2月26日(木)追い払われた人々(怪談まじり)

 

 夜のコンビニのATMでお金をおろした。
 待ち合わせの時間までファミレスですごすか、車の中で過ごすか迷った。

 時間までは、45分。
 頭痛がひどかった。
 ちゃんぽんした葛根湯とロキソプロフェンN60Mは全く効果を示さない。


 近場のファミレスが目に浮かんだ。

 250円の具なしドリアを出すあの店には二度と行きたくない。
 いまどき、家畜だってもっと上等なものを食べているだろう。
 真実かどうかはともかく等級A2ぐらいの牛はビールまで飲んでいると、祖母が言っていた。
 
 時計をみるとあと40分だった。


 私は車をおりて、コンビニ夕食をとることにした。
 120円のカップめんを暗い車の中ですすり、YOUTUBEで、怪談を聞く。
 最低の時間のつぶし方で、優雅さのかけらもない。
 たまに自分らしくないことをしてみると、世間が見えてくる。
 けっこうな数の人間が、コンビニで夜の7時頃になにかしら買ってでてくる。
 わびしい夕食ともかぎらないだろう。
 妻が夫の健康のために、野菜ばかりの粗食を精一杯てづくりしている家庭もあるだろう。

 そういう家庭にかぎって、夫はコンビニで菓子パンやスナック菓子をつまみぐいしている。

 もしくはこっそり夜食のカップ麺を調達しているかもしれない。


 そういうわけで、私は胸焼けのするカップ麺と味がこくて、もはや調味料でしかないポテサラをよく噛んでのみこむと、シートを倒して、暗い駐車場で怪談をききはじめた。


 陰陽師の話だった。
 神社の鳥居を酔っぱらって記憶がないまま切り倒し、一ヶ月ののちに親族すべてが呪い殺され、最後には本人も死んだ、話。
 酔っぱらって鳥居を自分の家の斧でぶった切る人間というものも、なかなか信じがたいが、短期間で親族がなんらかの死をとげるというのも珍しい。

 その因果が呪いかどうかはともかく、として。


 そんなことを思いながら、ふと目をあける。


 窓に血塗れの髪を振り乱した女が張り付いている。

 


 そんな、わけはない。
 むしろ、いたら、車の中にいれて、
「どうしたの?」
 と、聞いてやらなければならない。


 怪談は続く。
 ふれてはいけないある遺跡にふれた人間が次々に同じ眼病に犯されていく話だった。
 壮大な偶然のような気もするし、呪いのような気がする。


 いづれにしても、「そんな話」があるだけで、それを引き落とす因果にいたった説明はない。


 なぜ、鳥居を壊したのか。


 壊された鳥居は、なぜ壊した相手の血族を残らず呪殺したのか。


 怪談では、犯人も動機も明確な説明がない。
 うそ、だとしても説明がない。
 結果としての殺人や傷害だけがある。
 だから、怖いのだろうか。
 いや、本当に怖いのは動機だろう。


 暗い車の中で怪談を消すと、私は目をとじた。
 広い駐車場にもかかわらず、すぐとなりに車が駐車してきたので、私はさりげなく車にエンジンをかけて、移動した。
 再び、暗い車内で目をとじる。


 数週間前の会議室での出来事がよみがえった。
 「うちの課のサポートがゆきとどかず、、」
 上司が頭をさげ、私たちもとりあえず頭をさげた。

 そうせざるを得ない雰囲気があり、やぶさかではないにしろ、しっくりこなかった。

 

 課内の全員が仕事の最中に呼び出されたことの結末は、40代になる男性契約社員の突然の退職のためだった。
 上司の言葉はしらじらしいにもほどがあった。
 最低限の仕事もコミュニケーションもとれず、今年に入ってから仕事を9割も減らされ、出向先の職場でその男性はほとんど仕事をしなかった。

 いや、できなかった、というのが真実だ。
 そもそも仕事にたいする能力が低すぎたのだ。
 しかし、40代になっても契約社員としての経験しかなく、さらにその職務さえもまともにこなせず、結局は閑職に追いやられた。
 とはいえ、いままで彼は守られすぎた。
 守られすぎたが、逆に先の仕事もなく、精神的に追いつめられての退職だった。
 彼は、この先どうするのだろう。


 ふと、考える。
 考えるが、そんなことはすぐに忘れる。
 実際に、彼にかぎらず、職場内の戦力外予備軍は常に一定数いる。
 そのなかでも、群をぬいたトップランナーたちには共通項がある。


 圧倒的な覇気のなさ、それに伴うにごった目。
 無表情。
 コミュ力の低さ。
 そして、指示を2度、3度しても実行できない。
 こんな状態なので、仕事にならず、結局周囲の人間が全面的なサポートをしなければ、業務が滞る。
 それ自体が組織の仕事といえば、それまでだが、やがてサポートするくらいなら、自分でやったほうがましだ、ということになるのは時間の問題だ。
 そして、周囲との摩擦は広がり、破局する。


 あまりの仕事のできなさに、いったいどうして試験を合格した、と誰もが思うがあとの祭りだ。
 だが、この組織を放り出されたら、彼らはどこに行くのだろうと思う。
 ここの仕事がつとまらないのならば、どこに行くのだろうと、思ってしまう。
 私は彼らに対する同情よりもおそれがある。
 テロリストにならないだろうか、ということだ。
 しかし、うち(役所)でさえサポート的な仕事はもはや時給制のバイトにしかのこされておらず、実際その手の入力作業は半年に数日ぐらいしかないのだ。

 くるのは60歳をすぎたおばさんたちばかりだ。
 彼らはいったいどこに行くのだろうか。

 

 彼がむかった場所は、元の職場だった。
 先週、彼は真っ青な顔をして、突如の退職を告げに事務所にやってきた。
 そして、すでに出向先にも出勤していないはずだった。
 それが、出向先のある人間から彼を現場でみた、という連絡があった。
 その人間がみたところによると、退職した彼の髪の毛がぺったりと水につかったように顔にはりつき、足下が透けていた、という。
 まるで、幽霊だ。
 しかし、見間違いもあるのかもしれない、ということになったが、その人間というのがいわゆる霊感のあるタイプであり、課内は大騒ぎになった。
 40歳での契約社員の退職。
 仕事でのつまづき。
 この先の仕事が決まっておらず、当面の生活をまかなうために実家に助けを求めたが、親にもこちらの生活があるから、と断られていたという。
 課内で連絡を受けた上司が出向先に急いで連絡をする。
 しかし、責任者はもちろん、彼は来てないと答える。
 私たちの脳裏に浮かんだのは、、言うまでもない、
 彼の「決行後」の姿だった。
 連絡をした。
 すると、彼は生きていた。
 みなが、ほっと胸をなで下ろした。
 
 いったい、霊感のあるという人間がみたものは何だったのか。
 それがなんだったのか、わからない。
 わからないが、40代で仕事を追われるということは、文字通り生きる糧を奪われるとに等しい。
 実質的に彼の仕事は一年も前からそこにはなくなっていたが、やめたあとも彼の魂はかつて職場だった場所に戻っていたのかもしれない。
 ない仕事のために、足下がさだかでない、最後はただ指定の給料を支払われるだけ、ましというような日々のなかで、彼の魂はそれでもあの場所に戻ったのかもしれない。


 そう思うと、哀れだった。
 はっきり言ってしまうと、彼が職場にとどまることはお互いにとってよくないことだった。
 しかし、彼の未来を考えると暗い気持ちになる。
 びしょぬれで透けた足で職場の庭に立っていた幻影の話を聞いたあとでは。