1月31日(日)死神と恋愛成就について

 

 死神が気になる。
 伊坂さんの小説に「死神の精度」がある。
 文章も構成もおもしろいけれど、肝心の死神の属する世界の背景が全く欠けている。
 ひらたくいうと死神がなぜ存在していて、彼らの組織と次元と人間界がどうリンクしているのかとか、どういう基準人間がで寿命が決定されているのとか、死神はいつからそんな仕事をしているのか、とか。
 いろいろだ。


 わかっているのは死神は人間の死期を操るというか、決定する(決定するのは上層部かもしれない)存在で、人智を越えた存在であるということだけだ。
 死が理不尽である以上、誰がその死を決定しているのかについて人は古来様々な憶測を立て、その何倍、いや何十倍もの想像力で死後の世界について天国や地獄というフィクションを世に排出しつづけた。
 故に、死神を考えるとき、死と兄弟である生についても考えざるをえず、なぜ人が生まれてくるのか、なぜ生まれる場所が選べないのか、なぜこんなキャラクターと才能をもって生まれてきたのか、その時代に生まれたのか、そして死んでいくのか、芋蔓式にフィクションのネタもとい、哲学的な問いは生まれ続ける。

 死神を考えると、彼らが属する生と死の境界(あわい)の世界があるのではないかとつい考える。
 すると、死と生がローテンションするとして、死んでから次に生まれるまで、猶予のような時間があるのではないだろうか。

とか、考える。


で、しばらくは「生まれたくないわ~、ちょっとここでバイトするわ~」とか、いう人々が出てきて、彼らが死神に配属されるんじゃないかな、とか妄想したりする。


 さらに妄想すると、その死神に追われつづける犯罪者がいるんじゃないいかとか。


 しかし、この妄想は一度行き着くところまで行って、断念している。
 というのも、死と生のサイクルの話はそれこそ神々の話、ひいては人間を支配するレイヤーの話になり、なにも生きている人間は神々だけに支配されているわけではないというごく当たり前の結論に達したからだ。
 死と生があらかじめ工場のフローのように決められたものであるならば、それを天国や地獄とせずとも、十分だろうと今では思う。
 と、何を言っているのかわからなくなってきたので、これはいづれ小説にしよう。


 というわけで、全然関係ないけれど、2年ほど前に深大寺恋物語文学賞に応募して見事落選した「恋愛成就のキューピッド」を主人公にした超短編があったので、それをさらすことにします。

 人間とはちがうレイヤーにいるまあ神の使い魔のような存在の話です。

 題名が、春雨(はるさめ)ものがたり。。
 なんちゅう題名じゃ。
 そりゃ、落ちるわ。。笑

 てなわけで、次回で。