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1月3日(日)結婚 子供 選択 戦争

 

 お正月も終わりですね。
 今日は、一週間ぶりに指圧に行けたので、肩こりも解消して元気です。
 年末からお正月にかけて自宅でゆっくりしました。
 初詣も行かず、行かないことさえなんとも思わなくなってしまったのが今年。
 30年も初詣で行っていると、なんかこう飽き飽きしてくるというか。
 さて、今年の4月で34歳になってしまうのですが、あいかわらず婚活もうまくいかず、なんだかな、とは思いますが、今年をどうするのか胸に手を当てて考えてみました。

 

 本当に、結婚したいのかなって。


 そう考えるともちろんしたいんです。

 でも、結婚って相手がいて、子供ができたら、子供にも責任をとらなくちゃいけないし、私はやっぱり小説でご飯を食べていきたいし、経済的に自立していたい。
 そう考えると、今の経済的基盤が役人である以上、結婚できないし、したくないな、というのが本音です。


 結婚って、基本的にどうしても相手がいて離れてしまうという事態があれば、せざるを得ないのかもしれませんが、自分で独立したいなんて考えていると、どうしても経済的な自立が先かなと思ってしまいます。
 たとえば、寿退社をしたとしても、育児、子育てを優先することは、私にはやっぱりできないなと思います。
 やっぱり、自分が自分でいるために、他者とうまくやっていくために、自立が私には必要で、そうするとそんな私に都合の相手はやっぱりいないんだな、と納得するしかないのです。
 本屋さんにいくと、けっこうインテリアや料理の本を見てしまいますが、その豊かな生活を支えていくためには自分も仕事をしていたいし、その仕事は役人ではないのです。
 
 でもですね、私の文学的体力がないせいで、やっぱり今は読んで書いての比重が生活の中で重くて、誰かと向き合う余裕がないんですね。
 そう考えると、一般的には結婚しなくちゃと言われても、相手のことを考えるとやっぱりできないし、自分のことを考えてもできない。
 なにか、いい方法があるのかなと考えますが、見あたらないのですね。
 
 つい、一昨日父の友人が里帰りしており、うちに遊びにきました。
 某大手の劇団の俳優さんなのですが、うちの親父と遊びでバンドをやってる仲でたまにお会いします。
 Hさんとしますか。
 彼は離婚をして、つい先日再婚をしたばかりなのですね。
 で、そもそも離婚の原因というのが、劇団につきものの長距離遠征からくる心身両方のすれ違いにあったわけなんですが、お子さんが二人もいるんですね。
 でもお父さんがあちこち行脚しているうちに、お定まりの夫婦間冷戦がはじまってしまったのです。
 今となっては夫婦どちらにも非があったにちがいないのですが、そもそも俳優という仕事がどんなものなのか、よくよく考えた上で結婚すべきだったとしか言えないのです。
 俳優のような短期決戦にむけての全力疾走を旨とする仕事で、家をあけることは茶飯事ですし、それを夫婦互いが理解したうえでないと、おそらく家庭なんて築けるはずがないのだと思います。
 Hさんが芸能界で生きている以上、一時的に家庭を忘れるほどの没頭を必要とすることは容易に想像できますし、私もだからこそ、芸術の徒が家庭を築くことは並大抵のことではないと思います。
 まあ、私がこんなことを言うのもかつて私が俳優さんとおつきあいしていたからなのです。彼も離婚をして子供が二人いました。
 ふつうのサラリーマンの家庭であってもいざこざがあるのに、生活力が不安定でかつ全国行脚という距離のハンデを考えると、よほど二人が協力しあって家庭を経営していかなければ、成り立つはずないんですよね。
 なんかですね、母が私に「結局、積み上げることのできない人間なのよね」
 と、言った一言が耳に痛かったですね。
 これは昔の彼が言っていたことなのですが、一つの作品を作るのはオールスターで試合をするようなものらしいです。
 一人一人が個性に富んだプレイヤーであり、仲間であり、ライバルという構造のなかで、その作品のためだけに召集がかかり、その間は恋人であり、敵であり、家族であり、親友でありる俳優たち、しかしそれが終われば、また次の作品(物語)にむかって解散するという。

 

 まあ、なんというかサラリーマンの数年に一度の異動のレベルと比較できないほどの脱構築の繰り返しの中で生きている彼らにむかって「積みあがって」いかない人間関係は当たり前なのではないかと思います。
 まあ、逆にいえば、彼らにとって家庭を軸にしていかないと、人間関係は何も積みあがっていかないとも言えます。
 
 きれいごとかもしれませんが、私は彼との短いおつきあいのなかで、このふつうでない生き方を少しだけ肌に感じました。
 だからこそ、私はそう簡単に結婚が考えられないのです。
 いや、したいのはやまやまですけどね。
 子供すきだし。。
 
 そんなときに、妻の鑑みたいな映画をみました。
 昨日みた「勇者たちの戦場」という映画です。
 サミュエル・L・ジャクソンの演じたマーシャル医師の奥さんなのですが、まさに妻の鑑でした。。
 
 この映画はイラク戦争に派兵された兵士や医師が戦場でトラウマを負い、アメリカの日常生活に破綻を来す姿が描写されています。
 サミュエル扮する医師もまたイラクの惨状が精神に尾をひき、アル中の手前まで行き、最期には自殺寸前まで追い込まれます。
 しかし、その時奥さんが「あなただけがつらかったと思っているの?」
と、まあお定まりのせりふを言うのですが、ここからがすごいです。
 奥さんは従軍するといった夫を快く受け入れ、帰宅しない夫のかわりに子供たちに父の存在を毎日のように話し、仕事も夫が不在のために子供たちと長くいられるように転職します。そのほかにも戦争の報道があるたびに胸を痛めますが、派兵の時期が延びてもそれに文句も言いません。
 こうした行動は妻であれば、あたり前かもしれませんが、実際に優秀な夫が大儀をもってイラクに戦争に行くといえば、その間家庭をしっかり守ることはどれほど大変だったことか。
 口で言うのは簡単ですが、彼と家族のために、奥さんはめちゃがんばっているわけですね。ある意味自己犠牲と忍耐の連続というか。

 でもまあ、夫婦ってそこまでやらないと壊れてしまうんですよね。
 映画に限らず多かれ少なかれ、夫婦ってこういう曲面にたたされることがあるでしょうし、そのときにどちらかが我慢することだってあるんですよね。
 でもそのときに、あきらめずに話しあい続ける。
 それができるうちは、相手に愛情があるんだなと思います。
 この映画に関しては、最期は主人公の症状が快方に向かうのですが、実際はそんなに簡単なものじゃないな、と思います。
 とにかく、理想的な夫婦というか妻のあり方を見たのですが、まあ、逆のパターンだってあるんですよね。
 妻がめっちゃ働いていて夫の2倍稼ぐ場合だってありますし(うちみたいに)そうなると、支える側が逆転するのですが、でもどちらにしても、夫婦は支え合うものなんですよね。
 私はほんとうにいまだに自分のことしかできなくて、いろいろ無力感でいっぱいの毎日です。
 それでも、好きなことで食べていくと決めたからには、目先のイメージだけで家族や結婚に飛びつくことはできないのです。
 母のいうとおり、家族を経営できなかった男性を、私はやっぱり心底信頼できないし、自分が女性としてそうなるくらいなら、はじめから結婚せずに孤独に死んでいったほうがましです。
 いや、寂しいけど、責任をとれずに自分勝手に子供や夫を悲しませなくはないのです。やっぱり、全力で愛したいのです。
 そのためには、好きなことを仕事にしたいのです。