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巻き添え(3/8 出現 助けを求めて)

★ブログ数8記事で終わらせる予定のホラーです

 バーのマスターが主人公で店で怪奇現象が起きるので、それを解決するみたいな話です。

 0:オープニング

 1:出現

 2:翌日 美砂 

 

 

 楽しい時間はすぐ過ぎる。

今夜は風が強い。強いが、どこか生暖かさを感じた。

 春一番というやつだ。気温が上昇したせいか、客の入りもいつになくよかった。

 深夜一時。

紫崎は通りを確認する。ジョークアベニューに駆け込みそうな客は見あたらない。突風にあおられないようにしてドアを閉めると、今日も無事に業務を終えたという安堵感が胸に広がった。

最後の客は全員三十分も前に店を出ており、これ以上粘っても今夜は無理だろう。

紫崎は入口を施錠し店内に戻った。いつもより一時間も早く店じまいだ。

変な客もおらず、ノルマは達成。気持ちよく閉店できる。そう思い、ネクタイをゆるめた瞬間、紫崎は昨夜の「夢」を思い出した。

 そっと、右手側の壁を見る。

 黄ばんだ壁際の席は何も主張することなくただそこにある。

 紫崎は目頭をもんだ。

 たしかに昨日は飲み過ぎた。シャイニングなんていうホラー映画も手伝って、悪い夢でもみたのかもしれない。そうだ、そうに決まっている。

 自分に言い聞かせながら、カウンターに座る。

 今日は映画はなし。かわりに有線のオールディーズを流している局番を選択した。人気のない店内に古きよきアメリカの50年代の音楽が流れる。深夜一時に聞くには明るすぎるが、無理にでも気分をあげたかった。

 紫崎は伝票に目を落とした。

 なんとなく気になり、壁を振り返る。

 壁は変化なし。何でもない。

 考えすぎだ。

 ため息をついて、席をもとに戻す。

 そのときだった。

 ふいに音がした。

 かさこそと衣擦れのようなかすかな音だったが、紫崎の神経過敏になりすぎている聴覚ははっきりとそれをとらえた。

 音源の場所は間違いない、紫崎の背後、壁際のあの場所だった。

 紫崎は振り返らずに、手元の携帯に手を伸ばした。

 電話帳を呼び出し、あいつの番号を探す。

 あいつの番号はすぐに見つかった。

 松本朗。一郎でも次郎でもなく、朗。

 伝説によると奴の親が出生届けを祖父に頼んだら、一郎の一が抜けて、そのまま登録されてしまい、結局それで「まあいいか」となったといういい加減なのか朗らかなのかわからない松本家の象徴のような名前を授かったあの男。

 このボタンを押せば、奴につながる。

 最後にあったのは、一年前ぐらいか。

 元気にしてるだろうか。

 時計の針を申し訳程度に確認すると、深夜一時五分。

 むちゃくちゃキレるだろうな。それとも、あんがい起きてたりするか。

 紫崎はできるだけ平静を装いつつ、壁を振り向いた。

 そしてその音源を確認すると、悲鳴をあげそうになった。

 とはいえ、それは半ば予想できたことであったため、紫崎はなんとか悲鳴を押し殺した。すると紫崎の口からもれたのは、自分の声とは思えないようなうめき声だった。

 昨日に引き続き目の前にしたものを見て、あきれるしかなかった。

 なぜだ。

 どうして、こんなものがうちの店に。

 かさこそと音をたてていたものの正体は壁から延びた長い髪の毛だった。

 それが、いすの背もたれにふれてかさこそと音をたてていた。

 壁からこちら側に生えた頭はまだ頭頂部より少し下までしか出てきていないが、遅かれ早かれ、そいつはこちらにむかって突進してこないともかぎらない。いや、来るだろう。

 紫崎はスツールから飛び降りると同時に携帯ボタンを押し、金縛りにかかるよりはやくカウンターを越えて、店の鍵と財布とコートを乱暴につかむと裏口に向かった。

 風は強いが、なま暖かい。

 吹きすさぶ風の中、バー・ジョークアベニューの裏口の鍵を閉めると、走り出した。

 店の電気はつけっぱなし、伝票もぐちゃぐちゃだ。

だが、そんなこと知るか。

 五回のコール音が続き、あきらめようとしたそのとき相手が電話に出た。

「おひさだな、ザッキー。どうした、こんなふざけた時間に」

 ロウのふてぶてしい声が妙になつかしい。

 紫崎はほっと胸をなで下ろす。

「すまん、こんな時間にかけるつもりじゃなかった」

「どうせ、めんどうごとだろ。急ぎじゃなければ、明日の昼にしてくれ」

「まだ女遊びしてるのか」

 ロウはそれには答えず、低く笑った。

「お前こそ、どうなんだ。いいかげん身を固めろよ。固めてからでもいくらでも楽しめる」

「ご高説ありがとうよ。それより、まじで頼みごとなんだ。悪いが、明日の夜に店に来れるか?」

「夜は無理だ。明日なら昼過ぎなら時間つくれるぞ。なんだ、雨漏りでもしたか?」

 ロウの笑いをこらえた声に紫崎はうなずく。

「お前の腕を見込んで頼みがある」

「どっちの腕だ」

「あっちだ」

 電話口の声がしばらく沈黙した。

「ロウ、聞いてるか?」

「聞いてる。あいかわらず、お前の頼みは金にならないと思ってな」

「金は払う。どっちにせよな。何時がいい」

 紫崎が問うと、ロウは午後三時を指定してきた。

「おごるよ」

「当然」

 電話が切れた。

 紫崎はほっと胸をなで下ろした。

 いちいち説明なしに話が通るのは、子供時代を通して互いの行動パターンを把握しきっているからだ。

 松本朗。

 子供の頃からやんちゃで、高校は暴走族に関わって自主退学。

 その後、建設会社の下積みを経て、今は水道関係の設備会社を経営している。おやじの家業を手堅く継いだこともあるが、田舎のヤンキーにありがちなことに早く結婚をしたせいで、すでに二十歳を越えた子供が二人。たしか、親父と違って子供は優秀で、今春、大学を卒業するころだ。

 今でも風俗通いは続けていそうだったが、あいつの霊感だけは昔から本物だった。

 あいつがくれば、なんとかなるかもしれない。

 紫崎は家路を急ぎながら、先ほど見てしまったものを頭から振り払おうとした。

 酒は飲んでいない。

 やっぱり、あれは本物だった。

 首に手をあてて、そこにあるはずのあざを思い出し、紫崎はぞっとした。

 

3ー2

 

「何も感じねえな」

 松本朗は髪をかきあげ、まずそうに葉巻を吸った。

「うわ、なんだこれ」

 そう言って、唾を吐くように煙を口から出した。

 紫煙がジョークアベニューの天井に広がって、そして消えた。

「チョコレートフレーバーだ。邪道だが、客に好きなのがいてそろえてる。

俺はおすすめしないが」

 紫崎がカウンターから顔をもあげずに言うと、ロウは肩をすくめた。

 百八十五センチの身長。胸板の厚く、髪は角刈り。上下は濃紺の作業着で、左胸にオレンジ色の刺繍。明朝体で「松本設備」とある。日焼けした黒い顔に鋭い目。作業服を来ていなければ、一昔前の任侠映画にでも出てきそうな出で立ちだ。

 ロウはまずそうに葉巻を灰皿に押しつけ、作業服のポケットからマルボロを取り出した。

「庶民にはわかんねーな、こういう様式美は」

「俺にだってチョコ味の葉巻はわからんよ。ただ、こういう薄暗いバーでウイスキー片手に葉巻っていうシチュエーションに酔いしれる一定の層がいるってだけだ。それがすべてじゃない」

「あー、そう」

 ロウはせっせとグラス磨きをする紫崎に背を向け、入り口の壁際の席を見つめた。

「やっぱ、なんも感じねーな。お前が飲み過ぎたってことはないのか?」

 再びロウが紫崎のほうを向いた。

 翌日の午後三時。夜の帳が降りれば、薄暗い照明に切り替わる店内も、今は煌々とした明かりに照らされている。

 紫崎は顔をあげ、ロウを見返した。

「一回目は確かに飲んでた。けど、二回目はそうじゃない。たしかに長い髪の女が壁から突撃してきた」

 紫崎の言葉にロウは真顔でうなずいた。

 通常ならば、こんな話をされて笑い飛ばさないほうが異常だが、ロウ地震が子供のころから怪異な体験をイヤと言うほどし、恐怖を味わい続けたせいで、人のちびりそうになった話を笑うことはしない。

 紫崎はだからこそロウに話をする気になった。逆に言えば、ロウにしかできなかった。

 ロウは考え込むように顎に手をあてて両目を閉じた。

 紫崎は改めて思う。

こいつは、本当に見た目と違っていい奴だ。

 コワモテで元ヤンのくせに、こいつが親父の手堅い商売を軌道に乗せられたことも、もしかすると幼い頃から人よりいやな目に、つまり霊感とやらのせいでつらい目にあってきたおかげかもしれない。

 普通なら「嘘だろ」と笑い飛ばすところ、こいつは相手に感情移入して聞いてくれる。もっとも、それだけならだまされやすい奴ということになるが、やくざみたいな顔をだまそうとする奴はなかなかいない。

 紫崎はロウの言葉を待った。

「ザキさあ、正直わかんねーわ」

「わかんねーって?」

「うん、つまり、やな感じがしないっていうかな。あいつらが張り込んでる場所って、空気が思いってうか、よどんでるっていうか、じめじめしてんだよな。それが、ここにはねーんだわ」

「ほめられてるってことか」

 紫崎は無表情に言った。

「その意味じゃほめてるけどな、解決にならんよな」

 紫崎はうなずいた。

「お前が嘘言ってるんじゃないとしたら、俺のアンテナがいまいちなのか、それともあいつらじゃない違う存在かもな」

「違う存在?」

 紫崎の問いにロウは腕組みをして考え込んだ。

「たとえば、生き霊とかだな」

「生き霊? それって、生きてる人間が知らないうちにもう一人の自分をワープさせるやつか?」

 紫崎はつい昨日、美砂から聞いた話を思い出した。

 ロウの顔がぱっと輝く。

「ザッキー、マニアックなオカルト用語知ってるな。おまえ、いつのまにこっち側の世界に来たんだよ。カモーン」

「カモーンじゃねえよ。客にそういう相談したら、生き霊じゃないかって話題が出たんだよ」

「気が狂ってるって言われなかったか?」

「半分な」

 ロウは黙ってうなずいた。

「まあな、俺の感度が鈍ってるのかもしれないけどな、けっこう俺って敏感だから自信あるんだよな。たぶんだけど、あいつらのせいじゃないと思う」

「やっぱり生き霊か。どうやって追い払えばいいんだ?」

 紫崎の問いに、ロウは天井を見上げた。

 ぶつぶつと口の中でつぶやいたあと、携帯を取り出した。

「ザキ、ちょっと電話かけるから待ってろ」

 紫崎は言われたとおりにするしかなかった。

 ロウは紫崎に背を向けると、電話をかけ始めた。しばらくコールが続いたあと、ようやく相手が出たようだ。

「あー、トラか。俺だ。俺。バカ。サギじゃねーよ。松本だ。久しぶり?バカ、一昨日の明美ちゃんの店の前で会ったばっかりだろ。そう。うん。あー、でな、ちょっとやっかいごとなんだ。俺のダチの店がちょっと、あれなんだ。お前ひまあるか?うん、今日でも明日でもいい。ああ、おごるよ。当然だ。うん。気合い入れてこいよ。慈善事業だ。じゃあな」

 ロウは早口でまくし立てると電話を乱暴に切り、紫崎に向き直った。

「助っ人を頼んだ。こいつは頼もしいぜ」

「助っ人?いったい誰に電話してた?」

「知り合いだ。アカトラって言ってな、美容関係の仕事をしてるが、裏家業で拝み屋みたいなことをしてる。むちゃくちゃ霊感強い」

「さっき霊感じゃわからないって言っただろ?」

 紫崎の不安げな様子にロウは満面の笑顔を向けた。

「心配すんな。俺の霊感はあくまで素人。アカトラの霊感はその道のプロだからな、死んでる奴も生きてる奴もどっちも相手にできる」

「意味が全然わかんねーよ」

「とりあえず、会ってみろ。こいつの連絡先だ。たぶん、今日か明日、暇なとき来ると思うぜ」

 ロウの携帯を見るとアカトラと入っている。

「この名前って」

「ああ、本名だよ。朱戸頼智って書いてアカトライチ。アカトラだろ」

「ひどいあだ名だ」

「そうか、本人けっこうお気に入りだと思うぜ。とにかく、こいつに相談してみろ。きっと進展がある」

「だといいけどな」

 紫崎は自分の携帯にアカトラという男の番号を入れながら、面倒なことに巻き込まれたことをようやく理解した。

 溜息をつきそうになると、ロウが不思議そうに紫崎を見た。

「いや、でもお前、顔みてないんだろ。その壁の奴の。どうやって女だってわかったんだ?」

 ロウの問いに紫崎は首の後ろの赤黒くなった手形を見せた。

「指のあと、けっこう細いだろ」

 ロウはまずいものでも食べたような顔をすると、ため息をついた。

「たしかに、お前の指よりずっと太いな」