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10月22日(土)強い女は運命からの使者

 

 昨日のブログにも書いたが、たくさんの人間と会っていると人間はいくつかの「ジャンル」に分けられるな、と思うことがある。
 私は事務職で、ほとんど人と会わないという作家を目指す上では二歩も三歩も悪環境にいるわけだが、それでも短くない人生で、自然に「この人、あの人似すぎじゃね」と密かに思うことがある。

 

 先週から図書館に仕事で出向くことがあり、

今日も学校図書に関する協議会という名目で午後、外にでることになった。


 図書館の協議会と言っても、

図書室で小学生に行われる読み聞かせのコンテンツを

広げようというコンセプトで、

図書館に関係する会議は名称は違っていても中身はたいがいこのタイプだ。


 先週行われた会議は意見交換会となっているが、

実際は小学校に出入りする図書ボランティアの保護者や

図書館スタッフに対して、講師からレクチャーを受けながら実践

をしてみるというもので、

私自身もチャレンジしたことは先週のブログに書いた。

 

 今週は、学校の図書担当の教師や学校図書室サポート担当者を集め、

パネルを使った歌遊びやおとぎ話など低学年が喜んで学べるような

「パネルパフォーマンス」を実践してみようという内容だった。


 パフォーマンスで使うパネルはだいたい畳ひとつの

三分一ほどの大きさの白もしくは黒のボードで、表面にフェルトが張ってある。


 そこに摩擦で取り外しのきく絵本の切り抜き置くと、軽く吸着する。


 その切り取られた絵を次から次へと張ったり、はずしたりしながら、

歌をうたい、大げさな身振りをしつつ物語を展開しながら

ミュージカルのようにシーンにあった歌遊びをする。


 いってみれば人形劇の二次元版のようなもので、

とにかく演者はいそがしい。


 絵本の読み聞かせの3倍は手数が多く、セリフ、

キャラクターの物理的な出し入れ、歌、客にむけた問いかけなど、

これを一人でする。


 絵本なら10分もあれば読み聞かせのアドリブでなんとかなるものの、

このパネルパフォーマンスはそうないかない。


 基本的な練習が必要なのだ。
 
 つまり仕様が完全にパフォーマンスの域であり、

ミュージカル的であり、やっていることは歌のお姉さんなのだ。


 できる人とできない人がでてくるのでは、という感じだ。

 私の場合はやれと言われれば、やれるけれど、

どちらかというと脚本を書いたり、裏で演出の指示をしていたいタイプで、

間違ってもパフォーマンスをしたい!とかというタイプでは断じてないわけで、

なんだか青色吐息の授業なのである。


 私はミュージカルが昔から苦手で、どうも感情移入ができない。


 楽しむレセプタを母親の体内に置いてきてしまったのではないかというぐらい、

致命的に楽しめない。


 どうも目の前で人が歌っていたり、

踊っていたりするのをみると、引いてしまうのだ。
 
 ああ、本人がいちばん楽しいよね、この手のやつは。


 とかなんとか心はひたすら冷え切ってはいるもののむろん、

外見的にはめいいっぱいの笑顔に拍手だ。


 内心、頬杖をついて足を組んで、

正直たばこでも吸いたくなっているのはみじんも出さずに。

 

 とはいえ、この歌遊びが幼い子供に大受けするのは真実だ。


 ほぼ例外なく6歳ぐらいまでの子供は歌とダンスが大好きだ。
 ベネッセの誇る幼児教育教材のメインキャラクターのしまじろうは、

常に歌って踊っているし、3歳になる私の姪っ子ミサトは

この手のダンスアンドシングアソングの動画を食い入るように見続ける。


 かくいう私も姪っ子をあやすために、

30年ぶりぐらいにアンパンマンのCDをレンタルして

「あんぱんまんのマーチ」や「勇気りんりん」を暗記して、

ミサトにせがまれてエンドレスで歌うこと数回、声がかれた。


 それはいいのだが、とにかく私はどちらかと言えば、

緞帳の後ろに引きこもり、あーだこーだ言っていたいタイプで、

パフォーマンスは全く持って気が重い。


 で、気持ちは上の空でつい、人間観察をしてしまう。


 そして、あることに気がついてしまったのだ。


 先生がすごくあの人たちと似ている、ということに。

 このパネルパフォーマンスの先生の名は伏せるが、

子供の教育環境の向上に長年関わってきた方で、

現在は市の議員も兼任されている。
 年齢は50代ぐらいだろうか。


 笑顔がすてきで、声ももちろんきれいで、

おばさんの声を出すときは、私の大好きな妄想上のこんな母がいい、

ナンバーワンに輝く、ムーミンママの声と似ていたりする。


 見た目は、全盛期の天地まりをそのままふけさせて15キロほど上乗せした感じが近い。
 とにかく笑顔満面で、小柄な体全体からエネルギーを発散させている。
 まあ、元気・快活・自己主張の3字が浮かんでくる。


 先生は子供のために一生懸命であり、誤解のないように断ると、

先生のしていることはすごいことだと言える。


 ただ、私としては内心退屈で、苦手な世界観で、

もっと言うと苦痛で、逃げ出したくもあり、

その理由がなんなのかふいに思いついてしまっただけなのだ。


 あ、先生ってやっぱ「先生」に似ているということに。


 その先生とは、今朝、私が読んだ「職場の教養」という

企業用自己啓発の本の裏表紙に特集されていたある保育園の園長先生だった。


 たまたまの特集だったが、園長先生の写真が目にはいったとたん、ぎょとした。
 この園長先生は、私が生まれたときからほぼお世話になり続けている湯沢陽子先生といって、私が通っていた保育園の現園長でもある。
 実を言うと陽子さんとは大人になってから保育園のバイトを

するときにお世話になったぐらいで、子供のときの記憶はほとんどない。


 だが、大人になってからの記憶というのが強烈なのだ。


 具体的には述べないが、

この陽子先生とすごく似ている人たちが私の人生の中で何人がいる。


 そのすべてが女性であり、なんらかの形で教育に携わっていた。


 全員で4人いる。
 一人が、陽子先生。
 そのうち二人が女性の塾経営者。
 そして、最後が私の母親だ。
 共通点は三つ、上記のように、圧倒的に元気で揺るがないエネルギーの持ち主であること。
 思春期以下の子供たちと接している人。
 女性であること。
 母親だけが、教育者ではないので例外だが、

彼女たちに共通する三つの点から自然に導き出される

彼女らのキャラクターというか性質が私自身の母親と共通するのだ。


 それが、一に元気で二に笑顔。三ににタフときて、、

ある意味で人の話をきかないほどの自信をもって

いろいろなことをかきわけていくというところが四になるだろうか。

 

 まず、私が彼女たちが苦手だと思うところは、

大変失礼ながら彼女たちが「あまり人の話をきかない」点にある。


 人の話を聞かないというのは、そもそも子供たち相手の仕事であり、

子供たちという半ば発狂した大人であるのため、

彼らを制するために、自分自身が元気であり、

正しさというある意味絶対の部分を持っていなければ

現場を制御できないということもある。


 子供たちの得てして規律・規範から心神ともに逸脱するエネルギーを制御するとき、ついつい自然に威圧的・教育的になっていくことはしかたないことだ。
 これは私も経験上わかる。


 実際塾講師や保育園のバイトをしているときに、

息苦しさを感じたのは「自分自身がいいじゃん、やっちゃえ」と

思っている幼児性を制御しなければならず「心底それほど思っていない正しいこと」を本気で思っているようにみせかけなければならなかったことがある。
 一方で自分が言ったことによって子供が素直に言うことを聞いたり、

自分の行動で子供たちがよい意味で成長していくことに「気持ちよさ」を感じたことも事実だ。
 ただ、私が教育現場に長くいなかったのは、子供たちを説得したり教育したりすることに圧かましさを感じたことが大きい。


 結局私は人を変えるのなら、納得させるより、感動させたいと思ったからで、その感動は教育ではなく、芸術にあると思ったからなのだ。


 芸術というある意味子供っぽい理想が根底にあるものを追いかけて、

好きであるという幼児性は私のなかに深く根ざし、

おそらくその感じが上記の「先生」たちの教育方針を嫌い、

ぶつかったのだろうと思う。


 実際はぶつかったということではなく、

私自身がかってにストレスを感じていたというほうが正しい。


 ただ、まだ10代、20代の若い頃に会った彼女たちは、私のなかで今持って苦手な人々であることに変わりない。
 居心地の悪さもある。
 こうなりたくないな、という見本でもある。
 というか、私は彼女たちのようにはなれないのだが、それでも彼女たちに対する反発が今の私をつくったようにも思える。
 とにかく、彼女たちにつぶされないようになるために、歯をくいしばってきたような気さえする。
 私は子供の頃から見た目はよい子であり、基本的には素直だったが、世間のレールというものに根本ではなじめず、そのことをはじめに見破ったのがこの女教師たちだった。
 ちょっと、素直じゃないところがあるよね
 中学3年の夏に、彼女たちの一人から言われたことは今でも忘れられない。
 別に素直じゃない自分には慣れていたのでそのことはどうでもいい。
 私が心臓をつかまれたようにどきっとしたのは、

素直でないことを見抜かれたことだ。
 もしかすると、周囲の大人は誰もがそれを見抜いていたのかもしれないが、

とにかくそれを口に出して私に言ったのは彼女がはじめてだった。
 それは高校進学のための塾で、少数教育を標榜し

、夏休みには泊まりがけの旅行を企画して、

バス内では強制的に啓蒙的な歌を歌わせるという、

私だったら鳥肌が立つようなアクティビティを実行に移す宗教じみた塾だった。


 塾長の教えは絶対であり、常に監視されているような状態で偏差値はみるみるあがっていった。


 塾や教育というのは人と作り替えるという意味で宗教にやり口が隣接しているものだと、このとき思ったが、それでも私はこの塾長には感謝している。
 世の中には自己を拡大するためには、なんでもやる人間がおり、

それにそぐわない人間には容赦がないこと。


 そして私自身はそんな狭い世界で教主をきどる人間が言った価値観など、気にする必要がないということを学んだ。
 人間は誰しも自分のごくごく狭い世界から、人生を学び、自信を獲得したり、なくしたりする。
 私が子供の頃に感じていた教育者に対するうさんくささや妙な自信というのは、やはり彼らが子供の世界の住人だからであり、気を抜くと自分自身がとんでもない幼児性を獲得してしまうからではないだろうか。
 大人になって、彼らのいう正義やもっともなことは、普遍ではなく、教育者でありながら、自分のいうことをきく人間だけを周囲にあつまるという性質を知ったとき、私の中で彼らを許すことができたし、彼女たちとのつきあい方がわかった。
 まあ、それでも他人だから彼女たちからはいつでも逃げられた。
 逃げられないのはただ一人、私自身の母からだった。

 母は私にとっては永遠のライバルようなところがある。
 私は母に似ているところもあり、全く似ていないところもある。
 似ているところは、めんどうごとがきたら、それを楽しもうとするところだ。
 いらっしゃいませー、と困難に対していえる強さとユーモアある母が私は大好きで、一方でいらいらさせられる。
 強い女が大好きで、同時に私は苦手だ。
 それでも、母は母なので、私を飲み込もうとはしない。
 また私も飲み込まれるほど残念ながらか弱くも素直でもない。
 いやなものはいやなのだ。
 だからこそ、母の言葉には真実がこもっている。
 
 もう、そんなつらいこと、やめちゃいなさいよ
 
 私が目指す作家への道は険しい。
 そういうとき、母はもっと楽な道があるのに、という。

 でも、私は母の言うことは聞かない。
 運命が言っているのだと思う。
 運命が、「本気か」と聞いているのだと思う。

 母が、「無駄な努力よ、やめなさい」
 と、言うとき、それは母が言っているのではなく
 運命が「無駄な努力だ、それでもやるのか」
 と、言っていることにする。
 
 おそらく、そうなのだ。
 母しか本当のことを言わないだろう。
 本当のことを言われたら、けんかになる。
 だから、私は母を消した。

 母の言葉は、私自身の覚悟をうながす
 運命の役割だと思うことにした。

 この運命からの問いかけに比べれば、強い女たちの
 支配など、気にするまでもない。

 私はというと、運命にあらがって母という強い女の
言葉を正面から受け止めることのできない、別の意味で
 強い女になりつつあるのかもしれない。