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4月28日(金)ツバメになりたい

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(去年我が家で生まれたツバメ ひとりひとりかわゆい顔してるw)

 

 

 いつのまにか一年が巡っている。

去年の夏の終わり、軒先のツバメは三度子供を生み、

私の部屋のベランダは20匹近くのツバメの子供たちでいっぱいになった。

 

 その若々しい子供ツバメ達は夏の終わりに、少しずつ飛去り、

やがて軒先には主のいない巣だけが取り残された。

 

 そのツバメ達が、つい先日また戻ってきた。

たくさんいた兄弟たちの誰が我が家に帰ってきたのか、それはわからない。

わからないけれど、夫婦となって、すぐに巣作りを始めた。

それは春先のことで、今はもう巣作りが終わろうとしている。

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(こっそり私が部屋からのぞいてとった兄弟たちの写真 去年w)

 

 4月に入り、忙しい毎日がはじまり、休日も家ですることが多く、気分は浮き足立つものの、どこかに旅にでる気にもならず、机の前に本ばかり積んで、読んでは書いての日々だった。

 

 12日に35歳を迎え、それが焦りになっていたのかもしれない。

 まだ何者にもなれていない自分と、ゆっくり進んでいくんだと思いなおす自分。

 それでも、もう無駄なことはできないと思い、ゆったりなにもかも忘れて遊びたいとも思えない。

 適度に充実しつつ、本当のところなにも肝心なことができていないという日々。

 息苦しくなり、ひさしぶりに仕事の帰りに温泉に行こうと思った。

 温泉ならば、時間を使うことなく、気分転換ができる。

 母を誘い、その日偶然にもリニューアルオープンした喜連川の温泉に行くことにした。

 リニューアルと行っても温泉の中身は変わっておらず、外のフードコートや野菜や特産品の売店が規模を拡大しただけだった。

 みちの駅が閉まるのは早いので、私たち親子が着いたときには今までどおり、温泉施設が開いているだけだった。

 私は露天風呂につかり、母はサウナに入った。

 しばらくぶりに喜連川温泉に入ったが、少しはいるとからだが芯から暖まった。

 湯船の外にでて、涼しい風に当たっても、身体がまったく冷えない。

 身体が暖まると、心がゆるゆるとゆるんでくる。

 私は長く入るために、外で風に当たることにした。

 すると、露天風呂のすぐ目の前の壁に通気口があり、その小さな雨よけの上に鳥が一匹ずつ座っていた。

 通気口は二つあり、柔らかいライトに照らされている。

 そっとちかづくと、鳥と目があった。

 ツバメの夫婦だった。

 露天風呂の中にこっそりと巣を作っているのだろう。

 二匹は眠たそうに、私を見下ろした。

 私は風にあたりながら、ここにもツバメがいるのか、と思った。 

 心は疲れも少しずつほぐれていたが、ほぐれたからか、しんみりした気持ちになってしまった。

 

 ツバメは、あっという間に成長し、巣を離れ、そして暖かい場所を求めて長い距離を跳び続け、そしてまた同じ巣に戻ってくる。

 そのときにはきちんと相手を見つけて、すぐに子供をつくる。

 それに比べ私は、まったくなにをしているのだろう。

 

 情けなくて、涙が出た。

 ツバメになりたい。

 ふいにそんな風に思った。

 

 湯を出てからも、なんだか疲れが出て、ロビーで母の長風呂を待っている間もノルマの読書をすることもできず、頭の中でツバメの姿がちらついた。

 母が戻ってきたときには、すっかり身体が冷えてしまい、結局帰宅してからもお風呂に入るはめになった。

 

 身体が暖まってくると、まあ、これが私の人生かな、と思い、眠気が差してきた。

4月28日(金)プレッシャーはロマンなしにはあり得ない2/2

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(下から見上げたしだれ桜 近所をランニングしながら)

  承前→ 1/2

 

 私自身、仕事に対する姿勢は年々、少しずつ情熱的になっていることは確かだった。

  職場で尊敬できる人にもたくさん出会ってきた。

 しかし、仕事に対する腹のくくり方は、むしろ今の職場でであった人たちからの刺激というよりは、婚活に失敗して、ひとりで生きていくしかないと思ったことが大きいし、仕事人ということであれば、実はリアルな今の職場よりも、

 残念ながら、映画や本から受けた影響のほうがずっと大きい。

 

 私の場合は、仕事人へのロマンを補足する意味で、今の職場があり、残念ながらその逆ではなかった。

 昔の私ならば、仕事を任されると言われたら、怖じ気づいただろう。

 だが、今回はそうはならなかった。

 

 それどころか、「いいっすよー、ぜんぜんやれますから」と軽く返事をした。

 

 なぜだったのだろう。

 自分の行動の心理が読めずに、悩むとは暇人もいいところだが、それほどこの出来事は私にとってまか不思議だった。

 

 しかし、答えがでた。

 

 それが、ロマンなきところにプレッシャーはない、ということだ。

 

 30代になり、組織のこと、そして組織を包む市民のテイストというものが見えてくる。

 それと同時に、やはり私はすきあらば(実力があれば)この職場を去り、さっさと第二の人生をスタートさせなければ、と思っている。

 

 人のせいにはしたくない。

 

 したくないけれど、保守の壁が厚すぎて、つまらないことばかりが続く仕事。

 そう思ったとき、ルーティンから抜けない仕事はいくら難しいといったところでタカが知れている。

 私は、そう思ってしまい、プレッシャーを感じなかったのかもしれない。

 私がプレッシャーを感じることは、いまの業務にはない。

 だからこそ、皮肉なことに、冷静に業務がこなせるという自信を感じられるのだろう。

 でも、それって、ぜんぜんおもしろくないと思うのだ。

 思うから、その間に私は未来にむけてひたすら勉強に励もうと思う。

4月28日(金)プレッシャーはロマンなしにはあり得ない1/2

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(職場の庭の桜 昼休みのランニングのときに撮影)

 

 4月の人事異動で直属のチームリーダーとベテランの先輩が異動・退職となり、課内で2年目を終えた私が「ベテラン」になってしまった。

 課長補佐にも(この課長補佐が大泉洋に似すぎているため、私が真田丸など一連のドラマが鑑賞できなくなった経緯がある)、「まじで期待してるから」などと個人面談ではプレッシャーをかけられた。

 課長補佐は心優しき人なので、「でも、あんまりプレッシャーには思わないでね」と完璧に矛盾したフォローをしてくれたが、かわいげのない私は「ぜんぜん平気です」と素っ気なく返した。

 もちろん、かわいげがないだけでなく、やるしかないから、やると腹をくくっていたのもあったが、それ以上に「やれるでしょ」とタカをくくっている超不遜な部分がなかったとはいえない。

 そう、私は今の仕事にたいして、きちんとやらなければ、と思う部分と、適当にやるか、という部分が混在している。

 というか、それよりも私が意外だったのは、自分自身の職場に対するあまりに冷静な反応だった。

 上司とベテランの先輩が異動になり、自動的に私が現場をよく知る人間になってしまったことで、私がくりあがり「ベテラン」になり、リーダーをサポート、

時には自分がリーダーシップをとるポジションになるのは、わかっていた。

 わかっていたからこそ、大泉洋(課長補佐のこと)に、「まかせる」と言われて、「はい」と言えた。

 言えたけれど、その時の私の気持ちは自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 

 むしろ、落ち着きすぎていた。

 

 自信があったということでは、ないのは確かだった。

 

 自信などない。

 ないけれど、やるしかないと思い、そのとおりやろうと覚悟は決めていた。

 しかし、なんぼなんでももう少し、私自身、武者震いというか、

 なんというか興奮みたいなものがあってもいいかと思った。

 

 でも、なかったのだ。

 

 「はあ、やりますよ。ぜんぜんやれます。問題ないっすよ」

 そんな感じで、大泉洋と面談を終えたあと、私は腑に落ちなかった。

 

 

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4月28日(金)春がすぎてゆく(4月のあわただしさによせて)

 

 

 まだ菜の花は残っているが、土手の雑草が淡い緑から青みを帯びた緑にかわり、

気がつくと足下に落ちる陰がずっと濃くなっている。

 少し歩けば、うっすらと額に汗がにじみ、それでも軒先に入るとすっと冷える。

 まだ、夏ではないと思いつつ、過ぎゆく春がなんとはなしに、惜しい。

 

 と、まあいきなり年寄りじみた書き出しになってしまったが、

それはここのところ読んでいる時代小説のせいだろう。

 

 

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(田植えを迎え、家の前の田に水が入る。それを飲む、リオ)

 

 

 いや、それにしても4月は毎年あわただしい。

 

 職場では異動があり、引継があり、

新年度の業務が立て込み、業務の合間をぬって、

歓送迎会が月に3度もあり、

かと思えば地味に決算や監査資料の数字に追われ、

新年度の目標設定を作ったり、心身ともにやることが多い。

すっかりへとへとになるが、だからこそ、別れと始まりのともすれば、

不安に傾きがちな心を忘れることができるのかもしれない。

 

 と、またばばくさいよ。なんだこれ。

 

 うーん、本当に疲れているらしい。

 

 いや、実際、ここ3日間、ずっと持病の偏頭痛に悩まされており、体調もすぐれなかった。

 薬で抑えていたけれど、ついに暴発して、今日は一日休暇をとった。

 もう、ずっと布団の中で寝ている感じだ。

 まさに疲労困憊だったのだろう。

 おかげで、ここのところブログも全く更新できなかった。

 書こうと思っても、書きたい核心をつかみかけた瞬間に、

どうでもよくなってしまうというか、

集中力も気力も四方に飛び散ってかけらさえ追えない状態だった。

 

 今日は、やっと一日寝続けて、気力の一歩が呼び戻った。

 やはり、書くということは、気力と時間がなければかなわないことなのだ。

 そういうわけで、やや元気でてきたので、4月の総決算として少しだけブログを更新したい。

 

 

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(西の空に沈むゆく太陽。なんか、風情のない田舎の夕陽です)

 

 更新しない間も、どこからかこれを読んでくださる方がいらっしゃるようで、

ああもったいない不義理なことをしたと思いつつ、

こんな時期から少し気合いを入れて、更新したいと思う。

4月28日(金)春がすぎてゆく(4月のあわただしさによせて)

 

 

 まだ菜の花は残っているが、土手の雑草が淡い緑から青みを帯びた緑にかわり、

気がつくと足下に落ちる陰がずっと濃くなっている。

 少し歩けば、うっすらと額に汗がにじみ、それでも軒先に入るとすっと冷える。

 まだ、夏ではないと思いつつ、過ぎゆく春がなんとはなしに、惜しい。

 

 と、まあいきなり年寄りじみた書き出しになってしまったが、

それはここのところ読んでいる時代小説のせいだろう。

 

 

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(田植えを迎え、家の前の田に水が入る。それを飲む、リオ)

 

 

 いや、それにしても4月は毎年あわただしい。

 

 職場では異動があり、引継があり、

新年度の業務が立て込み、業務の合間をぬって、

歓送迎会が月に3度もあり、

かと思えば地味に決算や監査資料の数字に追われ、

新年度の目標設定を作ったり、心身ともにやることが多い。

すっかりへとへとになるが、だからこそ、別れと始まりのともすれば、

不安に傾きがちな心を忘れることができるのかもしれない。

 

 と、またばばくさいよ。なんだこれ。

 

 うーん、本当に疲れているらしい。

 

 いや、実際、ここ3日間、ずっと持病の偏頭痛に悩まされており、体調もすぐれなかった。

 薬で抑えていたけれど、ついに暴発して、今日は一日休暇をとった。

 もう、ずっと布団の中で寝ている感じだ。

 まさに疲労困憊だったのだろう。

 おかげで、ここのところブログも全く更新できなかった。

 書こうと思っても、書きたい核心をつかみかけた瞬間に、

どうでもよくなってしまうというか、

集中力も気力も四方に飛び散ってかけらさえ追えない状態だった。

 

 今日は、やっと一日寝続けて、気力の一歩が呼び戻った。

 やはり、書くということは、気力と時間がなければかなわないことなのだ。

 そういうわけで、やや元気でてきたので、4月の総決算として少しだけブログを更新したい。

 

 

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(西の空に沈むゆく太陽。なんか、風情のない田舎の夕陽です)

 

 更新しない間も、どこからかこれを読んでくださる方がいらっしゃるようで、

ああもったいない不義理なことをしたと思いつつ、

こんな時期から少し気合いを入れて、更新したいと思う。

4月15日(土)感慨がないことが感慨深い 3/3(映画トレインスポッティングの続編)

hagananae.hatenablog.com

 

「うそ?」

 私は驚いた。

 驚くと同時に怒涛の疑問が押し寄せてきた。

 20年前の映画をどうやって続編を作るのだろう。

 ユアンは40代になっているし、若手の俳優を使って続編を? まさか。

 九十年代の映画をいま、このタイミングで?

 意味あるのか? 等々。

 

 彼はそんな私にはお構いなしに話をつづけた。

「知らなかったんですか? あのときのメンバーで物語の20年後をやるんですよ。うきうきしますよね」

 うきうきするか?

 私は言葉を飲み込んだ。

 私はお兄ちゃんの言ったことが信じられなかった。

 あの時代、中学生の頃、どハマリしたジャンキー映画。

 トレスポ。

 たしか小説もクラスで回し読みした。

 ネオンのオレンジ色にモノクロの人物の映画ジャケ。

 当時で言えば、最高にクールだった、、、かもしれない。

 なつかしい上に、今だったら絶対みない、過ぎ去った青春映画。

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(↑ トレスポ2  らしい)

 

「今更トレスポの続編かあ」

 私のぼやきが聞こえなかったのか、お兄ちゃんは「これもおまけにしますね」と、言ってブルスターをもうひと束花束に入れてくれた。

 私はふいに、また目の前にトレスポに熱狂していたあのころの14歳だった少女の自分が見えたような気がした。

 教室のイスによりかかり、足を机に投げだし、その素行不良の小説を読みまくる行儀の悪い私。

 

 ああ、そうかトレスポが続編を。

 ぜんぜん感慨のない自分に驚いた。

 この20年のうちに、あのトレスポに対する熱狂は氷河期の地球のように冷め、

 もはや続編が出ようが出まいがどうでもよくなっている。

 そのことに驚いた。

 彼は、ブルーを基調にした小さな花束を完成させると、1000円です、と言った。

 私が5000円札を渡すと、おつりがないようで、

「お客さん、すみません。おつりつくってきますんで」

 と、言って、私を残して通りの向こうへ走っていった。

 私は留守番のような形で店に取り残された。

 

 背後で女性ヴォーカルのメランコリックな音楽が流れている。

 春の夜の少し切なくなるような路上で、私は十四歳の自分と一緒にしばらく彼が戻るのを待っていた。

 私の横で、制服姿の生意気な少女は熱心にトレスポのあつっこい小説に熱中し、私はそれを横目で見ながら「もっとましな本を読めよ」と言うのをこらえた。

 すると、少女の私が、無言のまま私をにらんだ。

「じゃあ、なに読めっていうのよ」

 私は黙った。

 まさか、鬼平犯科帳がいい、なんて彼女に言えない。

 私は私自身を見つめながら、溜息をついた。

 二十年の断絶はなかなか埋まらない。

 それは寂しくもあり、歳月の重さでもあり、成長ともいえる気がした。

4月15日(土)感慨がないことが感慨深い 2/3(映画トレインスポッティングの続編)

 承前 1/3

 

 

ブルースターの防衛機能らしいんですが、この液体は花の体液で、損傷受けたところににじみ出て、体液が外に流出するのを防ぐんです。逆にこの液体で傷がふさがってしまうと、そこから水を吸い上げなくなってしまうんです」

 私は、びっくりした。

「それって、常識ですか」

「いや、そうでもないですけど、まあ花もいろいろですから」

 私は花が枯れたのを花のせいにしていたことを反省した。

「植物の体液はいろいろな種類があって、なかにはかぶれるものもあります。このブルースターもなかにはかぶれる人もいるんです」

「ウルシみたいなもんですか」

 お兄ちゃんはうなずいた。

「その通りです。一応切り口を水で軽く流したら、ぬるま湯に入れて白い液体が出なくなるまで洗ってあげてください。そうすれば、ちゃんともちます」

 お兄ちゃんはそういうと、花束にブルースターを添えた。花を見ると、丁寧に余分な花や葉が切り落とされ、美しいバランスになっている。

「かわいい」

 私はうっとりとした。

 やはり猫と花には目がない。

「植物の体液は、人間にもさまざまな作用を及ぼすものがあるんです」

 お兄ちゃんは黙々と作業を進めながら言った。

「たとえば、ちょっとマニアックな話になりますが、オピオイド系化合物と言って、強力な鎮静作用を出す植物もあります。芥子の花ですけど、知ってますか?」

 私はケシと聞いて、ぴんと来た。

 ここのところ、ずっと麻薬戦争の小説を読んでいるのだ。

「阿片、モルヒネですか?」

「それから、ヘロイン」

「なんか、話のテイストが変わってきましたね」

 私が言うと、お兄ちゃんは苦笑した。

「いや、ついはずみです。まあ、モルヒネなんかは、依存性がありますけど、人間にとっては神の恵みみたいなもので、人間は植物の恩恵を受けているわけで、今でも医療機関でも軍隊でも使ってます。もっともヘロインは麻薬の代名詞ですが」

 私は久しぶりに、ヘロインから懐かしい映画を思い出した。

 トレインスポッティング

 94年の映画で、当時私は中学生で、どハマリした。

 なぜハマったかは、あの映画の内容からすると全く思い出せないが、おそらく、主演のユアン・マクレガーに一目惚れしたのだろう。

 たぶん、そうだ。

「トレスポか。また思い出しちゃったよ」

 私は先ほど、パルコで20年前の中学生時代を思い出したばかりだというのに、また14、5歳の思い出に引き戻された。

 私が苦々しい顔をしていると、花束を作り終えたお兄ちゃんが顔をあげた。

「お客さん、トレスポのファンですか?」

 今度は私が顔をあげる番だった。

「かもしれません。映画も原作の小説もしばらくひたってましたね。たしか、14、5歳の頃ですけど」

 

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(↑ 20年前どはまりしたトレインスポッティング 通称トレスポ)

 

 私は、記憶をたぐるように言った。

「まじですか。俺と同じだ!」

 お兄ちゃんは、うれしそうに笑った。

 オタクの少年が笑ったような無邪気な笑顔だった。

「俺と同じ」が、年齢に対して言ってるのか、トレスポファンであることを言っているのか、それとも両方なのか私にはわからなかったが、微妙に掘り下げたたくなかった。

 昔はまっていま、はまってないものを熱く語ることは、まるでセックスの現場を親に見られたような気まずさと恥ずかしさがある。

「じゃあ今度、トレスポ2やるの知ってますか?」

 彼が突然言った。

 

 

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