吐くところだったよ。頼むよ、マスター、今度出すときは俺のほう水たくさんいれてよ」

「わかったわかった」

 酔っぱらいの妄言と聞き流して、返事をすると、客が紫崎の肩越しに店内に向かって手を振った。

「姉ちゃん、水、サンキュ!」

 みると、カウンターに座った男があいかわらず微笑をしたまま、酔っぱらいの客にうなずいている。

 なにが姉ちゃんだ、と思いながら客を見送り、ドアを閉めて振り返ったところで、はっとした。

 さっき、あの客はなんて言った。

 そう、たしかこうだ。

 マスター、後ろのお客がチェックだって言ってるわ。

 言ってるわ、と言ったのだ。

 あの、落ち着いた声と口調。

 完璧なオネエ言葉。

 時計を見ると、ちょうど針が十時を差すところだった。

 男がカウンター席から紫崎を呼んだ。

「マスター、私お酒は飲まないの。ほうじ茶とかない?」

 うそだろ。

 紫崎が唖然として店内に入ってくるのを、アカトラは妖艶な微笑を浮かべたまま、静かにカウンターに座っていた。

「時間ぴったりね」

 紫崎はうめいた。

 

4-2

 

 

「はじめまして、紫崎さん。赤戸頼智(あかと らいち)です」

 アカトラは紫崎が出したほうじ茶ホットの入った湯飲みをうまそうにすすった。

「いい男が台無しだねえ」

 紫崎は首を振った。心の中のつぶやきのつもりが声に出ていた。

「バーでウイスキーを飲むスタイルにこだわるほど若くないもの」

 アカトラは微笑した。

 紫崎は手元の水割りを手にとった。

「あんたが飲めっていうから飲ませてもらう」

「どうぞ。お酒が入らなくちゃやってらんないでしょ。壁から女がでる店で商売なんて」

 アカトラの嫌みともとれる言い方にさすがに紫崎はむっとした。

「じゃあ、あんたは酒も飲まずに壁から女で出る話なんてできるのか?」

「私? 私はできるわよ。子供のときからそういう世界にいるし、自分が生き霊にとりつかれたことだってあるしね」

 まじか。

 紫崎は疑わしそうにアカトラを見た。

「嘘じゃないわよ。生き霊ってよくあるの。とくに恋愛がらみの奪い合いだとね」

「奪い合いどういうからみだ? あんたが相手からとったのか、とられたのか」

「とったほうよ」

 まじか。思わず、声に出ていた。

「男か女か?」

 紫崎の好奇心丸出しの言い方にアカトラはため息をついた。

「生き霊の正体は彼の奥さんだったのよ」

「おいおいまじか、所帯持ちの男があんたと?」

 紫崎は身を乗り出した。

「紫崎さん、ちょっと食いつきすぎ。ただの自己紹介のエピソードなんだから、軽く流してよ」

「これが流せるか。いったい、どういう男だよ、そいつ」

 アカトラが今度こそ本気になって紫崎をにらんだ。

「流して」

「はい」

 紫崎はおとなしく、急須にお湯を入れ直し、アカトラの茶碗に追加を注いだ。

「ありがと。それにしても、よく私が大好きなほうじ茶をそろえてくれていたわ。ほうじ茶はノンカフェインでいくらでも安心して飲めるの」

「あんたの言い方、ほうじ茶連盟の回し者っぽいぞ。だいたいあんたの為にそろえていたわけじゃねえよ。実家のばあちゃんがたまに送ってくるんだ。年寄りになると、夕方に緑茶を飲むと眠れなくなるから、ほうじ茶らしい。で、俺にも送ってくるんだよ。俺がどんな商売してるのか、忘れちまったらしいんだな」

「おばあさま、おいくつになるの」

「九十四だ。まだ元気だよ。だからな、ほうじ茶なんて飲む奴は年寄りと相場が決まってると思うんだ」

 紫崎はアカトラをにらみ返した。

「なによ、ばば臭いっていう気?」

「いや、違う。じじ臭いだ」

「失礼ね」

 アカトラは対して怒ったふうでもなく、ほうじ茶をすすった。紫崎は改めてアカトラを見るが、一見して不思議な生き物だった。

 性別は完全なる男で、どこに出しても恥ずかしくないイケメン風情。だが、口をひらくとオネエで、しぐさもオネエ。玉はついているが、発想もたぶんオネエ。こいつをどう見ればいいのか。

 紫崎は空になったグラスをカウンターに置くと、アカトラが微笑した。

 整った顔で紫崎に向かってウインクする。

 紫崎は鳥肌がたったような気がして、両手で腕をさする。

「紫崎さん、本題から入らせてもらうわ」

「いやいや、ずいぶん前振り長かったけど」

「自己紹介は終わりっていう意味よ」

「何かわかったか?」

「あなたが見たとおり、やっぱり女の生き霊ね」

「で?」

「生き霊はね、相手への激しい葛藤があると生まれるものなの。だから、この店に現れるってことは、イコールあなたに関係しているってことね」

「だから、どういうことだよ」

 紫崎の問いに、アカトラはもどかしそうにカウンターににじりよった。

「鈍い人ね。あなたが直接関係している女性か、この店に来ているお客さんのどっちかよ」

「前者は消えた。後者だ」

 紫崎の即答にアカトラは疑わしそうな目を向けた。

「嘘はついてない」

 紫崎は言った。

「大事にしている女は一人だけだ。今はそいつと今は同棲してる」

「あら、初耳。その人女性?」

「当たり前だろ!」

「残念」

 どういう意味だよ! 紫崎が聞き返しそうになったところで、アカトラはもう他のことを考えているようだった。

 どうも男と話しているような気がしない。

「紫崎さん、だとしたらやっかいね。ある女性がいて、その人があなたに対して生霊を放っているか、この店に来ている客に放っているかどっちかよ」

「俺は関係なくないか?」

「どうしてもその可能性から逃げたいようだけど、この店に生き霊が現れるってことは、少なからずあなたが関係しているのよ。だって、この店はあなたのお店なんだから」

 アカトラの言葉に紫崎は頭が痛くなった。

 今夜はまだ一杯目だが、色々なことがありすぎたのか、どうにも調子が悪い。

「頭が痛いのね」

 アカトラが突然言った。驚いて顔をあげると、右のこめかみの辺りを揉んでいる。つらそうに片目を閉じている。

「あんたこそ、大丈夫か」

「大丈夫よ。ちょっと油断したわ。ヒーラーにはよくあることなの」

「ヒーラー?」

「ヒーラーは霊能者のこと。魂と対話する者のことよ。私は目の前の人と波長を合わせようとすると、その人の体調までうつっちゃうの」

「すげえな。っていうか、めんどうだな」

 紫崎が言ってしまってから謝るとアカトラが弱々しげにほほえんだ。

「そうね。でも商売だから仕方ないわ。それに体質だしね。これでもずっと楽になったわ。訓練のたまものってやつ」

 どんな訓練だよ。

「秘密」

 紫崎はぎょっとした。こいつ、心が読めるのか。

 アカトラは大きく深呼吸をすると、背筋を伸ばした。

 急に顔色がよくなったようだ。

「別に心が読めるわけじゃないわ。統計学よ。こう言えば、こう考えるって先を読んだだけ」

 紫崎はほっとした。

「で、何か読めたのか」

「そうねえ、今ここにはその女性はいないわ。だから大したことはわからない。だけど、強い思いを持っている。そしてその気持ち自体を本人はねじ曲げて、持っていないと思いこもうとしているわね」

「意味がよくわからんのだが」

「簡単よ。嫉妬してる。けど、自分が彼に嫉妬するわけないと思って忘れようとする。よけいに、その嫉妬だけがそだって、分離して、生霊になる。お店にくる。紫崎さんに訴える」

「わかりやすいけど、勘弁なフローだな」

「お客さんにつらい目に合っている人いない? 不倫してる子とか浮気されている子とか、二股かけられている子とか。そういう子」

 アカトラはそう言うと、紫崎の手にそっと手を乗せてきた。深い意味はないのだろうが、男に手を握られて放置しておくわけにもいかない。紫崎はやんわりとその手をはずしながら、意外にも動悸が激しくなった自分に狼狽しつつ言った。

「いるんだろうけど、ぱっと出てこないな。たぶん、ごろごろいそうな気がする」

「かわいそうだわ。早く止めてあげないと」

 アカトラは自分の胸に手をやる。

 シチュエーションとこいつのキャラさえ除外すれば見事に絵になるショットだ。今でもこいつは相当の美形だ。若い頃はそう、あの伝説の若くして命を落とした俳優リバーフェニックスにでも匹敵しただろう。いや、これはいいすぎか。

 紫崎はそこまで考えて自分の妄想に歯止めをかけた。

「かわいそうって、じゃあどうやってその女をつきとめるんだよ。突き止めたとして、どうやって生霊を放つのをやめさせるんだよ。生き霊は放ってる本人も意識してないんだろ」

「あらやだ。そんなディープな生霊の知識を持っているなんてこっち側歴長いの?」

「気持ち悪い言い方するなよ。その台詞は昨日、ロウにも言われたよ」

「やだ、私があの下品な人と同じ台詞を? 生き方改めなくちゃ」

「そうしたほうがいいぜ」

 紫崎はすっかりぬるくなった残りのほうじ茶を空になったタンブラーグラスに注いだ。

 茶色の液体がグラスを満たしていく。

 これはこれで、なかなか飲めそうだ。

 だが、口にいれると香ばしいだけで味もそっけもない液体が口内を満たして吐きそうになった。

「とにかく客を前にして、あなた生き霊放ってませんか?って俺は聞けないよ」

「いいのよ。可能性がある人を探すだけで。ある女性が何かで苦しんでいる。その女性はきっとここに関係がある。もしくは紫崎さん、あなたにね。あなたが周囲の女性を注意深く観察すれば、かならずわかるわ」

「わかるかな」

 紫崎の問いに、アカトラは自信ありげにうなずいた。

「わかるわ。あなたはお客をみるプロでしょ。その人が本当になにで悩んでいるのか、なにで喜んでいるのか本当はよくわかるはず」

 アカトラはそう言うと、まっすぐに紫崎を見つめ返した。

「ただ、普段のあなたは仕事からそのわかりすぎる部分を見て見ぬ振りをして、しっかりと距離感を保っている。バーテンとして」

 紫崎はつばをごくりと飲んだ。

 アカトラは続けた。

「それが、あなたの距離感。でも、ヒーラーはもっと深くまで入り込む。その人自身さえ気がつかない欲望の深さまで」

「そんなことしてつらくならないのか」

 紫崎の問いにアカトラはまぶしいくらい微笑んだ。

「訓練をいやというほど積んだのよ。たいていは大丈夫」   

 

5/8:犯人捜し1