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春雨物語(短編 10P弱 恋愛ファンタジー?)深大寺恋物語過去落選作!

 温かい日が続き、例年よりも桜の開花が早まった四月の初旬。

 けぶるような日差しの境内にその青年はいた。

 両手を合わせ一心に祈りをささげている。

 寺を訪れる花見客の喧噪が風に乗って聞こえてくる。

 青年には浮かれ騒ぐその声が聞こえないかのようだ。

 倉知景太、二十歳。

 大学生。二年前に母の離婚により母子家庭となる。

 願懸け相手は緒川紗里、十八歳。高校生。

 同じく両親の離婚により父子家庭となる。交際期間は一年半。

 

(まだ若いのに恋の願懸けとはねえ)

 本殿の中で報告書に目を落としているのは深大寺直属、縁結び任務をこなす精鋭の一人ハルサ。

 深大寺が恋愛成就に加護があると知られるようになってから雇われた神の使いだ。

人の願いをエネルギーとして、天候や術を持って縁結びを執行する彼らのような存在を人は知らない。この任務に就くものたちは生前寺から受けた恩に報いるため、人間時間で十年ほどこの任務に就く。

しかしハルサはそろそろ三度目の年期あけを迎えようとしていた。彼女には人間に戻りたいという意志がなかった。

長く他人の恋愛を取り持っていたせいか、それともハルサ自身、人に恋い焦がれるという感情を忘れてしまったせいか、それはわからなかった。

 ハルサはもう一度報告書に目をやった。

特別難しい案件ではないが、上層部は青年の願懸けを切実と判断した。

報告書の最後にこうある。

 基本的に両想い。

ただし二人の両親同志は今夏再婚予定。

つまり二人は恋人から義理の兄妹になる。

両親も再婚ならば、自分たちも恋人。

この四人が同じ屋根の下に住むことになる。

その事実に混乱し、紗里が景太と距離を置くようになった。

景太がこの寺を訪れるようになったのは、自分の努力だけでは解決できないと判断したからだ。

「さて、そろそろやりますか」

 彼女が本殿の中でつぶやいた。

と、景太がはっと顔をあげてあたりを見回した。

ハルサは慌てて気配を掻き消した。

時折やたらと勘のいい人間がいるので気をつけることだ。

任務はあくまでも秘密裡に執行しなければならない。

紗里は景太が好きだ。

だが家庭の事情で義兄妹になることに混乱が隠せず、景太と会うことをためらっている。

じっくり話しあう機会があれば、この二人の場合はすぐに落ち着くだろう。

 翌日の夕方近く。

深大寺敷地内のそば屋の暖簾をくぐる緒川紗里の姿があった。

その様子をハルサが入り口近くの席で見ていた。

今日は淡い桜色の着物姿でどこから見ても若い女性だ。

もっとも彼女の姿は人間には見えない。

彼女は任務のために実体化することも、人間の記憶を消すことも自由自在だ。

 ハルサは店を出た。

暖簾の下に立ち、けぶった春の空を見つめた。

するとみるみるうちにその晴れ間から雨粒が落ちてきた。

雨脚は強くなる。

通りを歩いていた人々は甲高い悲鳴をあげながら、あちこちの店に入っていく。

と、背後で戸が開く音がした。

顔を出しているのは紗里だ。

あきらめたような顔をすると、軒先に立っているハルサには気づかずに戸を閉めた。

雨を降らせて閉じ込めて、嫌でも二人の時間をつくる、というのがハルサの考えだった。と、そのとき。

「傘、おかししましょうか?」

 ふいの声にハルサは自分が声をかけられていることに気がつかなかった。

もう一度、声がして一人の青年がこちらを見ていることに気がついた。

 青年は傘をさしていた。年齢は二十歳前後。黒髪短髪に、切れ長の目が涼しい。

「え……」

 ハルサはいぶかしげに相手を見た。青年はおじけづく様子も見せずに

「雨、突然でしょう。傘よかったらどうぞ」

 倉知景太だった。

なんてことだ。傘を持っている。

「今日なんとなく降る気がして。よければほんとうにどうぞ」

 景太はそっと傘を差しだした。受け取れ。

ハルサの頭の中で声が命じた。

だがなぜか手がのびない。景太はハルサにはにかんだような笑顔を向けた。

「綺麗な着物ですね、濡れたら大変だ」

 そう言ってハルサの手に傘をにぎらせた。

 ハルサが何か言うよりも前に景太の肩に雨がかかる。

しかたなく軒先を譲る。

 景太はハルサと入れ違いに軒下に入る。

肩がふれ、雨のにおいと洗い立てのシャツのにおいがした。

「それ、次に会ったときでいいですから」

 景太はほほ笑むと、雨の中に立つハルサを残して背を向けた。

 その日、紗里と景太の二人はうまくいった。

雨に閉じ込められ長い話をした。

紗里は景太に説得されるような形で交際を続けることを承諾した。

ハルサは帰り道、紗里の頭上に桜の花を散らせた。

人の恋心を操る思いの花びらだ。

花びらには一目ぼれをさせる即効性のもの、相手をゆっくりと愛するようになる遅行性のものがある。

ハルサは後者を選んだ。

七日ほどで効き目が表れてくるだろう。

あの二人はもう一度恋に落ちる。

 あとはこれを返すだけだ。

何の変哲もない紺色の傘だが持ち手部分に持ち主の名が彫ってある。

名前入りの傘を返さないわけにはいかず、返そうとしているうちに六日が立った。

はやく返してしまいたかった。

傘を見ているとなんとなく落ち着かない気持ちになるのだ。

ふいに青年の顔が脳裏に浮かび、視界の隅にちらつく。

七日目の午後。

ハルサはまるで人間のように感情を支配されていることにはっとした。

冷静さを失っている理由はわかっていた。

今回の件で彼女がターゲットに関わりをもち、そのうえ傘まで借りてしまったからだ。それは、なぜか。

倉知景太が彼女の存在を認識できたからだ。

声をかけられたとき、彼女がとっさに反応できなかったのは人間には自分が見えていないと思っていたからだ。

だが、景太はハルサに気づいた。

次に会ったときにいいですから。

 景太の声が蘇る。

こちらの気づいていない気持ちにまで気が付く男。

ハルサは傘を睨んだ。

「傘を返せばそれで終わりだ」

 

 境内に柳桜の花がはらはらと散っている。

合わせた両手にも頭上を舞う薄桃色の花弁がふりそそぐ。

振り返った倉知景太は遅い午後の陽ざしの中で初めて会ったときと同じようにほほ笑んだ。

「見られちゃいましたね」

 ハルサは傘を差しだした。

「願いは叶いましたか?」

 景太は傘を受け取ると恥ずかしそうに頭をかいた。

「今日はそのお礼にきました。彼女とだめになりそうでしたが、うまく行きそうです」

 当たり前だ。ハルサは声に出しそうになるのをこらえた。

「あのときお店で彼女と待ち合わせをしていて、雨が降っていたでしょう」

 景太はハルサが姿を消してみていた一部始終を語って聞かせた。

「雨のせいでじっくり話し合いもできたし、帰り道で桜が咲き出したばかりなのに少しだけ風に散ってとてもきれいで彼女も喜んでくれて」

 景太はこみ上げる幸せを隠し切れないといった様子で語り続ける。

雨が偶然に降ったこと、つぼみの開いた桜が風で偶然に散ったこと、そのことで二人の距離がもとに戻ったこと。

その事情のすべてに彼女が関わっているのを景太は知らない。

知ってはいけないし知るべきではない。

わかっていたことだ。

自分は人間の世界に積極的に関わるが、その存在に気づかれてはならない。

なぜならそれは神の仕事だから。

人間が神に仕えるのではなく神が人間に仕えるという構図。

自分たちは目に見えぬ風の如き存在であるべきだ。

だが……。この男は風の存在に気がついた。

ふいに強風が起こり、無数の花びらが二人の頭上に降り注ぐ。景太はまぶしそうに目を開いた。

 その花びらの雨の中で景太はハルサを見た。

「あなたはいったい……」

 景太は思わずゆっくりと手を伸ばした。

その手が彼女の頬を包み込むようにして触れた。二人の視線が交差する女の瞳の中に花びらと風が舞っている。

 女はゆっくりと目を閉じた。

意識がたゆたう。

春の午後のまどろみのような日差しが瞼に蘇る。頬に感じる男の体温が胸を突き刺すほどに温かい。そのとき、男の声がした。

「名前を教えてください……」

 女は言葉を飲み込んだ。自分に名前はない。名は存在の許された証だ。自分にそれはない。あるとすれば……

「ハルサ。春の雨と書いて」

「きれいな名前だ」

 女は目を閉じた。その目じりに雨粒が浮かんで頬を伝い、景太の指に触れた瞬間、再び強風が吹いた。今度の風は立っているだけでよろめいた。一度落ちた花びらが空に舞い上がる。その花びらに紛れるように女の姿も虚空に掻き消えた。

「ハルサ…ハルサ…」

 景太は二度、三度つぶやくと、まるで夢でも見ていたかのように境内をあとにした。やがて針のような雨がにわかにふりだした。

その頃には、青年の記憶から彼女の存在はけぶりのように消えていた。

山門の陰から傘をさす男の後ろ姿を見送る淡い陰もやがて揺らめいて消えた。

 

 

 

★後書き

 

 

恋愛で、この文体ってどうなんでしょうね。。
なんか、違う感がありあり。
しかし、これ書いたの2年前?
キューピッドだけど、中途半端な隠密で、もう恥ずかしい!笑

精進しよう。。。
先が思いやられる作風ですね。笑