12月24日(日)映画レビュー ルワンダの涙(05)

 

 この映画は1994年のルワンダ虐殺において、首都キガリにある公立技術学校で起きた事件をベースにしている。
 ほぼ同時期の05年に同じくルワンダ虐殺をテーマにした「ホテル・ルワンダ」と比較すると、こちらは現地に滞在していた白人の立場から描かれている。
 2作品で共通しているのは、学校、ホテル、どちらにも虐殺が始まったとたんにそこが「避難所」になったことだ。
 
 ルワンダ虐殺は1994年4月から7月まで続いたツチ族に対するフツ族の一方的な虐殺のことで、3ヶ月の間に全人口の十分の一である120万人のツチ族が殺害された。

 殺害方法はアサルトライフルではなく、マチェーテと呼ばれる手斧で惨殺するローテクなものだった。
 ルワンダの当時の人口は730万人で部族間構成は84パーセントがフツ族、15パーセントがツチ族、1パーセントがトワ族だった。 
 100日ジェノサイドと呼ばれる犠牲者は117万4000人にのぼり、時間あたりの死亡者は400人。分あたり7人が殺害された計算になる。

 1994年4月6日から始まる虐殺までは、ラジオによる扇動、政治運動などはあったものの、フツ族ツチ族は社会の中に混合し、互いが家族、近所、職場の同僚などとしてつきあっていた。
 しかし、4月6日以降、フツ族ツチ族虐殺を容赦なくはじめる。
 なぜ、こんなことが起きてしまったのか。
 ルワンダの虐殺を前にしたときに、まずはじめに思うのはこの疑問だろう。
 だが、その疑問は考え続ければ続けるほど、さして意味がないような気がしてくる。
 それよりも、虐殺が起きたときになぜ止められなかったのか、そちらのほうが重要なのではと思えてくるのだ。
 時が立てば立つほどそう感じてくる。
 だが、よくよく考えると、虐殺がなぜ起きたのかということと、虐殺をなぜ止められなかったのかという問いかけの答えは私の中で一つに収斂していった。
 
 ★ストーリー
 ルワンダ首都キガリの公立技術学校のグランドトラックを一人の少女が全速力で走り抜ける。
 引き締まった手足はすらりと長く、縮れた長い髪が風に揺れる。
 トラックの土は乾燥して黄色い砂ぼこりが上がり、生徒たちの歓声とともにけたたましいアナウンスが白人の青年の口からマシンガンのように続く。
 ジョー・コナーはイギリス人で海外青年協力隊としてこの学校にやってきた。
 ツチ族少女の名はマリー。わき目もふらず走り抜けるその姿が一瞬国連のトラックの影に消える。ジョーは場所を移動して彼女を追いかける。
 生徒の歓声、拍手とジョーのアナウンスをいつものことと、無視を決め込んだ青いベレー帽の国連監視団の兵士たちが黙々と武器の点検や作業をしている。
 マリーがゴールをするとジョーのハイテンションに子供達が笑う。
 「おかしな先生」と。
 1994年4月5日。
 ルワンダ大統領暗殺の一日前だった。
 
 事務室の前で老人と言っていい男性が電話線を見つめていた。
 クリストファー神父だ。白人男性だが、ルワンダに30年以上も住んでおり、現地語にも堪能だ。

 電話が通じないことは以前にもあったので、だいたいの何が起きたのかは予想がつく。
 ゆっくりとした足取りで外にでると、赤茶けた土の上で草をはんでいる山羊のそばに電話線の先がが落ちていた。山羊に食べられてしまったのだ。

 神父は笑いながら、肩をすくめた。
 
 学校の外の未舗装のでこぼこ道をジョーと学校のスタッフが車で走る。

 街の外は下水の臭いがひどく、人々の喧噪に満ちている。
 と、前方で人だかりができている。車が止められたので、外をのぞくとツチ族が地面に引きずり倒され、武装したフツ族民兵になぶられている。
 車を停められたジョー達に民兵が近づいてきた。
 運転席のスタッフがフツ族の身分証を見せると、やっと通行許可が降りた。
 フツ族ツチ族に対する抑圧は日に日に悪化をしていたが、それでも和平協定が結ばれ、事態はよくなるはすであった。学校には停戦監視団が駐留するおかげで、平静を保っていた。
 しかし一歩学校の外にでると、こうして一触即発の情勢が待っている。
 民兵らはツチ族のリストを作成していた。あれでいったい何をしようというのか、ジョーにはわからなかった。
 そこにテレビクルーを乗せた車が通りかかった。
 ジャーナリストのレイチェルはうんざりした顔でビールを買うと、ジョーにぐちった。
「さきほど、フツ族が乱入して、ツチ族をナタで皆殺しにしたわ。共存を期待したいけれど、ワインのブレンドのようにはいかないわね」
 レイチェルの顔は蒼白で疲れて切っていた。

 そして、ついに運命の4月6日がやってきた。
 大統領が暗殺され、護衛についていたベルギー人からなる平和維持軍も10名が虐殺された。
 町ではラジオから流れる宣戦布告とともに、フツ族ツチ族に対する虐殺が始まる。
 人々が助けを求め、平和維持軍の駐留する学校に押し寄せてきた。そここそが安住の地だと思って。
 だが、国連軍には武器使用が認められず、最低限の装備しかない。
 
 国連軍が宛てにならないと知ったジョーは危険を省みず、テレビクルーのレイチェルに会い、世界に向かって助けを求めようと思いつく。

 だが、レイチェル達テレビクルーと学校に戻る最中に民兵に囲まれ、車から引きずりおろされる。
 ジョーの目の前に血のついたナタを振り回す男達がおり、泣き叫ぶツチ族を林野中に引きずり込んだのが見えた。
 レイチェルに「見るな」と言われても顔を向けてしまうジョーの視線の先で、男達はツチ族の男性をナタで撲殺する。
 それも何度も。何度も。
 と、そこに見慣れた学校のスタッフであり、友人が笑いながら現れる。彼なら言葉がわかる。
 助かった。
 極限状態の中、声をかけようとしたが、その友人の手には血のついたナタが握られていた。
 言葉を失うジョーの隣で、必死にレイチェルがテレビクルーであることを身振り手振りで伝えている。
 やっとのことで解放してもらうが、ジョーの頭の中は混乱と恐怖の中、学校をぬけ、血のついたナタの握って笑っていた友人の笑顔が脳裏から離れなかった。

 つい数日前までは、学校で冗談を言い合っていたのに。

 避難民で学校が膨れ上がる中、ついに援軍のトラックが到着するが、救出するのは白人だけだった。

 ジョーと神父は残るが、ついにベルギー軍の撤退も決定してしまう。
 軍が撤退すれば、学校の外でナタを片手に虎視眈々とこちらをねらっているフツ族が侵入してくるだろう。
 ツチ族のある父親が軍の大尉に「せめて子供達を銃殺してくれ。ナタで殺されるよりましだ」と頼むが、聞き入れられない。
 ジョーは恐怖のあまり、ベルギー軍と避難する道を選び、マリーは失望する。神父だけが残る決意をし、子供達だけをトラックの積み荷としてごまかし、避難させることを思いつく。
 神父が去ったあと、学校にはフツ族民兵が押し寄せた。
 神父もまた、検問で命を落としてしまうが、マリーは神父が時間かせぎをしている間にトラックから降りて子供達を逃がすことに成功する。
 トラックの下をそっとのぞくと、神父が撃たれて倒れたところが見えた。マリーはトラックに背を向けて全速力で走り出す。
 
 ★レビュー
 なぜこれほど大量の虐殺が起きたのか、という問いには問いが二つ隠されている。
 一つは虐殺が起きた根本の原因は何か。
 一つは虐殺が拡大していった原因は何か、だ。
 一つ目の問いのヒントはルワンダの歴史にある。
 第一次大戦後、敗戦国ドイツの植民地であったルワンダベルギー領になった。
 ドイツ時代もベルギー時代も間接統治という形をとられ、ツチ族フツ族を支配するという形態がとられた。
 ツチの外見はフツに比べ西洋人ににているという創造された民族の違いを植え付けら、二つの民族はこのときを境に溝を深めはじめ、1930年代以降はIDカードに部族名の記載が義務化され、階級の固定化が進んだ。

 1959年のルワンダ革命により、民衆蜂起が発生。
 ツチ族エリートの虐殺と追放があり、フツ族支配の政府が完成。
 以後10年間ツチ族の虐殺が続く。
 隣国のウガンダブルンジ、ザイールに避難する人々が増え、やがてこれがツチ族組織であるRPFルワンダ愛国戦線となり、1994年7月まで続く虐殺を終わらせるツチ族主流の反乱軍になる。
 フツ族ツチ族には植民地支配時代の根深く人工的に作られた差異があり、支配・被支配層をなしていた。
 そうして長い間には互いの民族が混じり合い、隣人となり家族となっていたにも関わらず、水面化では「歴史」が互いにたいする憎悪を駆り立てられていった。
 こうした状況であれば、残念ながら先手必勝皆殺しをもって、優位に立とうとする発想となるのはごく自然な流れだ。
 間接統治、つまり少数エリートツチを使ったフツ支配という西洋諸国が絡んだ歴史をふまえるといまさらながら両者が和平を結ぶことがいかに困難であるか想像はつく。
 だが、そうであるからこそ、二つ目の問いかけがある。
 虐殺の火種があるのなら、どうすればそれが拡大するのを防げたのか、だ。
 はっきり言って、それは第三者の圧倒的な武力でしかない。
 つまり、国連ということになるのだが、その国連、背後のフランス、イギリス、アメリカが全くルワンダ国益を見いだせなかったことから、軍を撤退し、虐殺が広がってしまった。
 虐殺は結局、ルワンダ内の一方的虐殺から、内戦になり、集結した。だが、国連がもっと早く動いていれば虐殺は拡大しなかった。
 しかし、アフリカの片隅の黒人同士がはじめた「けんか」に命をかけるほどではないと、国連は判断したのだ。
 学校の外でナタを持った民兵たちが待ちかまえるなか、国連のトラックが白人だけを乗せて、走り去る。
 走り去るということは学校に残された2000名のツチ族は見殺しにされたということだ。
 
 人間はたやすく自分と仲間と他者と見も知らぬ他人に線引きを行える。他者への無関心、これがルワンダで起きた「私たちの物語」だ、と言ったのは当時のPKO司令官であったロメオ・ダレールだ。
 うんざりするほど、聞き飽きた人間の人間に対する無関心に関する言葉だ。人間は自分に関係がないことは、簡単に無視してしまえる。
 だが、世界がこれほど狭くなってしまった以上、世界の反対側で起きたことを無視してしまうことは、やがて911のようなテロリストを引き起こすことになると、氏は言う。
 当然だろう。
 だが、人間が世界の反対側で起きたことを関心にするというのは並大抵のことではない。
 たとえば、ホテル・ルワンダで避難住民を1200名救ったポール・ルセサバギナ。
 そして、国連が無力であり、目の前で助けるべき人民を救出できなかったロメオ・ダレール司令官ほどの人物ならば職務上、その責任があり、職務その中に人々の救出が何をさしおいてもあるだろう。だが、私たちには、それがあるのだろうか。
 もちろん、あるし、「ない」と言う人がいたら、ある、と説得するべきだろう。
 だが、説得したあと、どう行動できるのだろう。
 ダレールは、意志と行動が必要だと言う。
 意志というのは、他者への「道徳的想像力」であり、行動というのはつまり「予算をつける」ことだ。単純に言ってしまうとこの2つが重要だ。
 どちらが重要かといえば、意志になるだろう。
 世界の反対側に住む人類を同胞をみなし、手をさしのべる想像力だ。

 だが、その想像力があったら、そもそも虐殺は起きないのではないだろうか。
 人類、ヒトという種は、それほど平和的な生物になることができるのだろうか。
 おそらく、不可能ではないのだろう。
 ルワンダの物語を語ろうとした人々、そしてダレールやポールのような人々がいるのだから。
 だが、果たして自分はどうだろうか。
 「身内」という言葉ではなく「同胞」であるという意識を広げることは、意志の力でできるのだろうか。
 私には意志ではなく、必要なのはもっと違うことのような気がする。
 歴史がそれを残念ながら証明しているのではないだろうか。