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10月16日(日)図書館ボランティア講習に参加

 

 まあ、だんだんとおもしろいな、とと思う小説が少なくなってきたな、と正直思います。
 分析的に読めば、おもしろいと思うのですが、それは無理矢理というかおもしろさの理由をさぐっているというか。

 準職業病というか。

 そういう「深い(不快)」な読書の仕方の中でも最近おもしろい、と思った本もあります。
 ページを繰るのがもどかしい、しかも長いから終わらないし、早く終われや!と思うこと10回みたいな。

 

 楽しかったです。

 


 でも、作家を志すようになり、読書が6割型義務と化したなかで、ああ、やっぱり物語って単純におもしろいやん、と思ったのが最近仕事で経験した「読み聞かせ」
 小学生のお子さまを持つ保護者にまじって、はじめて絵本の読み聞かせというのを実践してみましたが、自分が読み聞かせるのはいいとして、保護者の方から読み聞かせてもらうのが、めちゃ楽しかったという。笑

 

いや、前のめりましたね。


 もともと、絵本ってけっこう好きで、「管理社会」とか「軌道エレベーターと宇宙ビジネス」「ウイルスと生物の進化」とかそういう嫌らしい読書の合間に、図書館の絵本コーナーに吸い寄せられ、結果予想できるのに、絵本で号泣とか。

 あるあるです。

 危険すぎるので、絵本もコミカルなものしか手にとらないのですが、単純ゆえに、行間を読む楽しさがあり、余韻が残るのが絵本なんだな、と思います。
 

 って、そんなことはいまさらどうでもいいのですが、とにかく、大人になると、本を読んでもらうってことはほとんどないわけです。


 まず読む本が「スイミー」とか「はらぺこ青虫」とかではなくて、「群生魚類の行動パターンの科学的応用」とか「社会性昆虫の処世術」とかいやらしい(二度目)になるわけで、そんな本を音読されても、ウキウキしませんよ!(いや、私は個人的にウキウキですけど……)

 というか、音読何倍速にするんだよってなね。


 大人になると、まずもって読む本が実用じみてくる上に、内容が説明的で、そうではないファンタジーもなまなましかったり。

 大人になってジュブナイルを本気で読んでいるのは、よほどの読書ずきか作家志望か、編集者かよ、ってぐらいだし、音読聞いてもいいけど、全何話ですか。

 銀河英雄伝説、みたいなね。


 時間もお金もかかるなかで、それでもお話を聞きたいという私は、ヨウツベで落語や怪談を寝る前に聞いて悶絶的な笑いをしてから深い眠りにはいっていきます。。


 でも、落語や怪談を聞いても、絵本を朗読してもらうという発想がなく、今回はじめて読書ボランティアをする保護者にまじり、まじで30年ぶりぐらいに読み聞かせてもらい、ああ、物語をつくるって、くるしいけど目指すだけの楽しさはある、と思いました。。

 なにをいまさらです。

 


 とにかく楽しさというのは皮肉なことに求めれば求めるほど遠ざかる面もあるんですね。

 読み聞かせを自分でも実践する機会を与えられ、改めて創作者になろうと思いました。

なるためには、どんな大変なことも受け入れようとも思いました。
 私にとっては物語に対する関わりかたはやっぱり、創作者であるしかないです。

 読むだけじゃたりない、本を紹介するなんて、他人におまかせしたい、まして聞かせられるだけっていうのも、つい展開に口をはさみたくなる。
 絵本といえども、聞いていると展開に「穴」があるよね、なんてつっこみたくなること数知れずで、こうなると、もう自分でやりたくなってしまう。
 そして私のめざす先は絵本ではなく、小説。


それとは、別にもう少し読み聞かせの楽しさを。


 自分の感性ではなかなか出会わない本に出会えるというのが醍醐味です。

 その本をえらんだ選者さんの感性も一緒に伝わってきてなかなかおもしろく、なかには、子供にしかわからないいわばトトロ的なお話があったり、自分が大人になってしまったことをダイレクトにつきつけられたり、切ない場面も。
 いづれにせよ、ボランティアを通して、子供たちの感性と好奇心に触れる活動をしていらっしゃる保護者の方には頭がさがる思いでした。
 私もはやくおもしろい物語を提供できる作家にならねば、とおもったしだいです。
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★ → まどかめ文庫