12月26日(土)映画 レビュー マッド・ガンズ(14)

 有料動画のレンタル期限がすぎて、結局最後まで見られなかった「ジュピター」そのかわりに観はじめたこの作品。
 同じ未来が舞台であっても、正反対の物語といえるかもしれません。
 そもそも「ジュピター」はSFアクション大作であり、ストーリーや設定を気にしなければその映像美のみでめちゃくちゃ感動する映画であります。
 しかし、映像だけを血眼になってみるというのは、意外なストレスを誘発するわけです。
 自分に「これは映像をみるんだ」「設定を批判するな」「穴だらけだと言うな」「見て、楽しめ」「あの逆噴射のスケート靴はなかなかいいだろうが」「タケコプターのように誰にも操れるものではないにしろ」「っていうか、なんで陛下?」「宇宙をある貴族が治めている?」「それって宇宙を舞台にする意味あんの?」「おいおい、批判はするなっていっただろ、これは純粋に空飛ぶスケートを」等々、自然に脳内でせめぎ合いがはじまってしまうのです。


 会議はつづきます。
「映像を無理矢理楽しもうとするのはやめようぜ」
「だいたい、がんばって映像だけを楽しむってどういう神経なんだよ」
「楽しめないなら、おまえが舞台を去るしかないだろ」
「そうしろよ、楽になるぜ」
「そうだ、吐いちまえよ。楽になるぜ。言えよ、この映画は駄作だって」

 

 私はもちろん、そんなこと言うつもりはないです。
 めっちゃ映像がきれいでしたし、何度もいいますが感動しましたよ。
 どんだけ手が込んでるんだって。
 ただ、長く見ることに耐えられなかっただけです。
 内容のないおとぎ話に。

 ときどきハリウッドはびっくりするような極と極のせめぎ合いのような作品をつくりますよね。
 というか、ほとんどがそれと言っていいのかもしれませんが、内容がおとぎ話で演出が世界最高のスペックという。
 おとぎ話というのはただの比喩なんで、要はストーリーです。
 ハリウッドって蓄積された技術と資金が巨大すぎて、卵を割るのに大砲を使うみたいなところがありますよね。
 こちらもそれがわかってるから、卵を大砲でわる映画を納得の上で鑑賞しようとするのですが、精神的に余裕がないときは脳内会議で諮問にかけるまでもなく、我が弾劾裁判官兼ワンマンCEOが会議そのものを閉会させちゃうんですね。
 やめちまえ! と。
 
 そういうわけで、このSF超大作「ジュピター」は途中下車になりました。
 替わって、「マッド・ガンズ」

 

 すごいです。かなり、何もおこらない話です。
 ガンズではありますが、ガンズではなくてナイフでもよかったのではないかというくらい、地味なアクションですが、逆に視界によけいなCGがなくて、見続けることができる。
 ゆるやかな映像に、無理のない展開。
 荒野、荒野、荒野。
 それほど展開が気にならないのに疲れないというだけで、見続けてしまう。
 そして、「なんか、意外によかった。けっこう好きかも。少なくともジュピターよりも100倍は好きかも」みたいな感想を持つに至りました。以下レビューです。

 

 ★ストーリー
 近未来。
 干ばつが続き、荒廃した土地には草木一本生えていない。

 人々は都市に集中するが、荒野の一軒家で自らの土地でいつか作物を育てようと頑固にいきる中年おやじがいた。
 男の名はアーネスト。

 家族は長女のメアリーと14歳になる長男ジェローム。妻は都市の病院に入院中。
 アーネストは政府からの配給物資を昔ながらのロバで険しい荒野を抜けて水源の掘削作業員達に運ぶことで生計をたてていた。

 長男ジェロームは父親とともにその仕事を手伝うが、ある日ロバが荒野で転び足を骨折してしまう。骨折イコール死であるため、アーネストはロバを安楽死させる。
 ロバを失ったアーネストは借金をして自立型のロボットを購入する。

 荷台のついたマシンは四足歩行で前方にカメラが搭載されている。そのカメラで主人の後をついて険しい荒野をぬけていく。
 荒野では貧しい人間が赤ん坊や妻をネタに物乞いをしているが、アーネストは自分が借金をしてでも彼らに金や水をめぐんでいた。
 しかし、そんなとき長女のメアリーが近在の青年フレムに恋をして、家出をしようとする。

 評判のよくないフレムとの交際を許そうとしないアーネストとメアリーは激しい口論になる。
 そんな折り、仕事の要であるマシンが消えてしまう。一方で掘削場現場から配給物資が盗まれるという事件が起きる。
 アーネストはマシンを探すために単独で掘削現場に行くが、依然より互いに反感をいただいた掘削現場の男にアーネストは疑いをかけられ争いになる。
 実はマシンと掘削現場の配給品を盗んだのはフレムだった。

 彼は野心のためにアーネストを荒野で殺害し、マシンに瀕死のアーネストをくくりつけて歩かせ、マシンが殺しをしたように見せかけた。
 父親の死を知ったジェロームはマシンを憎むが、やがてマシンに残された映像を見て、真相を知る。
 ジェロームは今や姉の結婚相手であり、アーネストの代わりとなって農場を経営するフレムに復讐をはじめる

 

 ★レビュー
 何度もいいますが地味な話です。
 近未来ものとは言いますが、徹底的に荒廃しているかと言えば、物語の舞台はルート66のような地平線まで荒野だぜ、というようなある意味現代アメリカと地続きどころかそのままの世界観です。
 物語もアメリカの田舎でかたくなに農場の再生をしようとする北の国からともいえなくもない。
 そんな舞台で、フレムという一人の青年が野心を抱き、殺人を犯し、さらにその家族をだまして一家の長におさまります。
 父親を殺されたジェロームはそのフレムを荒野に誘い込み、ロバが物語の冒頭で足場の悪さから骨折したように自滅させます。
 そこでジェロームもまたフレムを殺害するのですが、映画がはじまって以来、何もできないイラスト描きが趣味のこの少年が、クライマックスにフレムを殺害するシーンは必然そのもので説得力があります。
 というのもフレムが人の父親を殺しておきながらいいわけをするわ、物乞いをするわ、ほんとうにいけ好かないせりふを連発するからです。
 自分がいい思いをするためならば、人の命など、の世界です。

 それはアーネストが借金をしてまで人を助けようとした道理にまっこうから反するものでした。
 ジェロームはフレムを荒野で殺害しますが、何も知らない姉のメアリーには最後まで何も言いません。
 彼を愛しているのだから、何をいってもしかたないのでしょうが、物語のラスト、ジェロームがマシンのデータをすべて消去したことからも、彼が墓場まで姉の夫を殺害したこと、夫が父親を殺害した真実を持って行くことは明らかです。
 物語は乾いた風がふき、二人の食事の席上にカーテンがはためくところで終わります。
 その余韻は映画をみた、という派手な充実感とも違い、ただ静かな共感の物語であります。

 

 ★備考
  この物語、マシンは重要なキーなのですが意志というものがなくひたすら運搬器具でしかないのです。

 しかし四足歩行で重い荷物を主人のために運び、ものを語らない姿、そしてロバのように死なない不死身の体はなんともいえず頼もしい。

 マシンはへたにしゃべらないようがずっと人間に愛されるのではないか、と思った瞬間でした。
 くらべるのなんですが、自販機とかで「まいどおおきにー、今日もがんばってな~」と機械音で言われるの、逆に疲れませんか?