1月9日(土)アメリカン・スナイパー(14)

 

 調子が戻らず、胃のあたりがぐるぐるします。
 休日出勤しようと思っていたのですが、明日が本番のバイトが入っているので、今日無理をするとなあ、と思いとりあえずリハビリのために起きあがりました。


 調子がまったくでません。


 ただの月経前症候群、PMCもといPMSだと思っていたのですが、慣れない仕事のストレスもあったのかもしれません。
 そして昨日、上司から私の仕事を半分片づけてくれたとメールがありましてですね、本当に申し訳ない気持ちになりました。
 それなのに、いまだ回復しないという。。


 体が元気じゃないと、とたんに仕事も辞めたくなるのですが、ここのところずっと米軍SEALsの精神論みたいなものを読んでいたら、鬼軍曹の「おまえらクズだ! クズ並の根性を見せて見ろ、俺は期待していない!」(こんな台詞は軍曹殿は言いませんが限りなく近似値)が響いてきて、あ、頑張れそう(ばか)とか思いました。
 ゴキブリ並に生きて何が悪いとか思ったり、はたまたSEALsの「勇気、愛国、強さ、決意の堅さ、敗北を受け入れない頑固さ」とかいいな、などと思ったり、さんざんでした笑


 体力ないくせに、まっちょな考えすきなんですよね。
 あ、本気で走り込みとかしたら、すぐ吐きますが笑

 

 というわけで「アメリカン・スナイパー」
 
 ストーリーは、イラク戦争に計4度従軍したクリス・カイルの伝説的スナイパーとしての活躍、それに伴うPTSD,家族との危機、そして除隊後の死までを扱っています。
 彼はその特異なスナイパーとしての射撃精度から米軍至上最多の160人を射殺した伝説として、軍からも市民からも尊敬の念を集めていきます。

 と、同時に長い従軍生活から心を病むようになり、アメリカ本土の日常生活でも支障をきたすようになります。
 それでも救えなかった仲間のために、戦争に行くという決意をしたクリスを献身的に支えようとする妻タヤ。
 クリスはやがて敵からも懸賞金をかけられるようになり、敵側のスナイパーとも因縁の対決を迫られます。
 周囲では仲間が失明したり、死亡したり、従軍した弟も心を病んでいきます。
 家族の腕を振り切った四度目の派兵時、クリスは大切な仲間の敵討ちの相手である敵のスナイパー「ムスタファ」の狙撃に成功します。
 その後クリスは軍を除隊。
 PTSDを煩いながらも医師のすすめから傷痍軍人たちとの出会いを通して、少しずつ心が回復していきます。
 しかし、ある日退役軍人の一人から射撃訓練の最中に殺害されてしまいます。
 エンディングではクリスの葬儀のために集まった大勢のアメリカ市民たちが沿道に延々と列をなす光景が写されます。

 

 ★レビュー
 クリント・イーストウッド監督によって、映画化された故クリス・カイル著の「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」
 物語は終始徹底的に米兵の心境によりそう形で描かれています。
 もともとは9・11のアメリカ同時多発テロを受けての、対テロ戦争の一つの帰結であるこのイラク戦争
 貿易センタービルにジェット機が衝突した映像は私にとっても今でも自分がどこで、いつ見たのか鮮明に覚えている衝撃的な体験でした。 
 ただ、そのあとに続く共和党主導の「売られた喧嘩は買う。しかも3倍返し」の指針が「正しかった」のかどうかはいまだに検証が追いついていません。
 たとえば、そもそも自国のジャンボジェットをハイジャックされて、ビルに衝突されるほど、あなたなにをしたの?という議論が当然あるわけです。
 それはね、アメリカがグローバル資本主義経済の行き過ぎを是正しなかったからだ、という答えじゃないような答えがありますが、やはりそれははじまらないのですね。
 世界の大きなうねりの中で、否応なく生まれてしまった歪み、その帰結が9・11であり、ビン・ラディンを生んだのがアメリカであり、また殺したのもアメリカだった、という時、それは巨視的なものでしかなく、それは戦いがはじまってしまい、当事者になった人々にとっては背景でしかないのです。
 この映画をみたとき、映画としてはわかりやすく、感動的でも、一抹の不安があるのはこれにたいする問題提起が不在だからです。
 本当は9・11という喧嘩を売られた理由を検証しなければならないのに、それがあまりに難しくて喧嘩が始まってからの(正しくは喧嘩かどうかさえもわからない。

 アメリカの戦力比とイラクのそれを比較したらいじめと言ってもいい)当事者の「懸命に生きる仲間意識」「戦争を乗り越えた家族」にのみ焦点が当てられている。
 ふいに、そんなふうにうがった考えが頭をもたげましたが、そうじゃないと信じたい気持ちもあってこの映画を見終えました。

 

 というのも映画上映のタイミングを考えたからです。
 イラク戦争からほぼ10年以上が経過しました。
 たとえば、この映画でも描かれているイラク従軍兵士のPTSDというテーマであれば、先週レビューした「勇者たちの戦場」(06)がありますし、おそらくこのテーマで描かれた映画はほかにもあるでしょう。
 ですが、まさに戦争の加害者であり被害者である兵士の視点で描くことは、誰からも異論がない分受け入れやすく、戦争が終わったばかりのころはそれさえ理解されない分、報道の意味があった。
 さらに9・11から時間が経過していなければいないほど、戦争を憎み、それでも自国民と家族を守るための兵士の英雄的行動が美化されやすかったと思います。
 実際、人間が一番身近な人間関係と国家を守ること以上に大事なことなんてないからです。
 それでも、時が流れ否応なくテロと戦争の危機が風化するに従って、なぜあの戦争が起きてしまったのか、少しでもそれを考えなくてならないのだと個人的には思いました。
 つまり、喧嘩をなぜ売られたのか?
 このクリント・イーストウッドによるクリスの描き方は国家と正義と家族と仲間を守ろうとした勇敢な男の物語です。
 とはいえ、彼がSEALsに入隊せず、戦争がなければただの気のよい典型的なアメリカ人で終わったかもしれないのです。
 映画のエンディングで、彼が不慮の死を遂げたとき、沿道に彼を弔う長蛇の列ができます。星条旗を掲げ、彼のプラカードを持つ多くの人々。
 彼が英雄となった戦争がいったいなんだったのか。
 愛と勇気と正義の物語ではない、もう一つの物語を私たちは見定める時が来たのではないでしょうか。