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12月30日(水)映画レビュー:ゼロの未来

 

 いや、ほんとぜんぜんよくわかりませんでした。
 わからないからっておもしろくないかというとそうじゃないんですが、 この映画のおもしろさって、シーンにあるのかなと。
 シーンのおもしろさなのかなと。

 

 ★ストーリー


 コーエン・レスは初老のサラリーマン。
 世界的企業マンコム社・存在意義リサーチ部勤務の天才プログラマ
 ちょっぴり、ビョーキ
 一人称を「我々」と言い、人生の意味を教えてくれる電話を待ち続けながら、自宅でも会社でもパソコンのコンソールの前に座り続ける毎日。
 であるならば、在宅勤務でも一緒ではないかとマンコム社のトップ・マネージャーに言い寄る。代替案としてマネージャーから言い渡されたのは、「ゼロの定理」を解読することだった。
 コーエンの直属の上司であるジョビー曰く、3週間で発狂するというその任務をおおせつかった彼はその日から荒廃した教会にこもり、式の解読をはじめる。
 式といってもパソコンの画面上では三次元のパズルになっている。
 当初は本気になってとりくむコーエンだったが、1時間ごとにリロードの脅迫アナウンスがかかる。
 めげずに数ヶ月間リロードをするが数ヶ月がたち、ついには発狂しかける。
 そんなときかつて上司ジョビーのパーティで知り合った女性ベインズリーが看護婦のコスプレ姿で現れる。
 私の仕事はトラブルシューティング
と、なまめかしい態度で彼にすりよってくる。
 彼女との出会いで少し回復し、また式の解読にもどる。
 そんなある日、今度はティーンエイジャーの少年が彼のもとを訪れる。
 ボブ、と名乗る少年は父であるマネージャーからコーエンを助けるように言われてやってきたのだった。
 コーエンの出来の悪いプログラムを修正し、マネージャーからの監視を鮮やかに取り払う。
 そのボブから、あっさりとベインズリーがマネージャーの雇われ人だったと聞かせられる。
 信じない彼はベインズリーからもらった名刺のサイトにアクセスすると、彼女とコーエンだけが存在する夕暮れの南の島の浜辺が構築されたバーチャルリアリティにリンクしていた。
 あなたの行きたい場所に連れて行ってとベインズリーにねだられて彼が想像した場所は、ブラックホールがゆっくりと周囲のものを飲み込んでいく暗い宇宙だった。
 吸い込まれた二人は再び浜辺に戻される。
 ベインズリーはコーエンの孤独と絶望が計り知れないことだと感じ、彼を助けられると言うが、彼が無理に彼女をだきしめるとVRから放り出されてしまう。
 彼女の拒絶されたのか、その後サイトにさえアクセスできなくなってしまった。
 再び、無の夢を見始めるようになったコーエンの前に、ベインズリーが現れるが、彼女を拒絶してしまう。
 それをみていたボブは恋愛のトラウマを思いだし、引きこもってばかりの彼を外に連れ出す。
 だが、教会にもどるとボブは熱を出してしまい、彼を運んできた連中が彼を連れ去ってしまう。
 一人取り残されたコーエンは、教会中に監視カメラがついていたことに気づき、そのすべてを破壊してしまう。
 マネージャーからも解雇を言い渡され、コーエンは怒りから社の地下のメインマシンを破壊してしまう。
 しかし、数分たつと、マシンははずされた巨大なランを自動で接続しはじめた。だが、完全に修復したわけではなく、マシンにはひびがはいり、ついにメルトダウンを起こす。
 大爆発ののち、破壊されたマシンの内部をのぞくとそこには深淵なるブラックホールがすべての彼の記憶をのみこんでいた。
 彼は落ち込まないように背をむけるが、やがて思い直したように、みずからその穴に落ちていくのだった。

夕暮れの浜辺に彼はひとり、立っていた。
水平線に浮かぶ太陽に手をのばし、ビーチボールようにそっと放り投げると、太陽は水平線にゆっくりと沈み込み、やがてあたりは暗くなった。
そこはかつてベインズリーと出会った南の島の浜辺だった。

エンド

 


★レビュー
エンド、、なのか?
というところですが、思い直しました。
うん、これはきっと映像をみる映画なんだと。
話はなんとなく上のような感じで、心を病んだ初老の男性が、引きこもる課程で恋愛をしたり、親子ほどに年のはなれた少年と友情をつちかったりしつつも、最後は発狂し、そしてブラックホールの先の浜辺に至るというものです。
全体として流れをみると、よくわからないのですが、シーン、シーンでみると看護婦兼娼婦のベインズリーがかわゆかったり、コーエンのかかるプログラム上の精神科医がまさかのティルダ・スウェントン(キアヌ主演の「コンスタンティン」でガブリエル好演)ではないのか?と目を疑ったり、マネージャーが白髪染めにしたマット・デイモンじゃないですか?と、あれよあれよのビッグスターぞろい?と、驚愕するわけです。
キャラ的にはみんな立ってます。
だから、ストーリーとかいいんじゃないですかね。
みたいなことになります。
映像的には灰色の街にカラフルな雨合羽を来た街の人々があふれ、得体のしれないポップな60年代カルチャーっぽようなやっぱり近未来のような独特な景観です。
秀逸だったのは、ベインズリーのサイトにアクセスするときの着ぐるみをコーエンが着たときです。
めっちゃしぶいスキンヘッドの俳優クリストフ・ヴァルツが赤いとんがらし帽子のついた全タイ的な着ぐるみを着て、コンソールに座る不気味さといったら、それだけで一見の価値あるんじゃないでしょうか。
ここらへんは、モンティパイソンを彷彿とさせるデザイン。
さすがはテリー・ギリアム監督の「ゼロの未来」なのでした。
こういうおされな映画は恵比寿ガーデンシネマでフォアグラとか食べながらみるのがいいのかもしれません。。

 

備考:

 この映画で個人的にリアルさを感じたのはコーエンのサポート役として派遣される、ボブ少年。
 かれは15歳ですでに人生に退屈しているまあ、ハッカー的なプログラマーです。

 短期決戦に強いとう自負のとおり、コーエンをあらゆる角度からサポートしてくれるのですが、このボブが外にでただけで熱をだしちゃう虚弱なところとか、プログラミングに長けた少年がいらいらする監視プログラムをやっつけるときのF言葉の羅列なんかは、はっきり言って私の職場の後輩くんと全く同じでしたね。
 体が虚弱で生意気でプログラム構築がうまい奴は、ああいう言動です。
 リアルでした。