12月12日(土)伊豆の保養所にて(前半)

 

 えー、この回では我が家にふりかかったテンションさがる出来事が霊的現象(憑依)と精神病(ヒステリー)のどちらだったのかを語る回です。

 前々回の映画「CURE」で語った凶器と癒し、それを誘発する言葉の問題から思うところを述べます。 

 

 えー、じゃはじめます。

 

 好転反応という言葉がある。
 これは、治療の課程で発生する症状が、一時的に悪化、もしくは快方ではなく悪化しているように見える現象を指す。
 わかりやすい例で言うと、肩もみをしたあとに体がだるくなって眠くなって活動できなくなるとか、カウンセリングの初期で情緒不安定になるとかいうあれだ。


 ちょっと卑近すぎたらすみません。


 私はむち打ちの後遺症がひどく鍼灸治療をしたことがあるが、これなんかは好転反応の言い例だ。

 施術をされたあとは、半日だるくてやる気が極端に減退するが、翌日から1週間はめまい、はきけ、だるさを忘れたかのように快調になる。
 というわけで、治療の課程で一瞬ガクンと症状が悪化するように見える(事実悪化し、その後あがる)症状を好転反応という。
まあ変化に対するショックのようなものだろう。

 なにが言いたいかと言うと、CUREで起きたこと、そしてこれから話すこともそういうことだったのではないかということだ。

 で、やっとこの話。
 我が家に起きた身も凍るめんどくさいお話が以下です。

 

 

伊豆の保養所にて(前半)

 かつて伊豆半島の東側、山の中腹に母の勤める企業の保養所はあった。
 いまはない。

 私たちが12年前に泊まったその半年後に閉鎖されたのだ。
 21世紀に入って間もない頃から、そうしてその企業の福利厚生施設は一つ一つ閉鎖されていった。
 母が去年まで勤めていたキリンビールという会社は全国にいくつもそうした施設を持っていた。
 京都の保養所は、京都の観光スポット鴨川のど真ん中という立地で、素泊まり2000円だった。

 1000円を追加すれば、すばらしい朝食がついた。

 その保養所も今はない。

 今から数年前、私が泊まったその翌年に閉鎖された。

 母は去年の10月に40年近く勤めたキリンビールを退職した。
 定年の一年前のことだった。
 キリンビール栃木工場の一期生として、総務課でガイドを勤めたあと、営業職に抜擢され、まさに馬車馬のように働いた。
 子供の頃、母と夕食をとったことはない。
 それが不思議だと思ったこともなかった。
 父が公務員で、祖父母がいたので私と二つ下の妹は鍵っ子だったこともなく、父よりも遅くかえってくる母の存在は我が家の日常だった。

 私と二つ下の妹は父と母の共働きのおかげで東京の私立の大学に通うことができた。 とても父の収入だけでは無理だったろう。
 何しろ母の年収は父の1、5倍はあった。
 もちろん、飲み会や接待で深夜まで帰らない母を支えた父の存在も大きいと他人はいうかもしれないが、なんでもやりたいことにお金をだしてくれた母の存在は私と妹にとっては父以上の存在だった。

 そんなキャリアウーマンの母だったが、要領は悪かった。
 母の仕事のやり方は要領とは正反対の時間と労力をすべてに投入するというひとり人海戦術のようなものだったのだろう。
 その当時も二泊三日の旅行に行くためにワゴン車荷台いっぱいにものを詰め込み、その準備に三日もかけていた。
 それも父と母の二人分だけでだ。

 

 栃木から伊豆という関東近辺の旅行であるにも関わらず、深い車の轍ができるほどの荷物を詰め込んでその旅行は始まった。
「まるで夜逃げだな」
 家をでるとき、祖母があきれて言ったのを昨日のことのように覚えている。
 もっとも今でも家族で旅行と言えば、母は同じことをしているのだが。

 その日は鎌倉を見て回った。
 真夏の日の照る観光地である鎌倉はどこも混んでおり、静かなたたずまいとは無縁だった。

 夏休みだったのだろう。

 麦藁帽子をかぶった子供達やレースの日傘を指した婦人達と何度もすれ違った。
 美術館を見て、伊豆の保養所についたときには日がすでに落ちていた。

「海見たかったのに!」
 宿泊先の保養所に向かう伊豆の山道は暗かった。
ほぼ宵闇に落ちた山道を上りながら、私と妹は愚痴をこぼした。
「保養所についたら、すぐ行けるさ」
父ののんびりとした声が運転席から聞こえる。
「でもその保養所がまだじゃん!」
 一日中車に乗りっぱなしの上、鎌倉では炎天下の中歩き通しで、美術館でやっと涼んだと思ったらまた車だ。
 海辺に来たはずなのに、海の音すら聞いてない。
「おかしいな、この道のはずなんだけどな」
「間違えたんじゃないの。山ばっかじゃん。家も明かりもないし」
 妹が薄暗くなった車内で地図を見ながら言った。
「めぐちゃん、車で下むくのやめなさい。気持ち悪くなるわよ」
 母が助手席から振り返って言った。
「あ、ママ起きた」
 妹が驚いたように言った。
 「やっぱり旅行の一日目はだめね。とても目をあけてられない」

 母が額に手をあててだるそうに言った。
「二日も寝てないからだろ」
 父があきれて言った。
 とたんに母の声に不機嫌さがまじる。
「だったらあなたが旅行の準備、少しは手伝ってくれたっていいでしょ」
「四日の休みをとるためにどれだけ私が苦労したと思ってるのよ。徹夜しなきゃとても終わらないでしょ。まったく、あなたはのんきでいいわよね」
 母は鼻息荒く言い放った。
「だいたいここ、どこよ。あなた道間違えたんじゃないの」
「人に運転させてたおまえが言うなよ、おまえが」
「ねえ、この道曲がるんじゃない?」
 地図から顔をあげた妹が前方を指さした。
 父と母が顔を向けた。
 両側に鬱蒼とした林が続く道の少し先に細い道がある。
「うわ、車一台しかはいっていけないんじゃないの?」
 私は不安になって言った。
「だけど、地図的にはここらへんだよ、この曲がり角」
「うん、とにかく行ってみるか」
 対向車が来たら終わり。
 そんな狭くて暗いでこぼこした道をのぼっていくと、少しだけ視界がひらけた。
 宵闇の中に点々とオレンジ色の明かりがみえる。山肌に張り付くようにしてたたずむ小さな集落だった。
 正しくは集落ではなく、別荘の固まりのようなただ住まいの家がぽつんぽつんと続いている、そんな場所だった。
 集落の私道としか思えない狭い道を上っていくと、山肌の文字通り猫の額のような敷地に住宅が並び、道をはさんだ向かい側のじゃりの空き地に車が何台かずつ駐車されている。
 ひとつの建物から浴衣を来て下駄の音をさせながら人がでてきた。
 まさに温泉街を闊歩するスタイルだ。
「うわ、ほんとうにこんなとこに泊まりに来てるんだね」
 妹があきれたように言った。
「残念よね。今年で閉鎖になっちゃうなんてね」
母が沈んだ声で言ったが、たとえ何年あったとしても私はここに二度と来ることはないようなそんな気がした。
 ここまで来るのに周囲にはなにもなく、さらにこんな狭い山肌の上に忘れられたように建っている保養所だ。
 いったい何しにくるのだろう。
 それよりも海だ海。
 そう思った私は、家族を促すように駐車場を見つけ、さっさと荷物を持ち、車を降りた。
 降りたとたん、周りがもうすでに暗いことに唖然とした。
 日はすでに落ちており、薄闇の中に周囲の建物のオレンジ色の光がぼんやりと浮かび上がっていることは先に述べた。
 未舗装の道路には鬱蒼とした木々が枝を払われることなくつきだしている。空がふさがれなぜか気が滅入る。
「もっと早くつきたかった」
 泣きそうになる私に父が言った。
「さっさと荷物をおろして海行くぞ!」

 私たちはとぼとぼと歩きだしたが、母がなかなか車から離れない。
 みると母はトランクから荷物を取り出すにも時間がかかっている。
 例によって荷物が多すぎてどれを持って行くのか迷っているのだろう。
「全部持て、持て」
 父が私と妹を呼び出して荷物班に任命した。
 冗談じゃない。ここか保養所まで砂利の坂道を上っていくというのに。

 う、海のためだ。
 私は自分に言い聞かせ母をなじる言葉をのみこんだ。

 

 簡素な保養所だった。
 よくに言えばアットホーム。
 保養所の50代暗いの女将は普段着で私たちをむかえ、海が見えるという部屋に案内してくれた。
 だが海は暗くてみえなかった。
「よし、海行くよ!」
 私は部屋につくなり荷物鞄のなかからビーサンとタオルと替えのシャツを取り出した。
 ダッシュで海に行って、暗くても膝が波に濡れるくらいまでは入りたい!
そんな思いでさっと立ち上がったが、母をみた瞬間気持ちが萎えた。
 母は三つある荷物鞄を押入の前に広げ、その全部を畳の上に丁寧にとりだしている。
「なにやってんの?」
 私は一応きいた。
「タオルどこにしまったかな、と思って」
 母は鞄からワンピースをとりだした。
「ここじゃなかった。あれえ?」
 私の眉間にしわが寄る。
「時間かかりそうだな。テレビでもつけますか」
 父が観念したようにビーサンを手放しそのかわりテレビのリモコンを手にとった。
「ちょっとちょっと、テレビつけるのやめて。ほんとうに海がなくなるじゃん」
 私は父にかけよった。
「ああなったらすぐは無理だって」
 父は母にむかってあごをしゃくった。
 その目が「おまえだってわかってるだろうが」
 と言っている。
「そうだけど!」
 私が叫びかけたとき、父がテレビをつけた。
 あー、もう。
 私は泣きそうになってその場にへたりこんだ。
 これ以上遅れたら海、ほんとに真っ暗で見えないよ。
 いまから行ってもほんと、波の音だけだよ。
 なにしにきたのよ。
 母を見ると、いまだに鞄の中身を取り出している。
 タオルはまだないらしい。
 ついでに着替えのシャツを見つけだしたら、もっと時間がかかるだろう。
 ああ、もう。
 私がうつむきかけたそのとき、父が嬉しそうな声をあげた。
「おっ、これこれおまえ、こういうの好きだろ?」
 私がうなだれた顔をあげると、テレビの画面を指さして父がにやにや笑っている。
 テレビには真っ赤な血文字のようなフォントでこう書いてる。
 現在に蘇る陰陽師!!呪われた幽霊一家を総除霊!!
「うっわー、やらせくさー」
 妹が肩をすくめた。
「また陰陽師か。夏だからってタイアップか。もういいよ、この手のは」
 私はタオルを放り投げて言った。
 この手の視聴者をバカにした番組には激しい嫌悪を持っていた。
 病院や廃墟や学校を舞台にしたオチのない怪談話。
 黒髪の顔の見えない貞子もどきの女が床をはいつくばったり、金縛りの最中に天井から男が首を絞めてきたからって、それほど恐いか?
 いや、それは自分が本当に実際、現実で目の前でそんな目にあったら恐いかもよ。
 でもさ、それを商品として他人に提示する水準としては恐くないわけよね。

 テレビで見せられてもさんざん見尽くした絵以外のなにものでもないのよ。
 私は怖がらせてほしいわけ!
 恐いといえば、笑っちゃうくらい恐いほうがいいの!
 ホラーは上質なコメディだよ。
 たとえばテキサスチェンソーとか、めっちゃ恐すぎて笑っちゃうよね。
 レザーフェイスのでかい男がさ、わけもなくチェンソーもっておいかけてくるんだよ。
 超こわいじゃん。
 こわすぎて、わらうじゃん。
 究極の恐怖は笑うしかなくなるんだよ。
 そういうの、求めてるの!私は。
 素人演技の視聴者をバカにしたレベルの低いやまなしオチなし意味なしの腐ったやおいみたいな(死語)ホラーはいらないのよ!
 私は内心の叫びをこらえながらテレビをにらみつけた。
 「そんなくだらないの見てるひまあったら、まじで海。
 海、お願いします」
 もはや私は涙目で父に懇願をした。
「いやいや、なかなかおもしろいかもよ」
 父はもはや窓辺に腰をおろしている。
 妹をみると私に同情的な視線をよせ、そのあと首を横に振り、その場に座布団を引いて座りだした。
 え、ちょ、えー、まじですか。
 まじでこの番組見るんすか。
 ま、まじで。
 私は母と父、そして妹の間に視線を往復させるが、すでに部屋はまったりとしたムード全開だった。
 う、海。。
 私の脊椎に急に疲労の二文字が憑依したかのように、どっと体が重くなった。
 うう、私の海。
 そう思いながらもしかたなくテレビを見つめる。
 まだ、あきらめるな。

 あと5分もしたら母が荷物を見つけるに違いない。
 そうだ。

 五分だ。
 五分なら、この茶番テレビもおもしろいかもしれないじゃないか。
 母をみたが先ほどと同じ体勢だ。
 心なしか周囲に取り出された着替えが増えている。
 私はため息をついて、テレビの画面を恨めしそうににらんだ。
 
 母の用意が整うまでのこの時間つぶしの番組が超めんどうな出来事を誘発するとは夢にも思わずに。

って、ひっぱりすぎですが、後半へ。