8月22日(火)8月のベスト映画『メッセージ(16)』

 

f:id:hagananae:20170822071450p:plain

 

 

 この映画、めちゃくちゃ地味です。

 ある日突然、バカウケにくりそつな半円形の巨大な宇宙船が地球に12機飛来し、何をするわけでもなく空中に浮かび続けます。

 敵対するでも友好的なわけでもなく、世界中の人類は混乱しつつも宇宙人(であろう存在)に疑問を抱きます。

 

いったい、何しに来たの?

 

 呼び出されたのは言語学の教授であるルイス。

 

 

f:id:hagananae:20170822071800j:plain

(こっちはギャグです、、、しっかしそっくりだな)

 

 

 

 バカウケ(おい……)の中にいる宇宙人が何語を使っているのか軍が途方にくれているため、言語学の権威である彼女に招集をかけたのです。

 しかし、宇宙人とはどんな奴らなのか。

 宇宙船の中に導かれると、中にいたのは巨大な七本足のイカのような生物。身長は4メートルほどでしょうか。顔も首もなく、図太い幹のような胴体から七本足の触手がのびています。

 ルイスの努力のかいもあり、やがて『ヘプタポット』と呼ばれる彼らとルイスの交流がはじまります。彼らは2メートル近い触手の先から空中に墨のような物質で円形の文字を書き、ルイスや他の学者も彼女を介して少しずつ言葉で意思疎通をしあうまでになります。

f:id:hagananae:20170822071529j:plain

f:id:hagananae:20170822071542j:plain

(触手からシューっと空間に墨を履くように円形文字をかきます。 これが、おしゃれすぎる意匠)

 

 

 ヘプタボットは言葉を持たず、文字で意思疎通をする生物だったのです。

 こうして少しずつ、互いの思いを伝えあいますが、肝心の『彼らが地球に来た目的』が明瞭になりません。しかし、彼らが道具か武器か、何かを人類に与えに来たことだけはたしかなようです。

 それを、兵器、つまり征服の意だと受け取った中国軍はヘプタポット達に攻撃をしかけようとします。

 一方で、ルイスはヘプタポット達と交流するうちに、自分の中に見たことのない記憶がフラッシュバックするようになります。それは、一人の少女が成長し、やがて25歳を迎えたときに病で亡くなるというものです。ルイスは彼女のことも知らなければ、そこに登場する彼女を見守る母親らしき女性も知りません。

 しかし、ある時その少女が自分の未来の娘であると知ります。

 そのきっかけは、中国軍がヘプタポットに攻撃をしかけようとするタイミングであり、彼女がヘプタボットが地球に来た真相にたどり着こうと、単独で宇宙船(バカウケ)の中に侵入したときでした。

 ヘプタボットに導かれ、彼女はバカウケの中で、彼らの思考様式が流れ込んでくるのを感じます。彼らが地球に来た目的とは、三千年後に人類に恩恵を受けたからであり、そのお礼をするために人類に贈物を与えにきたということでした。

 地球に飛来した12機のバカウケ。

 それらは地球のあちこちに点在し、駐留していましたが、それぞれの彼らの文字を集約することで、一つの思考様式、つまり未来が見えるという能力を手に入れることができるようなのです。

  しかし、これは難題です。人類が国民国家という国の枠組みを超えて、人類として強力しあうことを意味しているからです。そんななか中国が単独でバカウケを攻撃しょうとしています。

 ここで、ルイスがいよいよめざましい活躍をします。

 ルイスはヘプタポットから一足飛びにその未来を見る透視能力を送られ、それを使って、中国の軍事力の最高指揮官である将軍と邂逅する未来に意識だけを飛ばします。そこで得た会話の内容を同じくそこで観た将軍のホットラインである携帯を通じて、話しをします。将軍はルイスとの会話により、攻撃を停止し、ヘプタポットはそれと同時にバカウケごと地球を去ります。

 残されたルイスは彼らの贈物によって、自分の未来をすべて見通します。

 それは、変えられない未来でした。

 いや、知った以上そう選択しないこともできるのでした。

 でも、彼女はヘプタポットが見せたような未来のとおり選択し続けます。

 それは、こんな物語でした。

 自分がある男性と結婚し、一人娘をもうけ、自分が未来が見える能力を持っていることから、夫の心が離れ、やがて妻子を置いて、ほかの女性に走り、そして娘は25歳になっ

たとき、病に侵され避けられない死を迎えます。そしてルイスは夫も子どもも失い、やがて一人になります。そのときルイスに残されるのはヘプタポットから受けた能力と文字、思考様式だけ。

 それでもルイスはヘプタポットのプロジェクトをこなしてきた学者であるイアンのプロポーズを受けます。

 

 

 物語はここで終わります。

 映画だけを見ると、ちょっとわかりにくいのですが、物語としてはこの流れです。

 なんとも余韻の残るラストともに、もう一度始めから見たくなること請け合いです。

 

f:id:hagananae:20170822071741j:plain

 

 原作はSF作家テッド・チャン『あなたの人生の物語』

 ルイスが娘に語りかけるという一人称ですすめられるこの小説は映像化不可能といわれ、たしかに読んでいるとそう思わされますが、映画でみると私のようなおバカにも十分理解できる内容です。

 映画としては、かなり地味な部類に入るものですが、私は画面を観ていることも忘れて、物語に没入してしまいました。

 おまけに泣いちゃったりもするわけですが、実際はこの映画に泣ける場面は皆無です。

  ただし、静かに運命を受け入れる人間というか、結局は孤独であるとか、孤独を超えた思考様式とか、うまく言葉では言えないのですが、そういう凄みがある映画であることは間違いありません。

 生命とか、時間とかは、安直なヒューマニズムとか慈悲なんかとすっとばして、必要だからそこにあるとか、存続より意義だとか、不思議に潔い感覚を与えてくれるものですが、その非情にも似た美しさがこの物語の根底にあって、私はひたすらその甘美な孤独に酔いしれていたわけです。

 で、この映画をベストだという男性がいたら、私はそれこそ何も言わずに何時間もすごしたり、時には議論しあいながらも、素敵な恋人になれるだろうな、などと思うわけです。

 この一ヶ月、この世にあふれた『未知との遭遇は敵対するヒトデだった』とか『人口知能は人間に反乱を起こす』とか、駄々洩れするありふれた憎悪と戦闘アクションに満ちた映画を観てきて、やっぱりそういうテイストの映画は退屈で陳腐だなあと思うわけです。

 そして、同時に私ってとことん地味な映画が大好きだなと思うわけです。

 この映画を観て、未知との遭遇は、人、エイリアン、AIにかぎらず、すべて創造的であり友好的であることがもっとも素敵だなあと思いました。

 この映画を観て自分が何をすべきなのかも何を求めているのかもより深く理解できた気がします。

 そういう意味で、死にそうになりながら映画を倍速で観た意味もあったのではないかと思います。

 

 『メッセージ』

 おすすめはしませんが、私の8月のベストということでお知らせします。

 そして、ついでに

 八月のワースト映画はなにかというと、来月日本公開を控えた

『エイリアン コヴェナント』

 

 リドリー・スコット監督。大好きな監督ももう年なのかな。いや、完全に年なので、否定しようがないのですが、このエイリアンシリーズはもうとても残念な仕上がりでした。私にとっては。

  一言でいうと、膨大な説明なしには見られないファンを置いてけぼりにする映画というところですが、気がかわって来月の公開後にレビューをするかもしれません。しかし、このメッセージとは対極にあるテーマを扱った物語ということだけは確実なのです。

 

 というわけで、今月の残りは、映画レビューはお休みにして、しばらくこんな感じで日記と映画の感想をいれたようなぐだぐだな感じで進めようと思います。 

 しばらく映画を観たくないというのが本音で、たまっている本を消化しようということもあるのです。

 それから、旅レビューも考えています。

 こんなブログでも映画レビューを見てくれている方には申し訳ありませんが、映画は来月からまた再開します。

 それまで、寄り道の話題にお付き合いくださいませ。

 

8月22日(火)夏を終わらせる5つのプロトコル

f:id:hagananae:20170822071119j:plain

 

 

  役所勤めの私は今年も夏のロングバケーションというものがなく、飛び石連休をちょこちょこと取得するうち、夏が終わろうとしているのです。

 世の人々は海外やら故郷帰省など、下手をすると2週間ぐらいお休みになっていたり。いいと思います。

 ただ、自分が地味に出勤していたので、なんだか夏が始まってもいなければ、終わってもいないようで、さすがにお盆中の仕事はぐだぐだになり、

「夏を終わらせるために、夏っぽいことTODOリスト」の内職に走りました。

 以下がリストです。

 

 ・夏フェス的なものに行く(フェスとは歌って踊れるイベントである)

 ・浜辺に行く(砂浜に『夏』と書く)

 ・かき氷、激うまを食す(しゃりしゃりではなく、ふわっと舌先でとろける味わいで、ソースは天然果実を使用しており、器はレトロでかつ以下略)

 ・トロピカルジュースをマキシワンピでがっつり飲む(写真撮影必須)

 ・バーベキューのかわりに焼肉をする(焼肉といったら焼肉である。ステーキではない)

 

 この5つをクリアすれば、おのずと夏が終わるのです。

 リストを完成し、ほくそ笑む私の横で苦笑いをの後輩@事務所。

 まったく、やってられませんよ!

 

 とはいえ、このリストアップは魔法なのです。なんと、リスト化すると、まじでどんなに無理な項目であっても、それは次々にかなってしまうのです。

 否、かなえなければ女がすたるのであります。

 

 

 で、さっそく先週の土曜日に思い立って(無理やり)能登半島から金沢に散歩に行き、千里浜という美麗な浜辺をたそがれながら「なとう(夏)」と砂文字を書いてきました。24時間で帰省し、泊まりなしであります。強行軍と人は言う。

 浜辺は最高でありました、大佐ぁ!

 お盆も終わり、浜辺に集う人々はまばらで、しかも晴れていて最高のロケーション。

 シーズンをちょっとずれただけでこれほどまでに人がいない日本海

 お盆は出勤するにかぎります、大佐ぁ!

 自分は、早速LINEで後輩に「なとう」の激写を送ったのであります。

 

 こうして、夏を終わらせる第2プロトコル『浜辺』を制した私ですが、問題は第1プロトコル『夏フェス』なのです。

 

 

 夏フェス。

 

 

 甘美な響きよ……しかしハードルが高すぎて転がり落ちかねない。

  なので、プロトコルの内容に幅をもたせました。

 

 いわく『夏フェス』の定義とは、踊れて歌えればいいのであり、通称サマソニやら富士ロックと名がつかずとも、それに準じたプチライブ@野外であれば、小規模でかまわない。

 これで、そこらでやっている野外ライブなるものも定義にむりくり入れられます。

  とはいえ、です。

  こんな野外イベント近所の栃木の田舎で、あるのか。

  ううむ。

  悩みかけたそんな矢先@仕事中、なにげなく職場の事務机の引き出しを掃除していたところ(仕事やる気がないときに、掃除する)なんと今週金曜の夜に野外フェスが職場でやっている!!

  もう、これを代替案にするしかない。 

 この町おこしの一環ではじまったこの「フェス」(いや、実際のタイトルは『音楽祭』だけど、こうなったらフェスと呼んでやる)は、街の活性化拠点で不定期に開催されるイベントです。今年に入って2回目です。

 この手の職場の自作自演のイベントは私は極力避けていて、というのも、職場が開催するイベントはいずれ、自分が主催者側にまわり、強制的にスタッフ参加することになるため、オーディエンス参加は時間の無駄だからです。しかし、『夏を終わらせる』という大義の前では、この際なりふりかまっていられません。

 なぜならこのまま夏らしいことをせずに、夏が『物理的に終わってしまえば』、私のようなめめしい人間は『俺の夏はどこに』的なこじらせ病を発症することは確実です。そうなれば、職場で私の相手をする後輩にも多大な迷惑がかかるでしょうし、何よりそんな拗らせ病を抱えたまま、すがすがしい秋をむかえたくはありません。

 そういうわけで、金曜夜は地元の『フェス』にGOということになり、『もう、楽しみでしかないよね!(棒読み)』と、隣に座る後輩に微笑む私なのでした。

 

 そして、夏はこうして、少しずつすぎていく。

 

 

f:id:hagananae:20170822071222j:plain

 

 さて、8月がこうして否応なく終わっていくのですが、精神的に終わらせることのほうが重要なわけです。

 気がつくと、湿気のある風は冷えて、乾燥しはじめ、朝夕は肌寒くなり、こんにちは、秋なのであります。

 

 さて、そんなわけですが、この8月、私がどんな日々を過ごしていたかと申しますと、御存じの通り、柄にもなく映画を見まくってしまいました。ここのところ二倍速とか三倍速で動画を見る方法を知って、その調子で視聴した結果、二倍、三倍の量を鑑賞することができたのです。そして、疲労も二倍、三倍に蓄積していったのであります。なので、レビューした倍の映画は観ているわけですが、はたと気がつくと、もう一秒も映画を観たくないわけですよ。いまここ。

 あんなに映画が好きだったのにね、みたいな話ですよ。

 とはいえ、レビューを見渡してみて、って言っても10本ですが、意外にもその中に今月のベストがなかったので、唖然としたわけです。

 いったい、なにやってたんでしょうね。自分。

 というわけで、補足的にこのブログを書いています。

 前ふり長かったですが、今月のベストは 『メッセージ』です

 

f:id:hagananae:20170822071257p:plain

(これぞ、バカウケもとい宇宙船です)

 

8月18日(金)アサシン・クリード(16)映画みるなら、本家本元ゲーム動画みたほうが興奮する!そんなゲーム原作の実写映画ここに降臨。

注意:すみません。なぜか来月公開の『エイリアン・コヴェナント』のプチネタバレしています。気になる方は部分でを変えていますので、読み飛ばしてください。

 

f:id:hagananae:20170818010820j:plain

 

 言わずと知れたゲームシリーズの実写映画。

 ゲーム未プレイだと、ついていけない?

 そんなことない。ただし、正直ゲームのほが断然映像的にも面白い。

 そんな、ゲーム動画にはまるきっかになりかねない映画はこちらです。

 

 いや、もういいと思うんですよ。実際そうなんだと思うんですよ。

 そもそも中世末期、ルネサンスのスペイン・アンダルシアを舞台にしたアクションという時点で低予算制作なわけはないですし、そもそもハリウッドがコケる映画をつくるわけがない。いや、コケるかもしれないけれど、せめて原価回収するぐらいの製品をつくってくるにちがいない。故に、きっと間違いないだろうという映画になっているという期待で、ゲーム未プレイの私は踏み出しました。

 

 感想は冒頭のとおりです。

 

 もう、ゲームでいいんじゃないの、という

 いや、映画は正直ウキウキするような内容でした。思っていたよりずっとファンタジーしていて、ずっとSFしていて、しかも主人公は私の大好きなアサシンですから。もう、忍者に並んで一番すきな職業です。

 

 ザ・しのび。

 忍耐の忍、もっとも私にないマインド。忍。

 闇に生き、光に奉仕せよ。

 まじ、かっこええ。。

 

 とはいえ、主人公の所属していたアサシン教団は、史実とは全く違う活動をしています。

 その目的は、人間をマインドコントロールできるアイテム「エデンの果実(通称りんご)」を入手しようとするテンプル騎士団からりんごを守るため、障害(おもにテンプル騎士団)をばったばったと白昼かまわず殺害することです。

 たった数個で人類全部の意識をコントロールしてしまうアイテムが世界に存在するといういかにもなファンタジーアイテム、指輪的な?(@指輪物語)クリスタル的な(@初期ファイナルファンタジー)が夢があっていいですよね。

 しかも、その効果が人類の意識を失くして、この世から暴力をなくし、意識の統一をすることで平和をもたらすというハーモニー的(@伊藤計劃ディストピアの世界観。

 いやいや、人類の意識を統一するって、すぐに文明が停滞してそれはそれでめんどうだよ、暴力性の中に発展性もあるんでないの、だからやっかいなんじゃないですか、そういうおおざっぱなことすると、博士。

 という突っ込みができるくらいのおおらかな設定というか世界観。嫌いじゃないです。むしろ、ほっとするレトロ設定。

 そんなわけで、SFオタクならすぐに入っていける設定であり、中世アクションはしこたまかっこいいわけですが、それでも映画より今年E3でお目見えした本家本元『アサシンクリードオリジンズ』の迫力にはかなわないわけです。

 それはもう、ゲームのほうは、圧倒的臨場感と没入感がすさまじく、この映画をきっかけに、ゲーム動画やゲーム自体をプレイする人たちがさらに増加するのでは、と思う私なのでした。

 

 ストーリー

 少年、カラム・リンチは空を飛びたかった。

 乾燥し、砂埃だらけのスペインの街並みを超えて、どこかに行きたかったのかもしれない。

 貧しく、汚いスラム然とした低い建物の上から自転車ごとダイブし、そのまま時空を超えてどこかに行ってしまえるのならば。

 しかし、自転車が空を飛ぶはずがない。

 そんなことはわかっている。

 カラムは地面に叩き付けられ、血を流す。

 それでも、明日こそ飛べるかもしれないじゃないか。自由に、この世界を。

 それは、子ども特有の妄想だったかもしれない。

 しかし、そんな漠然とした妄想は唐突に終わる。

 その日、家に帰るとキッチンで母が死んでいた。

 椅子に座ったまま、まるで生きているようだった。

 争った形跡はない。

 静かな死が事実として少年カラムに襲いかかるその刹那、母の隣に男が立っていた。

 父だった。

 父の長い袖口から見えるナイフのような刃物。

 そのナイフの名前をカラムはやがて知ることになる。

 いや、知るだけでなう自在に操るようになる。

 その名はアサシンブレード。

 母の躯の傍らで父は黒いフードを目深にかぶっている。

 なぜ、父が母を。

 父はカラムにゆっくりと近づいてくる。

 殺されるのか、自分も。

 そう思ったとき、土ぼこりを上げて自宅の前に黒い車が何台も入ってくる。

「闇に生きろ!」

 父が突然、叫んだ。

「行け、いますぐここを出るんだ」

 カラムは後ろを振り返らずに走り出す。

 建物の屋根ずたいに我が家から抜け出すと、入れ違いに敷地に車が停まる。

 銃で武装した男たち。

 その銃声が始まる前にカラムは全速力で逃げる。

 いま、ここではない時空を求めて。

 

 30年後。

 カラムは刑務所で死刑宣告を受け、刑の執行を待つ身だった。

 あれから、父は行方知れずだ。

 もうこの世にいないのかもしれない。

 この世で最も憎むべき相手が父親などシャレにならない。

 そして、そんなシャレにならない過去をもつ自分。

 つまり、母を殺害した父を持つ子どもがまともな人生を歩めるだろうか。

 答えは否だ。

 カラムの中には人殺しの血が流れている。

 そのとおり、自分は殺人のおかげで、死刑宣告を受けた。

 だが、予想外にカラムは命を取り留める。

 目が醒めると、そこには一人の美しい女性がいた。

 名はソフィア。

 カラムが拘束されていた場所は刑務所ではなく、アブスダーコ財団なる施設の研究棟だった。

 財団の目的は、この世から暴力を消し去ること。

 そのためには、人々の中に眠る暴力衝動を一掃することができる秘宝、エデンの果実が必要だった。

 そんな夢物語のような魔法のアイテムが存在し、財団はそれを血眼になって探しているのだという。

 その手段は、アニムス。被験者のDNAに存在する先祖の記憶をよみとり、過去にダイブすることでその過去の記憶情報にアクセスできる装置だった。

 ソフィアによれば、カラムは15世紀に生きたアサシン・アギラールの末裔であり、彼こそがエデンの果実を最後に見た人間だった。カラムの遺伝子からアギラールの生きた時代にアクセスできれば、その在処にたどりつける。

 カラムは強制的にアニムスの被験者とされるが、過去にダイブするうちに彼を流入現象が襲う。ダイブの副作用で、先祖の記憶とシンクロし続けることで、その記憶が現代に戻ってきたあともフラッシュバックする現象だ。

 カラムのアギラールとのシンクロ率は日に日に高くなり、彼はアサシンとしての暗殺能力に目覚めると同時に、歴史の中で自分が所属し、命をささげたアサシン教団が、エデンの果実をテンプル騎士団から守り抜く使命を授かっていたことを知る。そして、彼の命を救ったアブスダード教団こそ、テンプル騎士団の流れをくむ、世界征服者だった。

 エデンの果実を消して、やつらに渡すな。

カラムの真の闘いが始まる。

 

 

 

 レビュー

 主演:マイケル・ファスベンダー

 このお方ね、最近ずっと一緒に過ごしている人です(笑)。

 それなのに、人の顔認証できなくなったのかな、とガクブルでした。

 全然気がつきませんでしたが、なんとこのお方今更言うまでもないですが、『エイリアン・プロメテウス』で人造人間デヴィットを演じていた俳優なのです。いや、プロメテウスではこぎれいな恰好で、無表情だったのですが、今回ずっと犯罪者、暗殺者、顔に泥ぬったような汚れがデフォルト仕様なもので、まったくシンクロ(同期)できませんでした。

 

f:id:hagananae:20170818011100j:plain

(今回のアギラール

 

 

f:id:hagananae:20170818011137j:plain

(アサシンコスプレ前)

 

f:id:hagananae:20170818011205j:plain

(エイリアンでアンドロイド役)べ、別人!!

 

 そのマイケル・ファスベンダー

 カメレオン並の変身ぶりです。(↓ここからコヴェナントネタバレです)

 来月『エイリアン・コヴェナント』が日本公開ですが、こちらではもう完全に主人公張ってますし、もうこの三部作では彼が主演決定(軽くネタバレしてしまった)なので、エイリアンが気になっている皆様はこのアサクリをちらとご覧になり、その『違い』を堪能していただければと思います。おそらく、来月公開のエイリアンプロメテウス2こと、コヴェナント、そしてラストの3でも主人公でしょう。

 

 

f:id:hagananae:20170818011302j:plain

(このシーンがエイリアン コヴェナントでどこに入るかは、お楽しみにww)

(というか、別人でしょ、ということだけを言いたい)

 

 

 そういうわけで、マイケル・ファスベンダー、キレッキレのアクションです。もうね、アクションだけ見ていると、実にかっこいいです。

 全然ステルス性がない大立ち回りを雑踏で繰り広げているあたり、暗殺どころではなく、ただの殺人マシーンですが、それに目をつむるとほんとうにかっこいいです。武闘のかっこよさは、舞踏に通じるといいますが、熟練した格闘家はまさに動きが美しい。

 本家ゲームのアサクリシリーズはフリーランニングという動きを採用しているのですが、これもむちゃくちゃかっこいい。くるくる回りながら走るという表現が一番平たい表現ですが、この無駄に猫宙(宙返りバク転の通称)する感じがかっこよすぎです。やっぱり私はガンアクションよりソードアクションだなあと思うわけです。

 そのソードアクション【アギラールの場合は暗器(忍者やアサシンなど隠密活動をしつつ暗殺が任務の人たちが使用する武器のことです。見た目が隠れていて、使う時だけお表ざたになるような小刀系のものが腕に設置されている場合が多いです。ってこの説明全然わからんよな)】はやっぱり、よかったですね。自分がソード燃えするということを思い出しました。まさに刀ラブってやつですね。いや、アクションラブか。

 

 

 で、ヒロインソフィア博士にマリオン・コティヤール

 私がこの世で一番好きな女優さんなのですが、なんだかみるみるうちにビッグになりすぎて、そういうオーラの人になってしまって少し寂しいです。

 やはり、フランス女優さんも英語をがんがん使用して、ハリウッド仕様になっていくうちに、顔の表情とか佇まいがフランス女優がもつ優雅でコケティッシュでキュートな感じからどんどん離れていくのですね。

 なんか、女から女史になっていく感じよ。。わかるかしら。

 もう、寂しすぎる。 

 マリオンはリュック・ベッソンのタクシーで『脱いでいた頃』が最高にかわゆくて、『ピアフ』でぼろぼろになっていた頃が最高に美人でした。今は、違う女優さんになってしまったというか。基本、何を演じても同じような知的美人になってしまった気がしています。

 はい、というわけでレビューはもう前半で言いたいことは言ってしまったのですが、今回をきっかけに今夏お目見えした本家アサクリの最新作『アサシン・クリード オリジンズ』のプレイ動画実況を改めて見直してみました。

 

 やっぱり、こちらのほうが驚きと興奮のレベルが違います。

 自分で探索できるというゲームの基本と、世界を感じられる映像と人々が歩いている感じが映画とは全然違って『今そこにいる感』があります。

 この没入感を促進するために、様々に工夫されたゲーム内の背景やマップやアイテム等々が見ていて飽きない感じで、さらに映画のように2時間で終わらない無限の楽しさを想起させます。

 ゲームと映画についてはまだまだ言いたいことがあるのですが、それはまた次回に移して、今回はアサクリ観たよ、ということ。

 そして、映画見るなら、ゲーム動画のほうが興奮するぜ、ということをお伝え威して今回は終わりにしたいと思います。

 では、また~

 

(こちらが、公式動画)

 

 

 

#3【E3/2017】弟者の「アサシン クリード オリジンズ」【2BRO.】

(こちらが、実況動画バージョン 2BROさんから 兄者バージョンも配信中のようです)

(プレイ動画のほうが萌えますね~)

 


 

8月17日(木) ウォー・マシーン 戦争は話術だ(17)勝利者不在の物語。

f:id:hagananae:20170817163301j:plain

(ネットフリックス限定配信 笑えるけど、そこまで笑えない。クスっとぐらいの戦争風刺映画登場~!)

 

 風刺は、コメディの形をとった悲劇ですが、最終的には偉大な社会批判の手法です。この物語では主人公が英雄から落伍者へと転落する過程で、アメリカのイラク戦争のしりぬぐいがいかに混迷を極めたのか、そもそもアメリカが一方的にはじめた戦争がいかに愚かだったのかを語りたいのだと思いますが、その目的にこの映画の手法がマッチしていたのかな、というと疑問なわけですよ。

 そういうわけで、スタート。

 

 

 

 ストーリー

 ブラッド・ピット演じる戦争の権化であるウォー・マシーン・グレン・マクマホン大将は泥沼化するアフガニスタンにおいて2009年「戦争を終結させる」国家的使命をうけ、かの地に降り立つ。しかしグレンはその使命を頑なに拒否し、戦争に勝利することに全霊を傾ける。

 

 

f:id:hagananae:20170817163427j:plain

(はじめからおわりまでずっとこの表情のブラピことグレン大将。まじでどうかと思う演出笑)

 

 アメリカ的勝利とは、言うまでもない。混迷をきわめるタリバン政権崩壊後のアフガンに自由と民主主義を徹底させることだった。

 戦争の勝利とは、相手を支配することであり、相手の価値観を「自分色」に染めることだ。

 しかし、このアメリカ人以外ならば簡単に理解できる

「いやいや、昨日まで独裁政治だった国を半年かそこらで民主政治にメタモルフォーゼするのって無理でしょう」

 という歴史的国家的むちゃぶりを、予算も兵力もいまいちな状態で続けた結果、「やっぱ無理でした」

 とはいえず、とりあえず適当な感じで形をつくって兵力をひきあげようというのがこの時期のアメリカの真意だ。

 その意図をまったく理解せずに「傲慢な民主主義のおしつけ」を「正義」だと疑っていないグレン大将。彼は有能な部下を使い、組織改革を行い、ゲリラと民間人の区別がつかない中で心身ともに疲労困憊している末端の兵士に「理解しろ」という精神論を使い、誰も望まない兵力の増加を本国に申請し、平和の構築にひた走る。その結果、マスコミにひそかに自らの平和プロジェクトの情報を流し、国際世論の注目を引こうとし、事実成功する。

 しかし、それは本国に猛ダッシュで軍を引き上げたいアメリカにとって障害となり、グレンはやがて追いつめられていく。

 

 

f:id:hagananae:20170817163542j:plain

(ほらね、またこの顔。まじでずっとこの顔です笑 それでいいのか!!?)

 

 

 

 レビュー

 ものごとは始めることより終わらせることのほうが何倍も労力を使う。

 結婚しかり、戦争しかり。

 つまりは、そういう話。

 

 

 この手の戦争風刺映画は、ただカウチポテトをしているだけだとおもしろさを理解できない。

 少なくとも私は、映画の間ほぼブラピしか登場しない映画にクスクス笑いというゆるいコメディ感は味わえたものの、報復絶倒したあとに、なんだか泣けてきたという気分には程遠かった。

 で、911後の圧倒的なインパクトはアメリカ国民ならず、国際社会に怒りという火種をまきちらし、それに「悪の枢軸」というスターウォーズ的はずかしい敵を創作して戦争をはじめたのは子ブッシュだったわけだけど、その新の理由はなんだったのだろう。

 アメリカ同時多発テロをきっかけとしてはじまるアフガン・イラク戦争の真の理由は共和党というネオコンをバックダンサーに持つブッシュが石油への利権を獲得するためだったとか、軍産複合体を国家的稼業にしているアメリカは新作兵器の定期的な「在庫処分」をするために戦争をしたがったとか、色々言われているが、私にはまだあの戦争の全貌というのがとらえきれていない。

 でもまあ、今言った二つのおおざっぱなアンサーは当たらずとも遠からずだろうし、

 そういうわけで、戦争で相手をめちゃめちゃに打ちのめすことに限ってはアメリカはおそらく今でも右に出る者がいないので、思う存分アフガンとイラクをめちゃめちゃにした。

 しかし、戦争における本当の勝利とは、相手の体を打ちのめすことではなく、心を打ちのめすことだ。

 つまり、相手の価値観を自分色に染めること。

 

 この場合、アメリカの「民主主義」という無難だが、色々難点がある政治制度を独裁政治の支配するイスラム圏に浸透させることだった。

 まず、そういうことが半年や数年でできると考える人間がいたら、歴史の勉強を基礎からしたほうがいい。

 実際、それが無理だと大半が思っていただろう。アメリカ人の多くがそのことに気がついていたはずだ。だが、民主主義のすばらしい点はバカを多数決で選んでしまったら、そのバカが民衆の意見の代表者であるリーダーになるということだ

 そういうわけで、民主主義という自由と平等を標ぼうするアメリカは、その自由と平等な民主主義の結果によって、あの戦争をはじめることになった。

 そして、その結果は様々な映画で描かれている通りだ。 

 だからこの映画に関しても

 もう、正直またか、という気もするし、

 まだやれるネタがあったのか、

 という気もするし、

 忘れた頃に思い出せという深い反省も

 読み取れるような気がするし、

 私、また見てるし、大好きだし、

 という気もする。おおいにする。

 それは、もう恥ずかしいくらいに

 

 なんでもそうだが、はじめてしまったことは仕方がない。

 色々他人は言うし、国際社会も学者も色々なことを言う。

 しかし、人間というのは組織で働いているかぎり、自分がやったことではない行動の責任をとらされることもあれば、後始末をしなければならないこともあるということだ。

 そうなったとき、その立場でいる以上「俺が私がやったんじゃないし」とは言えない。せめて、これ以上犠牲を出さない形で終わりにしよう。

 そうやって、オバマ政権以後に彼の補佐についた高官たちがぎりぎりのところで働いていたことは事実だ。それはあの戦争から見たら当然の犠牲であり、苦難であるかもしれないけれど、しりぬぐいをする人々というのは常に存在する。

 そのしりぬぐいというタイミングで人事をされた人々というのは、本当に優秀でないと尻ぬぐいができない。

 だから、この手の映画を見ていると、誰も勝利者がおらず、誰もが敗北者だと思わざるを得ない。戦争を批判し、軍人を罵倒し、タリバンを殺害しても、みながみな、憎悪と怨恨を互いに持つ限り、勝利者はいない

 ジャーナリズムも学者も作家もそれぞれの方法で戦っているのかもしれないけれど、本当に戦っているのは現場の兵士であり、ゲリラであり、イラクとアフガンの人々であり、そして犠牲をより少なくしようろ尻ぬぐいに奔走する政治家であり軍人であると思う。

 

 

 で、結論。

相手を憎むことや相手を攻撃することでしか勝利を目指せない政治家に人々は未来をゆだねてはいけない。

 

8月16日(水)ギフテッド(17)アメリカ 今回は映画レビューじゃなくて、教育コラムで。少子化と支援学級増加の反比例な現代日本の義務教育制度。

 

f:id:hagananae:20170816062443j:plain

 親子の再生の物語。

 人間が豊かに人生をおくるために必要なものは、二つ。

 家族と社会。

 

 

 ギフテッド:英語で才能はギフト「神から与えらえたものが原義」

       ギフテッドとは、特別な才能がある天才の意味。

       幼少期より数学や音楽など天才的な能力を発揮する人々の呼称。

 

 

 この映画は、本当は観るつもりもなかったし、語るつもりもなかったタイプです。日本では未公開のため、ネタバレなし、映画については簡単な紹介、ギフテッドにまつわる話で進めたいと思います。それでも、なんでレビューしちゃうのかというと、おそらくこの映画の舞台になったフロリダが温暖で海があって、アメリカでいうところの楽園度がなんとなく高くてうらやましいなと思ったからです。西海岸のカリフォルニアやロスアンゼルスのように騒がしくも、目立ってロハス的でもなく、ゆったりと時間が流れる亜熱帯、フロリダ。アメリカ人がツバメのまねをして冬の間をすごすというデュアルライフの聖地。

 

 

f:id:hagananae:20170816062543j:plain

(親子ではないけど、姪のメアリーと叔父フランクの親子でしかない関係。そしてフロリダの海。。)

 

 

 私もツバメになりたい。

 最近、我が家で生まれたツバメ30匹がそろって、南に帰還しました。その切なさもこめて、レビュースタート。

 

 

 フロリダの海辺で繰り広げられる、一人の天才少女とその家族の和解。

 どうやっても、ハッピーにならないわけがない。

 いや、なってほしい……

 

 

 

 ストーリー

 フロリダで妹の子どもメアリーを育てる独身男フランク。彼はフリーのヨット整備士をしながら姪っ子メアリーをホームスクーリングで育てていた。しかしメアリーは数学の天才というギフテッドだった。

f:id:hagananae:20170816062918j:plain

 彼女が7歳になったとき、この教育方針に限界を感じたフランクは彼女を地元の学校に送り出すが、すでに大学に飛び級できるだけの能力を持つ、メアリーにとっては『1+1』の授業は退屈以上の苦痛があった。初日から担任の出した三ケタの掛け算を暗算でクリアし、学校は通常教育よりも、英才教育を掲げた奨学金の出る学校を勧める。しかし、フランクはメアリーの母であるダイアンがそれを望まなかったとして、彼女を『普通の環境』に置くことに固執する。

 そんなとき、長い間音信のなかった彼とダイアンの母親、ロベルタが現れる。メアリーの数学の才能は母親のダイアン譲りであり、ダイアンは数学のノーベル賞を受賞するほどの才能の持ち主だったが、自殺をしてしまっていた。フランクはそのこともあり、自分自身もかつては大学で教鞭をとっていたが、そのアカデミックな世界からメアリーを遠ざける目的もあってフロリダの田舎で静かに暮らしていた。しかし、そこにかつてダイアンに英才教育を与えていた祖母ロベルタが現れる。

 ロベルタは孫娘メアリーの才能をより開花させようとし、フランクはメアリーを普通の子に押しとどめようとする。

 二人の対立はやがて誰もが望まない親権争いに発展してゆく。

 

 

 

 

f:id:hagananae:20170816063050p:plain

 (主演フランクにクリス・エヴァンズキャプテンアメリカの人、、って見てない)

 

 

 レビュー

 ヒューマンドラマの王道。

 一人の子どもが育つためには、愛情が基盤にあり、それがなければ才能さえ行き詰まる。しかし、才能をのびのびを伸ばすためには、適切な教育もまた必要だ。

 愛情の象徴である家族。才能に水と費用を与える教育、環境。

 この二つがそろった時、人は才能を開花させる。

 

 この物語は、天才の母親から生まれた娘もまた天才だったが、その天才故に不幸になった過去からその世界からできるだけ遠ざけようとする代理父と姪の物語だ。

 メアリーの才能故に周囲との摩擦が起きていくが、これはなにもギフテッドと呼ばれる天才児を子に持つ親だけの話ではない。

 「普通の子」と違うという意味においては、天才児も発達障害と呼ばれる子どもたちも大した違いはない……かもしれない。

 いや、実際は違うのだろうが、「普通」であることを軸にさまざまな社会制度、とくに学校や教育が行われていることを考えれば、親にとってまさに「普通の子」こそが、手のかからない子どもになる。それでなくても、子どもを育てるということは大変なことであるのに、である。

 メアリーの場合は数学の天才ではあるが、情緒は七歳児である。しかし数学の一点においてとびぬけている子どもが、並の学校で並の教育にうんざりしている状態は、虐待ともいえる。物語冒頭で描写される「メアリー、退屈な授業を受けるの図」はまさにそれだ。

しかし、代理父であるフランクは姪っ子の才能がやがて母親であり自分の妹であるダイアンに起きるであろう「才能からの苦悩、自殺のフロー」に恐れをなし、姪っ子の才能をできるだけ伸ばさない教育方針をとる。

 虐待や、ニグレクトなど警察が関わるような親子問題を見るにつけて、この手の問題は子どもの問題ではなくやはり「親の問題」だと思わざるをえない。

 この場合も本当はフランクという代理父親のことが大好きなメアリーは、祖母とフランクの親権争いに巻き込まれてしまうが、フランクが妹の「ギフテッド→苦悩→自殺」というフローが必ずしもメアリーに起こるものではない、という認識を得られれば、実の母親であり、メアリーにとっても祖母であるロベルタと係争することもなかっただろう。そして。互いに苦痛と孤独を味わうこともなかっただろう(もちろん、それでは映画にならいないが)

 だが、子どもの教育というのはそれほど親にとって慎重にならざるを得ないものなのだろう。

 日本の学校教育の現場では、ギフテッドと呼ばれる能力の存在はまだまだ認知されておらず、飛び級という制度も存在しない。メアリーのような才能の子は一定数日本にもいるはずで、家庭環境が特別でないかぎり、この才能は正規の学校教育の中では無視され続けるだろう。この映画によって、日本の学校教育制度のなかでもギフテッド認知が進めばいいと思う。

 一方で、「普通ではない」のもう一つの極、いわゆる発達障害という概念は認知されるようになった。ひと昔前までたんに「手のかかる子」とだけ言われていた子どもは、アスペルガー学習障害ADHDとカテゴライズされ、通常学級では「目立つ」が、特別支援学級(旧呼称:特殊学級)に入るほどではないというボーダー(境界)診断をされ、この子どもたちの数は年々増加傾向にある。

 つい先日も地区の教育関係の意見交換会に出席したときのこと、県の教育委員会から提示されたのは、いまさら言うまでもない子どもの減少傾向だが、全体的な子どもの数が減っていにも関わらず、支援学級の子どもたちの数は大幅に増加改傾向にあるというグラフを見せられた。つまり、それだけボーダー診断をされている子どもたち母数が多く、その中からより「重い」と診断、もしくは親の意向で「支援学級」に入れられる子どもたちがいるということだ。

 実際、このボーダー診断された子どもたちの学習支援をする放課後サポート教室なるものも増加傾向にあり、助成金がたっぷりとでることから、民間の業者が多数参入し、去年、宇都宮市でも70近い施設が立ち上がったという。放課後の支援学校には50台もの業者のバスが列をなし、渋滞しているという話もある。

 つまり、ボーダー診断された子を持つ親としては、「ではどうすればいいのか」という一つのアンサーとして、こうした放課後教室を利用するのだ。しかし、実際、学童保育よりも安価な費用で利用できる施設が「金儲け」だけを念頭において経営しているケースは少なくない。

 問題は、こうした「普通とは違う子」達を社会全体でどうサポートしていくかなのだ。ギフテッド、発達障害。こうしてカテゴライズして、そしてそのあと子どもたちをどうサポートしていくのか。こうした子どもたちが「普通であること」を押しつけられているよりは、認知されるほうがずっといいが、認知はスタート地点でしかない。

 ともに愛情と適切な水と肥料を与える教育をしていくことが、めぐりめぐって私たち社会や個人の幸福になっていくと思えば、「違う」から「色々あってすばらしい」教育制度になることが大事だと思う。そして、日本はまだこのスタート地点に立ったばかりだ。

 ギフテッドと、学習障害、どちらも大枠でみれば、「普通でない」となる。この子どもたちがより認知され、具体的な制度が構築されるきっかけに少しでもつながればいいなと思う。

 

 

 

 というわけで、映画レビューというより、教育コラムになってしまいました。

 私自身は、まだ結婚も子どもにも縁がないのですが、子どもができたらバカ可愛がりをして子どもに迷惑をかけそうな親なので、夢中になる仕事をもってバランスをとるのがいいかと思っています。

 親が健全であれば、子どもは健全に育ちます。

 それができなければ、社会全体でサポートを。

 この映画をきっかけとして、日本の教育制度ももっと充実すればいいと思います。

 というわけで、また次回

 日本では11月公開ですので、興味がある方はぜひ劇場で。

8月14日(月)LIFE(17)舞台、宇宙ステーション。主演、地球外生命体。でも、ゴキブリ退治の雰囲気にそっくりなんですけど……

f:id:hagananae:20170814033354j:plain

 敵対するは、我らが人類の最高頭脳、スペースカウボーイ。

 でも、なんだかすごく既視感。

 これって、ゴキブリ退治の雰囲気にそっくりなんですけど。

 

 

 ストーリー

 国際宇宙ステーションで働く6人の宇宙飛行士は、火星の土壌サンプルからついに未知の生命体を発見した。指先サイズの繊細な糸で構成されたその多細胞生物は、環境を原始の地球レベルに設定すると急速に生命活動を活発化させた。

 未知との遭遇に人類は歓喜。名づけ親は地球の小学生。名はカルバン。

 しかしヒトデのような軟体動物にすぎないと思われていたカルバンは恐ろしい速さで成長。

 ある日生物学者であるヒューの指を透明マスクの上から骨折させてしまう。

 さらに、手近にあった鋭利な道具で密封容器から脱出。サンプルマウスを捕食すると、さらに急成長。ヒューを救助するために、ライアンがラボに突入。火炎放射器でカルバンを焼き殺そうとするが、素早い動きで炎を回避、炎をあびても恐ろしいほどの打たれ強さで、逃げ回る。それどころか、ライアンの口から内臓に侵入し、彼の体内組織を破壊、殺してしまう。ライアンの臓器というたんぱく質を摂取したカルバンはさらに進化。悪魔的な知能としぶとい生命力で人類をひとり、また、ひとりと窮地に追い込んでいく。

 

 レビュー

 まずこの『ライフ』というタイトルがね、色々誤解を招く感じのレンジの広さがあっていいんじゃないかと思います。

 一瞬、NHKBSのスペシャル番組『地球、進化の歴史』的な番組を想像しませんか。想像しますよね。いいと思います。全然間違いじゃありません。

 それどころか、この映画は生命の本質である『先手必勝、皆殺し……してでも、生き残るから!』を地でいく生まれは火星、名はカルバン君、人類の宇宙ステーションで産湯を使い、の地球外生命体のお話なのです。

 

 

 

 

f:id:hagananae:20170814033757j:plain

(最初は、こんなシャーレにおさまるかわゆい粘菌だったのw)

 

 

f:id:hagananae:20170814033843j:plain

(このとき、すでにヒューの指折って、マウスたべさせていただきましたw)

 

 

 

 

 で、ですね。

 

 この映画のテーマは未知との遭遇ではあるのですが、未知との遭遇が二つのパターン、①同盟できるか、2敵対するかでいうと、完全に後者なわけです。

 いわゆる、エイリアン系ですね。私はですね、実はもっとハートフルな出会いを例によって期待していたのですが、もう完全にカルバン君は人類が嫌いですね。

 というか、交流とかできない感じです。

 エイリアンと非常にタイプが似ていて、知能は高いのですが、その学習能力がすべて周囲を『餌』とみなすベクトルに傾いており、地球の生命体の中では、獰猛な捕食中に限りなく近いです。

 例えば、地球史上最強の爬虫類、恐竜とか、宿主を猛烈な速さで食い物にするエボラ熱つまりウイルスとか。

 共生とか、共存とか、妥協とか、同盟とか、そういうのは一切ないですね

 しかも、生命力、知力とも並外れているので、知能だけはスペックが高い生命体である霊長類最強の人類がカルバン君と相対しては、赤子の手をひねるようにばったばったとなぎ倒されていきます。このストレスといらいらは、この映画の誇るべき感情喚起力というもので、感心しました。

 

 

f:id:hagananae:20170814034148j:plain

国際宇宙ステーションなので、日本人もいま~す。真田広之氏が宇宙飛行士として出演 ここだけ雰囲気が違う色気!!)

 

 

 

 

 

f:id:hagananae:20170814034325j:plain

(いまからはじまるライアンの火炎放射器バトルw)

 

 

 そしてですね、私が今回この映画を見て、ものすごい既視感を感じたことがありまして、それをお伝えしたいです。

 それはですね、冒頭にもある通り、この映画は舞台が宇宙であろうと、敵が未知の生命体であろうと、本質はゴキブリ嫌いが遭遇する一人暮らしにおけるG退治の物語となんらかわることがないということです

 

 

 皆さんご存知でしょうが、Gというやつは素早い! しぶとい!! 怖い!!!の三拍子がそろっています。

 

 今回のカルバン君とそっくりです

 

 物語冒頭の航空エンジニアのライアンがカルバンを追いかけながら火炎放射して追いかけるシーンは目を疑いましたよ!!!

 もう火炎放射器、完全にゴキジェット!!?

 

 このあたりですでにB級感ただよう。

 でもねえ、まさか国際宇宙ステーションで、未知との遭遇しているのに、そんな壮大な舞台&キャストでG退治はないだろうと。

 とはいえ、見れば見るほど映像的にライアンの動きとか、くやしい、キモイ、殺してやるっていう気持ちって、G退治の経験とものすごくかぶるんです。

 

 否定しても否定しただけ、思い出しちゃうG退治感。。

 

 そういうわけで、この映画は私の中でG退治モノと位置付けられました。

 

 

 そうは言っても、この映画のそこはかとないレトロ感は置いておいて、カルバン君の虐殺と捕食にかける能力値は非常に高く、ここに生命とは何かという問いかけへの一つのアンサーがみてとれることは間違いないです。

 この映画で提示されているのは、なんだかんだ生命とは、他者を排除してでも、自分が増殖生存することを優先するものだという、圧倒的な非情さです。

 

 この自己優先というベクトルは生命の基本ではあるのですが、生命は進化の過程で自己犠牲や利他という概念も取り入れていきます

 たとえば、生命の初期で現れた恐竜は、脳が体の体積に比べて極小で、つまり『生きろ、食え、殺れ』をモットーにその巨大化し、狂暴化した肉体で地上を荒らしまわっていました。しかし、彼らは6000万年という長い期間、ほぼその生命体としてのスペックをほぼ進化させることなく地球を支配し、そして何の前触れもなく絶滅しました。

 そして、生命体としては、ほぼ原始の形を残しつつ、地球と同じだけ存在しているという噂のウイルス。彼らは生命と非生命の間におり、生存するためには、他者の細胞からエネルギーを摂取することでしか生き延びることができませんが、それゆえ増殖する過程で宿主に致命的なダメージを与え、増殖すればするほど自らが窮地の陥るというジレンマを抱えつつ、今のところ人類を含め他の生物にとっては驚異的な生命体です。

 この恐竜とウイルスはどちらも生命体の中では最強と言ってもいい存在でしたが、今、地球で安定的な生命基盤を築いているのは人類です。

 人類は生命のもつ利己的で他者排除の性質は依然として引き継いでいますが、それでも多少なりとも爬虫類から哺乳類に進化した過程において、利他や学習、愛、共生、共存という概念を学んできました

 

 

 自分だけがいいでは、袋小路にあたる。

 

 

 それを頭と肉体に刷り込んだ生命体、それが哺乳類、霊長類、ヒトなのではないかと思います。 

 生命は産めよ、増やせというシンプルな目的を持っています。でも、自分を抑えてでも、殺してでも他の生命を生かそうとするまでに進化してきた部分もあります。

 その生命のある意味必要に裏づけらえたロマンが私は見たい。

 

 

 その対極を行く、『ライフ』

 このまま地球が異常気象に見舞われ続けたとき、宇宙でなくとも、カルバンレベルの生命体が人類の刺客となって放たれるかもしれません。

 それが、エボラであったり、他の強力なウイルスであったり。

 地球全体の生命のバランスからいけば、人類は増殖しすぎたと言われても仕方ないのかも、と思ったり。

 異常気象が人類の猛威を振るう昨今、地球にとってカルバンが救世主となる未来が来ないことを祈るばかりです。

 

 

 

8月12日(日)死霊のはらわた(13)前言撤回!  まだまだ面白い伝説のホラー映画ここに降臨!!

 

f:id:hagananae:20170812133918j:plain

 おまえ、何様? 前言撤回にもほどがある!!

これぞ、スプラッタ―ホラーのオールタイムベスト

 

 もう「いまさら」なんて言葉は言わない、と誓ったところで、

「まだ見てなかったの? ホラーマニアの風上にもおけねえな。そんなあなたへ」なんてレコメンドはもちろんなく、たまたま見たら、ゲキレツに面白かったという元祖ホラーキング:サム・ライミ監督デビュー作「死霊のはらわた」(すごい題名)、リメイク版。

 つい昨日、ホラーはもはやゲームに勝てないなんて言ってしまった手前、こそっと前言撤回。

 すいませんでした!!

 このホラー、すっごいおもしろかったです!

 血しぶきのリアルな美しさ、そして臨場感ある激痛描写の数々、安心して怖がって(痛がって)見られる映画はこちらです。

 数々のオマージュ作品を生み出した伝説すぎるスプラッタ、いよいよスタート。

 

 

 

 ストーリー(すみません、今回気合い入りすぎて長めです)

 薄暗く深い森の中、少女が歩いている。

 その足元がふらつく。汚れた靴に青白い顔。

 ひどい目にでもあったのだろうか。

 少女の髪は汗で額に張りつき、顔色は死人のように土気色だ。

 ふいに背後を影が横切る。

 はっとして、立ち止まる少女。

 みると、銃を構えた男が少し先の大木の横に立っている。

 逃げる間もなく、背後から少女は拘束される。

 自分を捕まえようとしている男はもう一人いたのだ。

 少女は悲鳴を上げる。

 だが銃を持った男が少女に近づき、銃床で彼女を殴りつける。

 衝撃に少女は意識を失う。

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ小屋だった。

 目隠しをされているが、縛りつけられているのはわかる。

 体が動かない。

 周囲から複数の息づかいが聞こえる。

 どうやら、たくさんの人間にかこまれているらしい。 

 ひどい匂いがする。

 ここはどこだろう。

 頭がずきずきする。

 いったい、何をされるのだろう。

 ふいにすぐ近くでひどくしゃがれた声が聞こえた。

 「邪悪な本によってなされたことは、本によって正される」

 本のページをめくる乾いた音。

 いっだい、何をしようというのだ。

 声をあげようとすると、一人の人影が彼女に近づいてきた。

 彼女のそばまでくると、目隠しを外してくれたその人影。

 なんと、少女の父親だった。

 少女は驚く。なぜ、パパがここに?

 だが、そんなことより今はここから出たい。

 見まわすと、目の前には老婆、少し離れたところに顔色の悪い男たちがこちらをじっと見つめている。

 天井からは猫の死体がぶらさがり、見知らぬ人間に囲まれ、目の前の台には血まみれの刃物が並んでいる。

 こんな場所でこれから自分に起きることを考えたくはなかった。

「パパ、助けて、家に帰りたい」

 彼女はありったけの懇願を父親に向けた。

 だが、父親は無言だ。

「なんでこんなことをするの。この人たちはいったいだれ?」

 少女は恐怖と困惑の混じった声で問う。

 父親もまた困惑と悲しみに満ちた目で娘を見返す。

「この人たちは助けに来てくれたんだよ」

 助ける? 何をいってるの。どうやって助けてくれるっていうのよ、こいつらが。

 家に帰りたい。

 家に帰りたいのよ!

「パパ、ママはどうしたの?」

ママは死んだよ

 父親はゆっくりと言った。

お前が殺したんじゃないか

 何?

 何を言っているの、パパ。

 パパはおかしくなっちゃったの?

 そのとき、老婆がいった。

「はやく、魂を救う方法を実行するのだ!」

 老婆は本をめくりながら叫んだ。

 そのページには火破りの版画絵が描かれている。

 まさか。

 父親はペットボトルをとりだすと、その中身を彼女にむかってかけた。

 灯油だった。うそでしょう、

「ごめんな」

 父親がつぶやくように言う。

 老婆が再び叫ぶ。

「はやく、はやく娘の魂を救うのだ!」

「パパ、私よ。忘れちゃったの?」

 だが父親は聞こえなかったかのようにおもむろにマッチをする。

 パパ、パパ、パパ。パパは正気を失っている!

 そんなパパのつけるマッチはしけっているのか炎はつかない。

 助かった。今がチャンスだ。

 少女は必死に懇願した。

「パパ、お願いやめて」

 だが、父親はマッチをする手をとめない。

「お願い、パパ。パパの魂をひき裂くわよ」

 父親が娘を一瞥した。

 その目には強い光が一瞬ともった。

 マッチをこする手に力が入り、地獄の業火とも思える炎がマッチの先についた。

 その瞬間、少女の中で意識がとぎれた。

 代わりに憎悪と呪詛にまみれたエネルギーが彼女の体と意識を支配した。

お前の魂をひきさくぞ! ウジ虫め!

 少女の声をとも思えないしゃがれ声が父親を罵倒した。

 一瞬にして、少女の目はにごり、悪魔のような醜悪な形相で父親を睨みつけた。

 マッチがいまや少女の皮をかぶった醜悪なバケモノの足元に落ちた。

殺してやる! 殺してやる!

 それは叫んだ。

 炎が少女の肉体を包んでいく。

 それは、うめき声をあげながら、炎の中で、叫び続けた。

 黄色い濁った眼で憎しみの目で彼らを見つめながら。

 地獄の業火に焼かれながら。

 

 

f:id:hagananae:20170812135019j:plain

(こんな廃屋、悪い予感しかしないですよ)

  

 

 深い山麓の間を一本の道が続いている。

その道を一台のジープが走っていく。

 朝霧がうっすらとたちこめる川辺をぬけ、たどり着いた先は廃屋だった。

 ジープを停め、デビットは小屋からでてきた女性に挨拶をした。

 オリビア

 彼女は浅黒い肌に知的な目をしたスタイル抜群の看護師だ。

 オリビアを一緒に乗ってきたガールフレンドのナタリーに紹介する。

「2時間の遅刻だぞ」

 ナタリーの背後から男の声が聞こえた。

 見ると長髪に眼鏡姿のエリックがデビットにむかって無表情のまま顔をあげた。

 なつかしい顔ぶれだった。

「高校教師らしいな」

 デビットがエリックをハグすると、エリックが小声で言った。

「彼女は裏庭にいる」

 デビットはうなずいた。

 そう。

 俺は彼女に会いに来た。

 彼女に対する償いをするために。

 母親に先立たれ、兄に捨てられた妹、ミア。

 ミアが重度の薬物依存になった理由の一つは、間違いなくデビットにある。

 だからこそ、これがラストチャンスだった。

 俺たち兄妹の関係をやり直すための。

 だから、これは楽しいピクニックになんかならないだろう。

 

 裏庭に行くとミアがいた。

 青白い顔だが、昔のまま。

 思ったよりひどくない。

 一瞬、簡単にうまくいくのではないかと思った。

 ミアの薬物依存症の克服。

 ミアの人生。

 ミアと俺の家族関係。

 ミアはデビットを見ると顔をあげた。

「驚いた。来るとは思わなかった」

「来るよ。兄貴だからな」

 デビットはミアに意志が強くなるという願いのこもったペンダントをプレゼントする。

 ミアは少し笑うと、立ち上がった。

「さあ、はじめようか」

 ミアはみなの前で井戸を囲み、薬を井戸に放った。

 これから、禁断症状がこようと、絶対我慢してみせる。

 その誓いだった。

 

 デビットはそれをみると安心した。

 大丈夫だ。

 きっと、うまく行く。

 だが、その矢先、看護師のオリビアとエリックから昨年もミアが治療に挫折したことを聞かされる。

 すでに過剰摂取をして、心停止したこともあったようだ。

 電気ショックで蘇生し、次にこんなことになれば、いつまで体がもつかわからない。

 デビットは自分の楽観的な考えにうんざりする。

  

 その夜、ミアが部屋が匂うと言いだす。

 まるで死体の匂いがするというのだ。

 禁断症状で神経過敏になっているのだろう。

 午前0時近く、ミアが叫びだす。

 薬が切れたのだろう。わめきだし、オリビアが鎮静剤を打つ。

 ミアは部屋の匂いに耐えられないと訴えだした。 

 神経過敏だ。

 匂いなんてしないじゃないか。

 だが、そのとき、飼い犬がリビングのラグをひっかいてはがした。

 犬もなにかが匂うと思ったのだろう。

 ラグの下から地下室の扉がでてきた。

 血まみれの何かを引きずり入れたような不気味な染みが円形に扉につづいている。

 匂いはここからするのだろうか。

 地下室に降りていくと、ミアの言ったとおり地下の天井からは動物の死体がぶらさがり、そこには猫の死体もあった。

 いったい、なんなんだこれは。

 この地下室でなにがあったのだ。

 何かをもやしたのか一本の柱が真っ黒に焦げている。

 机の上には黒いビニールでつつまれ針金で幾重にも封印された黒い包みが放置されている。

 エリックは興味を持ったのか、それに手を伸ばした。

 

 翌日、陰鬱な雨が降っている。

 ミアは雨の中、傘もささずずぶ濡れになってぐるぐると庭を回っている。

 すでに限界を通り越して、肉体的にも精神的に追いつめられている。

 

 その頃、エリックは地下室から持ち帰った包みを開封しようとしていた。

 ペンチで針金を外し、黒ビニールをひき裂くと中から現れたのは本だった。

 羊皮紙だろうか。

 動物の皮を継ぎ合わせた厚い表紙をめくると、不気味な言葉が上書きされている。どうやら思ったとおり何か悪魔的な儀式のために使うもののようだ。

 この本に関わるな。

 だれかがそう書いた手書きの文字が読み取れる。

 それを読んだとたん、エリックは自分でも抑えがたい衝動に駆られてページをめくり始めた。あまりに興奮しすぎて、針金に指がからまり、血の雫が本に落ちた。

 かまわず読み進めると、これまた好奇心をそそられるフレーズが目に入った。

 唱えるな、書くな、聞くな。

 扉がひらかれる。

 いったいなんのことだ。

 地獄の扉でも開くというのか。

 エリックはそっとページを指でなぞった。

 指先に微妙にでこぼこを感じる。

ページの上で何かを書いたのだろう。

 エリックはその部分に紙を押し当て、鉛筆で軽くこすった。

 文字が現れた。

 クンダ

 エリックは声に出して読んだ。

 そのとき、森の奥で何かが目覚めた。

 アストラダ

 エリックは次々に紙をあててこすった文字をよみあげていく。

 モントセ。

 カンダ

 目覚めたそれは呪文に導かれ、森を走り抜け、小屋に近づこうとしていた。

 庭にはミアがいた。

 なにかがくる。

 気配を感じ、顔をあげたとたん、強い吐き気が襲ってきた。

 こらえきれず、その場で嘔吐する。

 もう、勘弁してよ。

 つぶやいて、顔をあげると、数メートル先の木々の間に人が立っていた。

汚れすすけた白いワンピースを着た少女。

その少女は顔を俯けたままあきらかにミアをじっと見つめていた。

 

 こんなところにはいられない。

 ミアはみなが取り押さえるのもかまわずに、車のキーをひったくって小屋を出る。

 車にキーを押し込み、エンジンを回す。

 小屋からできるだけ離れたい。

 ミアの乗る車は森を猛スピードで駆け抜ける。

 はやく、ここから離れないと。

 しかし、思っているのとは反対に自分で自分が何をしているのかわからない。

「なんでこんなことしているの?! 」

 口に出したときにはすでに遅かった。

 目の前にさきほど見た少女が立っていた。

 慌ててハンドルを切ると、車は転がるように道路を外れ、池に突っ込んだ。

 やっと思いで池から這い上がるが何かが追いかけてくるあの気配は去らない。

 ミアは森の中を逃げた。

 だが、ツタが絡まり、前に進めない。

 そのツタはもがけばもがくほど、ミアの体に巻きついてくる。

 まるで、生き物のように。 

 ミアはいつのまにかツタの木にからめとられ、身動きがとれなくなってしまった。そのツタはゆっくりとミアの足元から這い上がってきた。

 やめて、やめて!

 だが、ツタはゆっくりと彼女の体にまきつき、体の自由をうばいにかかった。。

やめてよ!

叫んだとたん下腹部の痛みと異物感がおしよせ、気を失った。

 

デビットたちはミアを小屋に連れ戻したが、彼女のうわごとはひどくなる一方だった。禁断症状がおり、被害妄想と幻覚は悪化し続ける。ミアを拘束するしかないと判断するデビットたちだったが、ミアにはすでに死霊がとりついていた。

そして、その夜、惨劇がはじまる。

 

 

 レビュー

 ほんと、昨日の今日で申し訳ないのですが、すごい面白かったです

 死霊のはらわた

 邦題のすさまじさよ、という感じですが、「イーブル・デッド」という原題の『邪悪な死体』というより、作品の的を得ているんじゃないかと思います。

 すごい血みどろの連続なのです。

 ジャンルは「スプラッタ」。日本語で「血みどろ」にカテゴライズされるこの作品、まさに腕が切れたり、腕が引きちぎれたり、ニードル銃で顔銃打たれたり、よくもまあこんなに痛さを前面におしだしてくれますね、という「激痛」映画です。

 ただし、笑えないくらい痛みの連続で、感動します。

 今回、監督の強い意向でCGではなく、特殊メイクや、血も大量の液体を使い、この手間ひまかけた感じが、痛みのリアリティに繋がっていたのではないかと思います。

 不思議なもので、やっぱりCGではなくて、現実質量のある特殊メイクや液体をつかうと、映像に重みというか重力というか存在というかそういうものが感じられて、汚くて痛い画面でも、リアルさが感じられて、なんか実存の安定を感じるようです。そして、それが安心感につながるというね。

 平たく言うとレトルトパウチではなくて、手作りの料理を出された温かみがあるというかね、そういう感じです。

 で、それが行きつくとどうなるかというと、チェンソーや、バールやナイフという刃物が画面に登場しただけで、条件反射的にその使用用途と結果を想像してしまい、「イッター」となる。

 いやいや、どうなるかわかってるよ。

 もう嫌な予感しかしないよ。

 いいよ、それで腕とか切断するのやめよ。

 つーか、ノコギリかよ。

 銃でいいじゃん。

 なんで、いまさらローテク。

 やめようよ、ほんと。

 足とかかすったら痛いし、まじむりむりむりむり、

 むりーだって!!

 とか、一人でみながら叫んで、笑っちゃうっていう。

 ホラーってコメディですよね。

 そういうわけですね、なんだかすごくよかったですよ。

 なにがよかったって、これもうホラーにおけるお約束。

 落語でオチがわかっていても、聞いちゃうということで、言っちゃいますが、とにかくヒロイン以外全滅です。

 その全滅の爽快感。

 ストレス、ストレス。ストレス。

 でしかないわけですが、最後の最後に死霊を追っ払ってやったぜ、という爽快感がすごいです。

 感動です。

 よく、こんなに血みどろにしてくれたよね。

 感動した!

 というところでしょうか。

 ラストの血の雨に液体190トン使ったらしいです。

 すごい、

 これが、感動に間違いなくつながっています!

  

 そして、今更ながらキャスト紹介。

主人公デビットにシャイロ・フェルナンデス。

f:id:hagananae:20170812134432p:plain

すごいいい男です。

 この作品以外の彼の出演作で知っているのは『ザ・イースト』だけですが、この時も綺麗な顔をした子だなあ、と思っていたのですが、今回の彼は、私のヒットでした。

 私は男性の顔のストライクゾーンがめちゃめちゃ狭いので、自分でもヒットという俳優さんの顔があまりないのですが、今回このシャイロ君は個人的にはかなりよかったです。日本でいうと高良健吾君でしょうか。

 あまりに綺麗な顔なので、ヒロインは死んでしまい、このハンサムなシャイロ君が生き残るのかな、と変な深読みしたぐらい華と色気のある俳優さんです。

 そして、いま軽く殺したようになりましたが、堂々と生存するヒロイン、ミア役にジェーン・レヴィ。どこかで見たと思ったら、昨日さんざんなレビューをした『ドントブリーズ』のロッキー役で出演してました。ほんと、すんませんでしたー!!

f:id:hagananae:20170812134522j:plain

(主演ヒロインジェーン:普段はこんなかわゆい女優さん)

 

 

 

f:id:hagananae:20170812135214j:plain

(『ドント・ブリーズ』のロッキー:今回とはまた違う雰囲気ですね)

 

 

この作品では、前半↓

 

 

 

f:id:hagananae:20170812134554j:plain

(薬中でこんな残念な犬木加奈子のマンガみたいなかんじ)

 

 

 

で、後半

 

 

 

f:id:hagananae:20170812134652j:plain

(後半のメイクアップ後、ギャグです。もう、完全にギャグです

 

 

 

 で、実は『ドントブリーズ』もこのリメイク版『はらわた』も制作はサム・ライミということでこの二人はキャスト&スタッフで『共演』しています。

 ジェーン・レヴィ

 よくもまあ、こんな怖い映画ばかり出演するわいな、と同情してしまいますが、この作品でもサバイバルするラストから応援したくなる強さと根性を発揮。

 こういうバケモノに打ち勝ってしまうアメリカ女の強さがあるからこそ、フランス人女優が光り輝くというかね、フランス人女優でこういうホラーつくってみろ、って感じですよね!

 そういうわけで、ラスト近く死霊から解放されたミアが死霊と血みどろの惨殺タイマン勝負するシーンは幼いときによくゾンビに襲われる夢をみた私がやっていた姿とかさなり、デジャブ感満載でした。

 もう私もフランス女優のようなたたずまいは無理でしょう。

 というわけで、汚名返上、ホラー映画はまだまだ大丈夫というわけでお別れの時間です。