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巻き添え(0/8 オープニング)

巻き添え(小説) 怪談風味 九条のケース

★ブログ数8記事で終わらせる予定のホラーです

 バーのマスターが主人公で店で怪奇現象が起きるので、それを解決するみたいな話です。。終わるのか不安。。プロットはできてます。では、どーぞ。。

 

 

 

カウンターごしに客と目があう。

はじめはそんな感じだった。

けして広くはない店内。

だからこそ一人で店を回しても、客席すべてに目が届く。

そんなバーを開業したとき、心に刻んだのは客との距離感だった。

寄り添いつつ、邪魔にならない程度の近さ。注文があれば、客が口を開く前にこちらからその気配を察する。

バーテンの心は常に客に寄り添うものだ。

だから、ふいに呼ばれたような気がしてそこに誰もいなかったと認めるのはおかしな気分だった。

そこは店の入り口のすぐ左手のテーブル席の壁際だった。

そこに誰かがいて、自分を呼んでいるような気がたしかにした。

だが、誰もいない。

当然だった。

その日、店はまだ開店前だった。

カウンターに知り合いが一人、座っているだけで、こいつはもちろん客にはカウントしていない。

気のせいか

何度眺めてみても、客がいるはずもない。

地味な花柄の壁の前の席は空虚で、壁自体は葉巻でやや黄ばんでいるものの何の異常もない。

紫崎真琴(しざき まこと)が、目を細めて壁を見つめていると、カウンターに座る九条龍二が顔をあげた。

「なんかあった、マスター?」

 九条は三十代半ばの青年で、音声を消したパソコンの画面でさきほどから動画を食い入るよう見つめている。

 消音しているだけマシだが、雰囲気演出が至上主義のバーカウンターでパソコンの動画を見るとはふてぶてしいにもほどがある。

 紫崎はいらつきつつも、それが顔にでるほど素人ではない。

「いや、再放送を録画し忘れたんじゃないかと不安になっただけだ」

 表情を崩さずにグラス磨きに戻った。

「もしかしてBSの鬼平犯科帳?」

九条はパソコンを見つめたまま言った。

 紫崎が返事をしないでいると、肯定と受け取ったのか九条はうっとりした顔で言った。

「俺も毎日見てる、シリーズ中村吉右衛門バージョンが最高だよな」

 紫崎はため息をつくと、国産ウイスキーのボトルをグラスに注いだ。かぐわしい香りを放つ蜂蜜色の液体が カットグラスのなかで無数の光点を放った。

手頃すぎる値段と甘い日本人好みのフレーバーのせいで通きどりは手をださない銘柄だが、知る人ぞ知る名品だ。

 グラス一杯とボトルいっぱいの値段がほぼ同じになるため、せめて一つ数万はする特別仕様のカットグラスを使う。

「たしかに中村吉右衛門鬼平は群を抜いている」

 紫崎は九条の前にグラスを差しだした。

 九条は顔をあげ、グラスを見た。そのとたん手が止まる。

ウイスキーは無理だって。ビールでいいよ」

「だまされたと思って飲んで見ろ。三十代の鬼平ファンは、ビールを卒業した人間だ。つまり、こっち側」

 紫崎はカウンターの上を指した。

「マスターだってまだ四十代だろ。俺がはじめて鬼平を見せられたとき、じいちゃんは六十代だったと思うぜ。あれ、これ飲みやすい」

 わかりやすい奴だ。

 九条は意外そうな顔をすると、一気に五十度はあるウイスキーのロックを飲みほし、さっさと、目線を動画に移した。

 なっちゃいない飲み方だ。

 紫崎はため息をついた。

「そろそろ時間だから、パソコン片づけろよ」

「あ、悪い悪い」

 九条は少しも悪びれない口調でパソコンを閉じた。

 時計の針は五時四十五分を指している。

 開店まで十五分。

 毎度、六時になると九条はそうそうに、店をあとにする。

 九条は紫崎がバー、ジョークアベニューを開業して以来、八年来の客だったが、四ヶ月前、九条は都内の出版社を辞め、突如として地元に帰ってきた。

 今は地元の情報誌などでライター稼業をしているようだが、会社員だった当時は有名な大御所作家から将来を嘱望される新人作家まで有名どころの作家を担当していた編集者だったが、突然その地位を捨てて地元に舞い戻ってきた。

 収入だって激減するだろうし、編集者として田舎に刺激はない。まさか本気でライターになりたかったわけでもないだろうに、なぜ、いまさら。 謎は深まるばかりの九条に対し、問いただしたい気持ちは多々わいてきたが、そこをあえて掘り下げないのが紫崎の客に対する距離感だった。

 紫崎は伝票を手早くきると、九条に差し出した。

「うまいけど、安すぎる酒なんだ。千円でいいよ」

 紫崎は傷ついた鳩に話しかけるようにわざとらしく優しい声で言った。

 九条は伝票を見もせずに握りつぶした。

「気持ちだけもらっておくよ、マスター。俺、フリーのニートみたいな身分だけど、貯金が腐るほどあるんだ」

 九条は財布から千円札を三枚だした。

「今日もマスターの作ったチョコケーキうまかったよ」

「あれは元手がかかってる。客に料理人のおばちゃんがいてな、半年通い詰めた。、手土産に二十万かかった」

「うわ、忍耐」

「おかげで、シフォンケーキもチーズケーキもマスターしたけどな」

「そっちも合わせたらいくらかかったの?」

「五十万」

「料理教室完全コンプ三回ローテできるんじゃん?」

「まあな」

 紫崎は九条の支払いを遠慮なく受け取るとグラスを磨きに戻った。その瞬間自分自身に対し、苦笑をしそうになった。

 こいつは俺自身によく似ている。

 もし、他人から言葉でもものでも何かを引き出したいと思ったら、けしてそれをほしいと言ったり、くれと言ったりするのは得策じゃない。金と時間、つまり誠意を与え続け、相手がそれならやろうと言うまでつきあうのが近道だ。

 紫崎は改めて、九条を見た。

 八歳下の弟みたいなこの男は若い時の自分によく似ている。愛想はいいが一皮むけば、信念と自分の信じる価値観から横道にそれない頑固者。言動はすべてオブラートに包んで、愛嬌よくふるまうが、心の中では相手の本質を値踏みして、距離感をはかっている。天然を装いつつ、つきあうべき相手を見定めている。だから本当に親しい人間は少数で、尊敬する人間にはとことん敬意を払う。

 紫崎が師匠と呼べる人間に対して、そう接してきたように、こいつもおそらくそうして生きてきた節がある。

 その証拠に、紫崎と九条は客とバーテンという距離感を越えたつきあいになりかけている。

 つまり、半分プライベートな友人という関係だ。

 実際、九条と出会うまで紫崎が開業時間前に店内に人を入れたことは一切なかった。

そんなことをすれば、あっという間に客とバーテンという関係性が崩れ、ぐだぐだになるに決まっていたからだ。だが、一か月ほどまえ、九条がそんな時間帯に来たとき、ごく自然に、紫崎は彼のために店をあけた。しかし、九条は九条で、客という立場をそれほど逸脱することなく、常にわきまえを備えていた。だから、そんな時間に来て飲むのは一杯だけで、かならず飲んだ以上の三千円を置いていく。それは、一杯の酒の対価としては払いすぎだったが、かと言って高額すぎるわけでもない。

 つまり、九条なりに紫崎に対し、迷惑料に当たる額が上乗せしてるのだろう。

 この「ただより高いものはない」という戦法は、よく紫崎がケーキを教えてもらう見返りに師匠の家に持参する手みやげににていた。

 だが、結局は九条は客としてのわきまえを知りつつも、同時に紫崎に甘えてもいた。

 甘えが許されるのは、紫崎が九条を許しているからであり、微妙に高い支払いを九条が支払うおかげで、紫崎は九条がなぜそんなまわりくどいことをするのか、問いつめるようなことをしなかった。しないかわり、奴が自分から話をするのまで待つことにしたのだった。

 なぜ有望な将来を切断して、ここに戻ってきたのか。おそらく何もなかったわけはないだろう。

 三十五年も生きていれば、人間なにかしらあるもので、紫崎自身、三十五歳といえば、ジョークアベニューを持つために東奔西走していた時期だった。独立をすることを目指して生きてきたが、その踏ん切りがぎりぎりまでつかなかった時期でもある。

 九条もそういう年頃なのかもしれない。

 だから、ものを言いたそうにしつつ、心を閉ざしたままの九条が自分と重なり、自然目線も甘くなった。むしろ問いつめないことも楽だった。

 聞いてしまったら、責任が出てくる。

「気楽なもんだ。俺は黙って酒をつくってりゃいいんだから」

 ふいに九条が顔をあげた。

 どうやら心の中で言ったつもりが、つい口に出ていたようだ。

「マスター、なんか言った?」

「いや、ぜんぜん」

 紫崎は大げさに否定した。

「ところで、お前そんなに夢中になって何の動画見てたんだ」

 九条はきょとんとしてから、思い出したように肩をすくめた。

「くだらない番組だよ。おひとり様ランキングっていうやつ」

「なんだそりゃ」

「カラオケとか、レストランとか、遊園地とか、そういうところに一人で行く奴らのおひとり様度の高さをランキングした番組」

「遊園地に一人で行く奴いるのか?」

「いるみたいよ。気がしれないけど。一昔前に、焼き肉に一人でいく女子とか、居酒屋に一人で行く奴とかテレビでやってたじゃない」

「ああ、たしかに」

 紫崎は三年ほど前に、はじめて「おひとり様」という言葉をニュースで聞いたことを思い出した。

 たしかその頃に、家族やカップルで行くような店やレジャー施設に一人客が目立ちはじめた。

 それを紫崎がいうと、九条はにやにや笑いをした。

「なんでも言葉をつくれば、いま始まったような現象のように思えるけど、こういう奴らって昔からいたんだよな。いわゆる、通っていうか、オタク」

「まあ、バーに来る客も一人が多いっちゃ多いな。つーか、一人になりたいから逃げ込むっていうパターンがバーだけどな。でも、遊園地とかカラオケってどうなんだよ」

「事情は同じでしょ。たぶん、一人で楽しんだほうが、より楽しめるっていう価値観の人間が増えてきたんだよ」

「ただ単に友達がいないんだろ」

「否定はしない」

 九条はそういうと、頬杖をついて、パソコンをあけて動画サイトを開いた。

 動画の投稿は半年前で、元ネタは夕方のニュース番組の特集だった。おひとり様のレベルの高さを場所でランク付けしてある。カフェから始まり、九条のいう通りカラオケ、ボーリング、遊園地、映画、と続く。

「一位はどこなんだよ?」

紫崎の問いに九条は肩をすくめた。

「高級レストラン」

「んー、遊園地の方が一人で行くには勇気がいるような気がするな」

「俺もそう思う」

 九条はふいに動画を止めた。

「でも、そういう妥当性よりも、この番組なんか変な感じしない?」

「ああ、多いに思う。カラオケとか遊園地みたいなところに一人で行ってなにが楽しいのかってな」

「だよね。つまり、こういう連中が増えるってことはさ、人生の楽しみ方が変わってきたってことなんだよね。昔は、食事とかレジャーって、人と楽しむためのツールだったでしょ。だから、それがドライブだったり、映画だったりしても、誰とするかが重要であって、何をするかは二の次だった。でも、それが最近は逆転しつつある。つまり、『誰と』が先じゃなくて、何をするかが重要で、そこに誰かはいらない」

「あー、なるほど」

 紫崎は目の前の空になったグラスを見つめ、自分もまたウイスキー好きが高じてはじまった自分の生き方がそれに近いものだと思った。

 誰かとくっちゃべるのもまあまあ楽しいが、一杯のウイスキーに込められた深い熟成の香りと味わいをずっと静かに楽しみたくてこの職業についた。それは人よりもものから多くを感じ取る生き方で、それこそおひとり様の真骨頂ではないだろうか。

 だから、紫崎にとってこのジョークアベニューは孤独と、静かな時間を味わってもらうための自分の空間であり、それを客にも提供しているというのが事実だった。そのための距離感であり、店の狭さであり、照明だった。

 だが、そんな紫崎の思考とはおかまいなしに九条の話は続く。

「俺もさ、今ライターの仕事の取材で、けっこう高いフレンチレストラン一人で行くけどさ、もう完璧にこのランキングで言うおひとり様上位ランクイン者なんだよ」

「おめでとう、で、それのなにが問題?」

「マスターにはわかんないよ。筋金入りの一匹狼でしょう」

「お前だって組織から離れたはぐれライターだろうが。そんなにおひとり様がいやなら婚活でもすれば」

「するわけないじゃん。収入が不安定なのに」

「貯金がたんまりあるだろうが。それともやっぱり、あきらめられない女でもいるのか」

 紫崎の問いに、九条はこれみよがしに沈んだ。

「なんだよ、まじかよ。美砂ちゃんとなにかあったのか?」

 美砂というのは、九条の幼なじみで三十代の独身女性だが、ずっとつかず離れずで九条のそばにいる子だった。気だてのいい子で、九条とは必ず別々にバーに来る仲がいいのか悪いのかじつのところわからない子だ。

 九条はためいきをつくと、それには答えず両手を顔に当てた。

「マスター、運命は逃げても追いかけてくるって思ったことない?」

 紫崎は眉間にしわをよせた。

「なに? なんだって? 運命?」

 九条は顔をあげると、言った。

「運命は逃げると、形を変えて、やっぱり追いかけてくるって話」

「具体例は?」

「女の話。逃げたけど、そいつが追いかけてきた」

「美砂ちゃんが、お前を?」

 九条は首を振った。

「マスター、美砂が男を追いかけるような女だと思ってんの?」

「いや、信じたくないよ。美砂ちゃんが追いかける男がいたとしても、お前なわけないよ。まじで、うん」

 紫崎はカウンターを拳でたたいた。

「俺が言ってるのは違う話。最近ちょっと関係のあった女が追いかけてきたんけど、よく考えたら、いつもその手の女に追いかけられてるんだよ、俺。だから、もうイヤになってさ、女に追いかけられるっていう考え方をやめたんだ。女じゃなくて運命が女の顔をしてまたやってきたって」

「それ、新人の小説の出だしか?」

「ちがうよ」

「だったら、もっとわかりやすくはなせよ。お前の話は時々回りくどいんだよ。たいがい、自慢にしか聞こえねーしな。俺だから黙って聞いてやるけど、そんなことほかの男の前でいったら、総スカンくらうぞ」

 紫崎のいらだちのつのった声に九条は両手を振った。

「もういいよ、マスター。結論から言うと、俺、ヘッドハンティングされたかもしれないんだ」

 紫崎はたばこにつけようとしたライターの火をしばし見つめた。

「はじめから、そう言えよ。時々おまえの話まじでムカつくことあるぞ。なんだ、つまりその文学者とかを相手にしてると、そういうしゃべり方になるのか。だったら、まじで」

 そのとき、バーの入り口のベルが涼しい音を奏でた。

 六時の開業と同時に、一組のカップルが入ってきた。

 九条はだるそうに立ち上がり、紫崎を一瞥すると、黙って席を立った。

 紫崎もまた、無言のまま九条を見送った。

 入り口を背に出て行く九条と入れ違いに入ってきたカップルがカウンターに座った。

 紫崎はふいに視線を感じて顔をあげたが、あの例の壁際のテーブル席に座っている客はやはりいなかった。

 おかしな日だった。

 

 

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